迷いと決心
「それでエミリア、お前はどうしたいんだ?」
応接室に入って柔らかいソファに座ると、早速お父様から質問を投げかけられた。
その声色は優しくて、目線も温かい。
お母様は少し取り乱していたものの、今は落ち着いて、穏やかに微笑んでいる。
きっと、王室への忖度無しに好きなことを言ってよいということなのだろう。
私は率直な思いを口にした。
「私は…。わからないのです。出会って間もないのに、どうして殿下が私を見初めてくださったのかも、どうしたら良いのかも」
自分が無意識にドレスの裾をぎゅっと掴んだのをみて、どうやら私もかなり困惑していたらしいと気づく。
部屋の隅で、アンリが心配そうに私を見ているのが見えた。
お父様は小さく息をつくと、私を改めて真っ直ぐに見つめた。
「エミリア、お前は優しい子だから、きっとガーデンシュタイン家の利益だとか、国家の損失だとか、私たちのことも色々考えてしまっているんだろう」
考えを見透かされた言葉に、少しどきりとする。
「そんなこと、お前は何も気にしなくていい。もちろん貴族の責務として、どうしてもお前に果たしてもらわなければならないことはあるが…」
お父様が優しく微笑む。
その笑顔はまるで、春の丘に降り注ぐ光のように優しく、穏やかだった。
「エミリア、私たちはお前にやりたいことをやって、素晴らしいものを見て、聴いて、心で感じる生き方をしてほしいんだ」
思わず目頭が熱くなる。
同時に、ひどい罪悪感で胸が押し潰されそうにもなった。
だって私は、彼らの知るエミリアではないのだ。
不可抗力とはいえ、私は彼らの娘の身体を乗っ取ってしまった。
この数週間で彼らのエミリアに向ける愛情を知れば知るほど、自分が自分であることが申し訳なかった。
2人やアンリ達を騙しているようで、心苦しかったのだ。
(…でも、きっと、まだ言うべきじゃない)
この世界の運命を知っているのは私だけ。
もし仮に打ち明けることで私の身動きが取れなくなってしまうのなら、この世界はシナリオ通りの運命を迎えてしまうだろう。
そうなったらきっと、家族やアンリ達だって無事では済まないはずだ。
黙っている私を、お母様が気遣わしげに見やる。
私はうつむいていた顔を上げて、笑ってみせた。
「ありがとうございます。私、自分がどうしたいか、決心がつきました。私はー」