突然の申し出に
「…は?」
間抜けな声が口からこぼれる。
目の前にいる美しい男性が放った言葉に、私の頭は思考を完全に止めた。
聞き間違いだろうかとも思ったが、微笑んだまま彼の口から再び紡がれた言葉に、自分が思い違いをしていないことを確信する。
「私と結婚して、アルテーヌ王国の妃になっていただきたいのです」
「えっ…ええええー?!」
私より先に声を上げたのは、側にいるお父様とお母様だった。
お父様は開いた口が塞がらない様子で、お母様はどうしましょう、どうしましょうと完全に慌てふためいている。
なんだか私も慌ててきた。
アンリ含め全員がパニックになりかけているなか、よく通った声がその場を諌めた。
「奥様、旦那様、お嬢様、アンリ、落ち着いてください。まずはお嬢様のお返事が先です」
はっとして全員が声のしたほうを振り向くと、いかにも平静といった様子でルークが佇んでいる。
(さすがルーク、頼りになる!)
自分が選んだ騎士を頼もしく思いつつ、今度は私に視線が集まっていることも感じる。
(そうよね、今何か言うべきなのは私よね、知ってたわ!…でもどうしましょう、なんて言えばいいのかしら…)
正直嫌だとか言う以前に、結婚だなんて急に言われてもよくわからないのだ。
そもそも前世から恋愛経験が無い。
(それに即了承するのにはさすがに少し抵抗があるけど、相手は大国の王族よね…?)
これはひょっとして、とんでもなく重大な決断を迫られているのではないだろうか。
国家の危機を回避したと思ったのに、自分が今国家の命運を握らされることになるとは思っていなかった。
ぐるぐる考えて、なかなか結論が出ない。
焦りが募っていく中、澄んだ声が響いた。
「申し訳ありません、少し性急すぎましたよね。何も今すぐに結論を出して欲しい訳ではないのです。今日のところは引き上げますから、侯爵とご夫人とお話になっては如何でしょうか。」
そう言ってアルガードはにこりと笑う。
その一言で、混乱していた空気が落ち着きを取り戻していく。
「寛大なお言葉に感謝致します。娘も混乱しているでしょうから、お言葉に甘えさせて頂いてもよろしいでしょうか」
お父様が代表して意見を述べる。
「ええ、もちろん。それではエミリア殿、また後日お会いしましょう」
そうして、美しい白銀の髪の男を乗せた馬車は遠くに走り去っていった。