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異世界恋愛短編集

元社畜令嬢、うっかり好意を向けてくれている第二皇子にソフレになりませんかと言ってしまう

作者: 兎束作哉
掲載日:2023/05/04




「んん……」

「――伯爵様、奥様! お嬢様が目を覚まされました!」



 水の中にはいっているみたいに、近くにいるはずなのに遠くで声が聞えた気がした。それから、バタンと扉が閉まったかと思えば、ドタドタともの凄い音と揺れと共に大勢の人が部屋に張ってくるのがぼんやり見えた。

 視界がクリアになる頃には、知らない天井、知らない顔ぶれ、知らない部屋にいることに気がついた。中世ヨーロッパを思わせる服装、装飾を見て、成る程な、と一人納得する。

 周りに集まってきた人達は、無事だったか、だの、よかった、だの言っているがごめんなさい、多分それ私じゃない。

 第一声は間違えちゃダメだと、私は取り敢えず記憶喪失を装うことにした。それが、一番安全だ。それに、目を覚まされた、と言っていたと言うことは、この身体の主は長い間眠っていたと言うことだろう。


 でもまだ眠い。


 心配してくれているのも、奇跡の再会だ、と言う風に涙を流してくれている人もいたが、私は睡魔に勝てなかった。

 こういう時、貴方たちは誰ですか? って言えればよかったんだけど、ダメだ、眼が重い。



「ふぁ……お休みなさい……」



 そして、二度寝。

 睡魔には勝てない。


 どうやら、所謂異世界転生というものをしてしまったらしいが知ったこっちゃ無い。もう一回起きてから考えれば良いと、私は思って目を閉じた。明日のことは明日考えよう。




◇◇◇◇



「お嬢様、起きてください。いつまで寝ているんですか」

「あと五分」

「そう言って、もう三〇分経ちました。いい加減起きてください」



 無理矢理布団を引っ張って起こそうとしてくるメイドと格闘しながら、この羽のように軽い布団だけは譲らないと私は毛布にくるまる。

 異世界転生が発覚したのち、記憶喪失という設定を貫き今にいたる。案外あっさり信じてもらえて、私が転生したこの身体の主はいい家庭に生れてきたんだなあと確信した。どうやら、階段から落ちたらしく、意識不明の重体だったらしい。目を覚ましたことが奇跡だとさえ言われた。

 まあ、それは置いておいて、此の世界の貴族の女性は労働することはないらしくて、毎日お茶会や勉強、社交界にでて過ごすらしく、私にとって夢のような世界だった。


 実は、異世界転生って言う言葉だけ知っていて、フィクションだと思っていたし、仮にあったとして、転生してどうその世界に身体に適応していくかも不思議だった。とはいえ、転生してしまった身、幸い、記憶喪失という嘘も通用したしどうにかやっていけそうだった。



 そして、快適な睡眠ライフ。



 前世は社畜で睡眠時間なんて三時間あったか、なかったかぐらいのブラック企業に勤めていた。家に帰っても労働、何て日もざらにあって休日の過ごし方はほぼ睡眠。ゲームや買い物じゃなくて、睡眠を優先した。それでも、寝ためた所で体調は悪化するばかりで、家に帰って倒れるようにして寝て起きたら転生していた、というのが流れであった。

 因みに、伯爵家の令嬢である。名前はシエスタ・クエット。気弱そうな顔に、白い肌。ビスクドールのような青い大きな瞳。目の下に隈が当たり前だった前世の私とは大違いだった。

 そして転生……第二の人生は、労働に縛られないこの世界で快適な睡眠ライフを過ごそう……と決めていたのだが。



「今日は、第二皇子に呼ばれているんです。早く支度しないと!」

「第二、皇子……ああ、なんかそんなこといってたような」

「ようなじゃないです! さ、早く準備しましょう!」



と、強引にベッドから引っ張り出された。目に注がれる日光が痛い。



(第二皇子って……何かあったっけ?)



