異世界に転生してしまいました
「はあ…」
ため息を吐いて帰路を歩く。
このところずっと寝ていない。仕事の納期が迫っているのだ。
その上あの嫌味な上司からは急な仕事を押し付けられるし、なんとか両方をこなす為に仕事以外の時間は最小限に押さえている。
お陰で3食ゼリー飲料生活、お風呂だってここ何日も入っていない。
今だって家に資料を取りに帰っているだけで、またすぐに会社に戻らなければいけない。
そんな現状に思わずもう一度ため息を吐き、それでもやっとの思いで家に着いて、鍵を開けて中に入る。
1週間ぶりの我が家。なんだか懐かしさすら覚える。
とりあえず靴を脱ぎ、リビングに行こうとしたその時だった。
「あれ…」
いきなり視界がぐにゃりと歪んだかと思うと、身体に力が入らなくなる。
そのまま床に倒れ込んだ私は、身体を打ちつけた衝撃に顔を歪めた。
なんだかひどく頭も痛い。
早く起き上がらなければ。会社に戻って仕事をしないと、納期に間に合わない。
そう思っているのに、身体に力が入らない。
段々と目の前が暗くなっていって、私はそのまま気を失った。
目が覚めると、見知らぬ天井が目の前に広がっていた。
カーテンの開いた窓から、柔らかな光が降り注いでいる。
日差しが暖かくて心地いい。
久しぶりにこんなに眠れた…。身体もかなり軽くなった気がする。
そのまま満足気に起きあがろうとして、私ははっと気がつく。
やばい、納期!!どうしよう、こんなに寝たんじゃもう間に合わない、、、!
がばっと起きあがろうとして手にふかふかした感触が伝わり、私はある違和感を覚えた。
なんでベッドで寝ているんだろう?昨日は床に倒れ込んだはずなのに。
それにさっきなんとなくスルーしちゃったけど、確かに私は見知らぬ天井だと言った。
ここ、どこ?
慌てて辺りを見回す。
天蓋のついたふかふかのベッド。
白とピンクとラベンダー色で統一された品の良い調度品。
わあ、私のさらさらなピンクの髪とピッタリな色合い、、、。
ん?ピンクの髪?
そこで私は重大な異変に気がつき、慌てて自分の首から下を見下ろす。
少しカールした、やっぱりピンク色の髪。
ひらひらしたレースやリボンが控えめに着いた薄紫の寝衣は、かわいいのにやはり品が良く高価そうだ。
すらっとした手足。丁寧に手入れされた爪。
どう考えてもおかしい。あり得ない。
だって私は黒髪ストレートの、純日本人女性なのだから。
「どういうこと、、、?!」
おかしい。絶対におかしい。
ここにいるのは確かに私なのに、姿形はどう見ても私じゃない。
この身体は誰のもの?私の身体はどこにいったの?
混乱しながら慌ててベッドを飛び出そうとしたところに、ドアのノック音とガチャリとドアを開ける音。
「失礼致します。お嬢様、お目覚めの時間です、、、と、もう起きていらっしゃいましたか」
部屋に入ってきたメイドらしき人と目が合う。
そうだ、まずは…!
「か…鏡!!!鏡はありませんか?!」
半ば叫ぶように言った私にメイドさん(お嬢様なのは確定のようなので合ってると思う)はぱちくりと目を瞬かせた。
「先程からどうされたのですか?私に敬語をお使いになったり…。…ああ、まだ寝ぼけていらっしゃるのですね。お嬢様が早起きだなんて珍しいですから。鏡ならこちらにございます。どうぞ」
メイドさんから手渡された手鏡を覗き込む。
(やっぱり、私じゃない)
鏡に映っていたのは、街を歩けば誰もが振り返るような、息を呑むほどの美人だった。
整った目鼻立ちに、海色のきらめいた瞳。
これが私だなんて信じられない。私とは全く違う存在だ。
私は混乱した頭でメイドさんに問いかける。
「私の名前はなんですか?ここはどこですか?!」
「、、、お嬢様、本当に大丈夫ですか?
…貴方様はエミリア•ガーデンシュタイン様、ヴィンドール王国におけるガーデンシュタイン侯爵のたった1人の愛娘でございます」
その言葉を聞いて固まる。
ヴィンドール王国?そんな国地球上に存在しない。
ということは、これはもしかして…。
「はあ…」
ふかふかのベッドにぼすんと上半身を打ちつける。
社畜な日本人女性、どうやら異世界に転生してしまったようです。