本当の気持ち
空が茜色に染まりかけた頃、アルガードが最後に連れてきてくれたのは、郊外にある花園だった。
「ここは有名な施設ではないらしいから、エミリアも来たことはないだろうと思って。気に入ってくれると嬉しいよ」
庭園に足を踏み入れた途端、甘い香りが鼻を通り抜ける。
かなり暖かくなってきた今ではさまざまな植物が花開き、華やかで美しい光景が広がっていた。
チューリップ、ネモフィラ、アネモネ、ガーベラ……前世にもあった花から見たことのない花まで、様々な植物が鮮やかに息づいている。
私達以外には誰もいないようで、まるでこの場所を独り占めしたみたいだ。
わくわくしながら辺りを見回す。
「あ!」
私はふと見覚えのある花を見かけ、そばに駆け寄ってしゃがみ込んだ。
「チェノリアです、殿下!」
それは、私がアルガードを救うための手掛かりになった花。
ピンク色の花びらをめいっぱい広げた様子がとても可愛らしい。
「この国にも生えていたなんて……初めて知りました。暖かくなってきたばかりとはいえ、少し遅咲きですか?」
アルガードの返事を聞こうと顔を上げて、どきりとする。
彼は、見たこともないくらい優しい顔で笑っていた。
人を丸め込んでしまえるいつもの笑顔とは違う、でも、これ以上ないくらい魅力的な笑顔。
彼の素顔に触れた気がして、思わずじっと見入ってしまった。
「そうだね。祭りが行われていた地域は比較的温暖だから、その影響もあるだろうけど」
アルガードの声に、はっと我に返る。
「や、やっぱりそうですよね!興味深いです」
慌てて反応を返してから、もう一度彼の顔をちらりと見やった。
先ほどの笑みは幻だったのかと思うほど、アルガードは既に隙のない完璧な笑顔に戻っていた。
「と、ところで、チェノリアも素敵ですが、他の花もとても綺麗ですね」
「ああ、こんなに沢山の植物を美しく保っているのは目をみはるものがあるね。手入れしている者の腕が良いんだろう」
そう言って辺りを見回したアルガードは、ふと何かを見つけたように動きを止めた。
そうして、しゃがんでいる私に優しく手を差し出す。
「あそこに温室があるみたいだ。おいで、エミリア」
「わあ、、、!」
円形の温室には、溢れんばかりのバラが咲き乱れていた。
いったい何百品種あるのだろう、形も色も様々だ。
私は中央まで駆けて行って、360度ぐるりと見渡した。
さすがバラと言うべきか、辺りに充満する華やかな香りに圧倒される。
男装の麗人の如く強かな反面、どこか儚さも兼ね備えている美しい花を前に、私はただただ感嘆していた。
「綺麗ですね、殿下!」
入口付近のアルガードを振り返ってそう言うと、彼が側にあるバラに目を留めている様子が見えた。
近くに駆け寄ると、アルガードはこちらに気がついて目を細める。
覗き込むと、綺麗なピンク色のバラが咲き誇っていた。
「綺麗ですね……。綺麗だし、かわいい」
しみじみとそう言うと、アルガードは頷いて、その花の形をなぞるようにそっと空中に手を滑らせる。
「君の、髪の色だ」
「えっ……?」
それはつまり、私の髪色が綺麗だということだろうか。
いや、確かに、エミリアの髪は艶やかで美しく、綺麗なピンク色ではあるけれど。
こんなロマンチックな褒め方をされたのは初めてで、どぎまぎしてしまう。
アルガードの褒め言葉は引き出しが多くて、何度聞いても一向に慣れない。
それに、ずっと見ていたというのだろうか。
私の髪色の、ピンクのバラを。
どうして。
どうして貴方は、私に求婚したの?
どうして貴方は、私に笑いかけるの?
その笑顔の中にある、本当の思いはなんなの?
頭の中がぐるぐるして、聞きたいことがありすぎて、思考がまとまらない。
それでも、震える喉からどうにか言葉を絞り出そうとする。
息を吸って、口を開いた瞬間。
私の目の前を、銀色の剣が掠めた。