 記憶喪失だし、無理に会わせなくても……と言い訳したかったのだが、第二皇子、つまりこの帝国の第二皇子だ。ただの貴族だし断れ無いだろう。

 いくしかないか、と私は欠伸をする。メイドに、欠伸なんて第二皇子の前では絶対にしないで下さい。と釘を刺される。何でかと聞けば、メイドは顔を険しくさせた。



「第二皇子は常日頃から機嫌が悪いんです。なので、少しでも失礼な態度をとったりしたら……」



 考えるだけでも恐ろしい、とメイドは身体を震わせた。


 そんな危ない人に、記憶喪失(と言う設定)の私は会いにいかないといけないのか、と憂鬱な気持ちになった。何でも、シエスタが意識不明の重体になった原因、つまりその日、皇太子と歩いていた何処かのご令嬢を突き飛ばそうとして失敗して落ちたから、その話が聞きたいだとか。身に覚えがないし、シエスタがそんなことするはずないと伯爵様も、使用人達も言ってくれた。そして、その階段の上段にはシエスタを雑用のように扱っていた他のご令嬢がいたとか。けど、その後令嬢の家はシエスタよりも上級階級で強く出れないらしい。また、その令嬢がシエスタがやったと言ったから、怒った皇太子が第二皇子にシエスタの尋問をするように頼んだのだとか。いや、本人がやれよと思ったが、交代仕出し忙しいし、それに何より第二皇子の方が怖いから白状するだろうって言うことらしい。


 全く迷惑な話である。


 こんな迷惑事に巻き込まれているって知っていたら永眠してた方がマシだと思った。あっちには、記憶喪失って事で通っているのだろうか。



(その皇太子と歩いていたご令嬢ってきっと恋仲か、婚約者でそれを嫉んだ他の令嬢がシエスタを使って……って言う事よね)



 ヒロインを嫉む悪役令嬢ってこういうことか、と何処かで聞いたことのある話をぼんやり思い出しながら、私はメイドに全てを委ねて服を着替えていた。両親や家がこんなのだから、シエスタは取り巻きではなかっただろう。けれど、お金に困っている様子もなかったし……そこの所は分からないけれど。

 尋問という言葉を聞いて、普通なら怖いものだと思うけれど、数十時間労働の方がよっぽど酷である。私はそれを知っている。睡眠を奪われる辛さ、食事を抜かれる辛さ、趣味を作れない辛さは人間にとって最悪だろう。それに比べれば、冤罪を晴らすぐらい何てこと無いだろうと、私は楽観的に考えていた。




◇◇◇◇



「……」

「…………」



 部屋に通されかれこれ、数十分は経っただろう。初めの一言から、数十分。会話がない。

 目の前に座っている男性、第二皇子のレヴェイユ・フェーリエンは一言も喋らなかった。初めにほんと一言「やったのは、お前か」って、その言葉だけ。

 さすが、皇族。スッとした鼻筋に、長いまつげ。銀色の髪はサラリとしていて、青い瞳は宝石みたいに綺麗だった。けれど、目の下には凄い隈。前世の私を彷彿とさせた。この人、機嫌が悪いんじゃなくて寝てないんじゃないかと。

 そんなことを思いながら、私も黙っていた。第一声がそれで、はい私が突き落としましたなんて言う馬鹿はいない。まあ、未遂なのだけど、それでもその令嬢を突き落とそうとしたことは相当の罪だと。



(ふあぁ……帰って寝たい)



 早く終わらないかと、欠伸を噛み殺す。もう、帰って良いですか? と聞いてみたかったのだが、相手は第二皇子である。そして、私は容疑者。そんな事を言ったら、不敬罪で打ち首になるかもしれない。



「えーっと」

「……」

「あの、何か喋ってくれませんか。えっと、本当に私がやったのかとか、そういう」



 こちらから切り出す話題ではないなあと思いつつも、私はそう聞いてみた。レヴェイユの青い瞳が私を捉える。眠たげなその目は少し血走っていた。眠いのを我慢しているみたいな、寝不足で倒れそうな病人の顔をしている。



「お前……記憶喪失だと、聞いた。ほんとうに、何も思えていないのか? 俺の事も」

「え?」



 いきなり、そんなことをいったかと思えば立ち上がり、私の方に向かってくるレヴェイユ様。



(俺の事も……ってどういうこと?)



