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馬車の中で

ガタガタ、と馬車が地面を走る音がして、身体が小刻みに揺れる。


無言の気まずさに下を向いていた私は、正面に座る人物をちらりと見やった。


日光に照らされ光輝く銀髪。

宝石を嵌め込んだような美しく透き通ったグリーンの瞳。

長いまつ毛に形の良いくちびるー

外を眺めるアルガードの横顔は、まるで絵画を切り取ったような美しさだった。


不意にその美しい瞳がこちらに向いて、心臓がどきりと音を立てる。

私がこっそりアルガードを見つめていたせいで、図らずも目が合ってしまった。


「エミリア」


慌てた私が目を逸らす前に、透き通った声が私の名前を呼んだ。


「そんなに緊張しないで。気楽にしていてくれ」

目の前に座っている貴公子は、私を見つめたままふわりと笑った。


(気遣ってくれるのはとてもありがたいのだけど……)

彼に向かってぎこちなく首を縦に振りながら、私は心の中でそっと呟く。


(そんなに綺麗な顔で見つめられたら、緊張せずにはいられない、、、!)

密室の中、異性と2人きり。

前世でもそんな状況に遭遇したことなんてない。

緊張して当然だ。


(おまけに、眩しいほど華やかな容姿…)

始めは隣に座ろうと提案され、それは流石にお断りしたのだが、これはこれで前が向けなくて良くないかもしれない。



(そうだわ!斜めに座れば正面にアルガード殿下の顔が来ることはないはず、、、!)

この馬車は4人乗りで、2人分の席が向かい合って並んでいる構図だ。


これなら私も前を向ける、我ながら名案だ。

そう考えながら道が少し平坦になるのを待ち、私はおもむろに立ち上がった。



その瞬間、車輪が大きな石にでもつまづいたのだろうかー


馬車がガタン!と音を立てて、ぐらりと大きく揺れた。



「きゃあっ……!」

「エミリア!」


私は体制を崩して前に倒れた。

次の瞬間に訪れるであろう身体への痛みを覚悟して、ぎゅっと目を瞑る。


ふいに強い力で腕を掴まれ、身体ごと手前に引っ張られた。


ガタ、ゴトと再び静かに揺れる馬車の中。

私はアルガード殿下に抱き留められていた。


何が起きたのか分からなくて、身を動かすことさえできない。


「怪我は無い?」

「は、はい……」


殿下の体温が伝わってきて、遅れて心臓がバクバクと大きな音を立てる。


刹那、ようやく我に返った私は大慌てで殿下から離れた。

「も、申し訳ありません……!殿下こそお怪我なさっていませんか?」

「俺は大丈夫。よかった、君が無事で」


そう言って極上の笑顔を向けられ、またもやどぎまぎしてしまう。


「ところで」

アルガードがにこやかな笑顔のまま続ける。


「危ないからじっとして座っていた方がいいよ。そのまま、俺の目の前にね」

(バ、バレてる……!)


どうやらアルガードには考えていることもすべてお見通しのようだ。

別の意味でどきどきしながら、大人しく元の位置に座る。


またもや沈黙の時間が訪れようとしたとき。

ふいに、アルガードが口を開いた。

「この前送った香水は、気に入ってくれた?」


あまりにも急な問いに、一瞬ぽかんとしてしまう。

そしてすぐに、デートの誘いの手紙に同封されていた香水のことだと思い至る。


「ああ、あれのことですか!とっても素敵な香水をありがとうございます、とても気に入りました。私には勿体無いくらいで……」


一応貴族である私でも見かけたことがない香水のため少し調べたところ、どうやらアルテーヌ王国の一級職人に作らせた特注品らしい。


たぶん、すごく、貴族でもなかなか手に入らないくらい高価なものだ。


「何を言っているの。俺は君に似合うと思って贈ったんだよ」

アルガードがいつものにこやかな笑顔を私に向けた。


「君の好みに合っていたのならよかった。返事の手紙に香水のことは何も書かれていなかったから、てっきり気に入らなかったのかと」


突如手紙の内容に触れられて、ぎくりとする。


「ええと…。申し訳ありません、何を書けばいいのかわからなくて……。でも、本当に気に入りました、ありがとうございます」


「そう、よかった。それなら…君に嫌われていた訳でもなさそうだ」

「え?」


想定していなかった言葉に、思わず聞き返す。


「いつも手紙と贈り物をしていたけど、返事があまりに簡潔だから。迷惑かと思っていたところだったのだけれど」

「め、迷惑だなんてとんでもない!」


慌てて誤解を解こうとして少し声が大きくなってしまい、はっとして軽く咳払いをした。


「いつも決まったお返事しかしておらず重ね重ね申し訳ありません。そ、その…本当に、どうしていいのかわからなくて。私、殿方からの贈り物なんて初めてで……」


(うぅ、言ってて恥ずかしくなってきた……)


目の前にいるアルガードの顔が見られなくて、下を向きつつ目線をすすっと景色の方に寄せる。


すると、前から伸びてきた細くて美しい手がさらりと私の髪を掬い、そのままそっと耳にかけた。


「…?」

アルガードの意図がわからなくて、おずおずと前を見やると、そこにはーー



「ふふ、エミリアは本当に可愛いね」

息を呑むほど美しいグリーンの目を細めて、嬉しそうに笑うアルガードがいた。



これまで見たどの笑顔より美しくて、触れたら壊れてしまいそうなほど儚げな顔に、私は目が釘付けになる。


言われたことの衝撃がやって来たのは、ワンテンポ遅れてだった。



「か、かわ……?」

「ふふ。真っ赤」


繊細な笑顔に少し揶揄うような色を帯びて、アルガードは笑う。


私が何か言う前に、彼は外を見ると口を開いた。


「着いたみたいだ。行こう」


そうやって停止した馬車から降り、手を差し伸べてきたアルガードの手をぎこちなく取る。


(こ、この人、本当にずるい……!)

アルガードの真意が読めないまま、いよいよデートが始まるのだった。

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