 いや、中身が違うので覚えているも何もないけれど。シエスタとどういう関係なのだろうか。メイド達からは何も情報が無かったし、何か秘密の関係だったりしたらあり得ない話ではないのだが。


 分からない。


 ただ、黙って近付いてくるレヴェイユ様を私は見つめていた。格好いい人だけど、いつ倒れても可笑しくないぐらい顔色が悪い。そう思っていると、彼の足下がふらりと傾き、そのまま私に覆い被さるように倒れてきた。



「ん!?」



 いきなりのことで、身動き取れずあたふたしていれば、私の膝の上で小さな寝息が聞えたのだ。もしかしなくても、寝ている。

 重いなあと、感じながら動いて起こすわけにもいかず、私は、どうにか体勢を大きく変えず、彼を膝の上で寝かしてあげることにした。所謂膝枕。



「はあ……私も、少し寝よう」



 さっきまで怖い顔で見つめられていたものだから、そんな人が死ぬように眠ってしまって一気に緊張の糸がほどけた。それによって、噛み殺していた欠伸がふぁと出る。まあ、起きてから考えれば良いかと、私は目を閉じた。




◇◇◇◇



「……ッ!?」

「ふぁ……おはようございます。よく眠れましたか?」

「……どういう、状況だ?」



 数分だったか、数十分だったか、すっかり眠っていた私は、膝の上で違和感を感じた。目を覚ませば、私の膝で眠っていたレヴェイユ様と目が合う。彼は、目を白黒とさせて、動揺した様子で私を見つめている。どうやら彼も寝ぼけているらしい。



「すまない、今退く……」

「いえ、このままで大丈夫ですよ。レヴェイユ様……でしたよね。寝不足でしょう?」



 図星だ、と言うようにレヴェイユ様は目をそらす。

 これだけの睡眠で、あのくっきりした隈が取れるとは思っていないが、少しだけ顔色がよくなった気がした。あと耳が赤い。

 そんな彼のちょっとした変化に気がつきつつも、記憶喪失という自分で立てた設定を何とか守ろうと、私は必死に笑顔を取り繕った。シエスタと、レヴェイユ様の間には何かありそうと、女の勘が冴え渡っている。



「だが、重い……だろ」

「そんなことありませんよ」



と、返してやれば、レヴェイユ様はまた顔を赤くする。



「お前……」

「なんでしょうか」

「いや……何でも無い」



 そう言って、口を閉ざしてしまうレヴェイユ様に私は首を傾げる。何か言いたいことがあるなら言えば良いのにと思ったが、彼が何を考えているのか分からないので、そっとしておく。先ほどより顔は柔らかくなったものの、表情筋がかたまっているのかと言うぐらい仏頂面である。



「それで……なんですけど。私は、ご存じの通り記憶喪失で。呼び出された理由である、あの日の出来事のことをすっかり忘れてしまいまして。思い出してから、またお伺いしてもよろしいでしょうか」

「……俺は、お前がやったんじゃないと分かっている」

「え?」



 レヴェイユ様からでた言葉は意外なもので、私の思考はフリーズする。ますます、彼との関係がよく分からなくなって、今度は私が目を白黒させる番だった。



「ええっと。私は、疑われているのでは?」

「違う。今日呼び出した理由は違う。兄が怒っているのは……俺の恋人であるお前に罪を着せようとした輩がいると言うことだ」

「それは、つまり……」

「お前が嫌がらせを受けていないか、酷い仕打ちに遭ってやらされたんじゃないかと。そう言っているんだ」



 聞いていた話と違う。


 メイドから聞いた話と全然違って、またも混乱する結果となった。

 恋人、と言っているところを見ると公な関係ではなくて、まだ秘密な関係なのだろう。そこはあっていた。婚約者、ではなくて、恋人。らしい。

 私が混乱している間も、レヴェイユ様は「兄も、兄の婚約者も怒っていないし、お前を心配している」など色々言っていて、兎に角、私は疑われていないどころか、心配されているようだった。シエスタはかなり徳を積んだみたいだ。記憶喪失(仮)になっているシエスタ(私)を気にしてくれるのだから。何だか、記憶喪失という嘘をついていることにも、本当のシエスタじゃないっていう事にも申し訳なくなってきた。



(ごめんなさい、シエスタ。そして、レヴェイユ様! もしかして、レヴェイユ様の目の下の隈ってシエスタが心配すぎて眠れなかったからとか!?)



 もし、そうだったら、レヴェイユ様は本当にいい人で、ますます本物のシエスタじゃないことが申し訳なくなってくる。いたたまれなくなって、私は話題をすり替えることにした。



「あ、あの! 恋人だった……という、記憶も何も思い出せなくてすみません。その上で聞くのですが、レヴェイユ様って、最近寝不足じゃありませんか?」

「……どうして」

「目の下に隈があるのと、顔色が良くないなあと。あ、もしかしたら寝不足なのは、私を気遣って……なんて」



 冗談で言ったつもりだったのだが、彼は黙り込んでしまった。

 もしかしなくても、図星なようだった。だが、すぐに彼はそれもあるが、と訂正する。



「最近立て込んでいたんだ。そして、お前が階段から落ちたと……元々、眠りが浅い方でな。熟睡できたことが殆どない」



 そう言うと、レヴェイユ様は額に手を当てた。

 眠りが浅い、熟睡できないということには原因がいくつかある。でも、そんな状態が長く続けば本当に倒れて死んでしまうのではないかと思った。私の前世の経験上。

 恋人だったというのであれば、私に出来ることは一つだった。レヴェイユ様の悩みを改善してあげたい。

 私は膝の上にいるレヴェイユ様の顔を覗き込んで言う。



「私と、そ、ソフレになりませんか!?」

「……シエスタ?」

「はい」

「そ、ソフレとはなんだ」



 困惑したように、レヴェイユ様は聞いてくる。

 そうか、此の世界にはソフレという言葉がないのか。いや、あっちの世界でも頻繁には使わないけれど。そう思いながら、私は、ソフレとは何か説明する。

 まあ簡単に言えば、添い寝をする友達。

 それを言えば、さらに、レヴェイユ様は頭を抱えた。確かに、シエスタとレヴェイユ様の関係は元々、恋人同士だし、恋人から友達に降格したらそりゃ、落ち込むだろう。でも、私は、シエスタであってシエスタではないので、まずそこから始めようと思った。本来であれば、どちらかが好意を持った状態でソフレという関係は破綻するのだが、レヴェイユ様の体調のことを考えると、睡眠環境を変えなければと思った。私も、休みの日にソフレに抱きしめて貰って寝ていたから、ソフレの良さは分かる。人と寝るとぐっすり眠れるのだ。



「き、記憶が戻るまでで良いですから」



と、私は付け加える。


 あまりにもレヴェイユ様が落ち込んだので、私はこれではいけないと思った。でも、こっちも引けない。というか、口実を作って睡眠時間を確保したかった。私は、恋人や友達よりも睡眠を大切にしたいタイプだった。まあ、元が社畜だから、そういう世界と無縁で、そういう世界に憧れを抱けなくなってしまったというのが正しいけれど。

 レヴェイユ様は悩んだ末に分かったと首を縦に振ってくれた。



「記憶が戻るまでだからな」

「はい。あと、これだけは守って欲しいんですが、寝ているとき手を出すのは禁止ですからね。あくまで、添い寝をするだけの関係なので」

「わ……分かった」



 目が泳いだ。何かする気だったのか、と私は冷たい目を向けたが、元恋人が横で寝ていて何もするなと言われる方が難しいのでは無いかと思った。恋人がいなかった私にとっては無縁の感情だけど。

 それから、私達はソフレという関係に一旦落ち着くことになったのだが……




◇◇◇◇



「お父様の許しが出たので、今日からよろしくお願いしますね」

「あ、ああ。でも、本当に一緒に寝るのか?」

「勿論じゃないですか。やましいこと何て一切無いですよ。だって、私達は添い寝をするだけの関係ですから」

「うっ……」



 心臓を抑えながら、ふらつくレヴェイユ様を放っておいて、私はベッドに腰掛ける。服そうは質素なネグリジェ。レヴェイユ様は、視線を漂わせながら、ため息をついてこちらに向かって歩いてくる。

 シエスタの侍女に聞いた話、シエスタはかなりレヴェイユ様と良い感じの仲だったらしく、近いうちに婚約者として公に発表するつもりだったとか。そんな中あんな事件が起きて記憶喪失(仮)に。レヴェイユ様が肩を落とすのは分からないでもない。レヴェイユ様もシエスタのことを愛していたから、それはもうショックだったのだろう。

 レヴェイユ様は私の隣に腰掛けるとちらりと私を見る。



「その、シエスタ」

「はい、何でしょうか」

「ソフレ……というのは、令嬢達の間で流行っているのか?」



 レヴェイユ様は信じられないというように聞いてくる。そんな噂聞いたことないぞと、目で訴えかけてきていた。

 そりゃ、こっちにはない文化だろうし、実際やっている人は少ないと思う。何せ、恋愛感情に繋がってしまうこともあるし、ただ熟睡したいが為に添い寝して欲し言って言う人と、良い感じの関係になれたらっていう人がソフレになったら大事故だから。

 まあ、それは置いておいて、私は流行りだした、という嘘をついて何とかその場を逃げる。



「さあ、寝ましょう!」

「……」

「これは、レヴェイユ様の睡眠改善のためです」

「分かっている」



 レヴェイユ様は渋々といった様子で布団の中に入り込む。私もそれに続いて、彼の隣に潜り込んだ。

レヴェイユ様は、私と少し距離を開けてくれていた。



「……シエスタ」



 ぽつりと呟かれた言葉は、私の耳に届く。私はどうしたのだろうかと返事をすると、レヴェイユ様は私を見つめて言う。

 彼は、シエスタのことが本当に好きだったんだろう。愛おしそうな、でも、何処か寂しそうな目で見つめてくるもので、私は、罪悪感を隠すようにレヴェイユ様に抱き付いた。



「し、シエスタ!?」

「こうやって、ハグすると良いらしいです」

「ほ、本当か……」

「レヴェイユ様に嘘ついてどうするんですか」



 嘘は一杯ついているけど。 


 そう自分で自覚しつつも、私は、それを全て隠すように言う。レヴェイユ様も諦めたのか、姿だけシエスタの私を抱きしめ返した。転生って普通、その人の記憶全て受け継ぐんじゃ無いかと思っていたけど、現実はそう甘くないらしい。本当に私はシエスタのことを何一つ知らないのだから。

 だから、どんな風にレヴェイユ様に愛されて、どんな風にレヴェイユ様を愛していたか分からない。

 でも、抱きしめているレヴェイユ様の手が震えていて、本当にこのままシエスタの記憶が戻らなかったらどうしようとかそういう不安に駆られているのがすぐに分かった。罪悪感で一杯になる。もう記憶は戻らないし、本物のシエスタも戻ってこないのに。



(ごめんなさい……)



 第二の人生、幸せになれると思っていた。でも、これはこれで、堪えるものがあって、居心地が悪い。



「……しえ、すた」

「……」



 思いの外、早く寝てしまったレヴェイユ様は寝言で私の名前を呼ぶ。寝顔はとても悲しそうで、今にも泣きそうだった。いざこざに巻き込まれ意識不明の重体になり、そして記憶喪失。その後、ソフレになりましょうと恋人から友達に降格。レヴェイユ様の気持ちをもっと考えることが出来ていれば、考えて発言が出来ていれば、彼をこんな気持ちにさせずにすんだのだろうか。悔やんでも過去に戻ることは出来ない。

 私は、起きたら全部夢で、また社畜に戻っていました……だったら、何て考えて目を閉じた。




◇◇◇◇



 あれから、夜になるたびレヴェイユ様の所に通い、添い寝を続けた。初めの頃は記憶は戻ったか、と聞かれていたが何回通ううちにそれもなくなり、今ではレヴェイユ様もすっかり慣れて、聞いてこなくなった。

 そして、いつものようにベッドに入ると、ぎゅっと後ろから抱きしめられる。最初は彼の変化に驚いていたが、慣れほど怖いものは無いと深くは考えないようにした。レヴェイユ様が安心出来るならそれでいいかな、と最近は思うようにしている。それに、背中から伝わる体温が温かくて心地が良い。心臓の音を聞くと安らぐし、温かく優しい匂いに包まれるとすぐに眠りにつくことが出来た。

 レヴェイユ様の目の下の隈もすっかり消えて、最近は仕事の効率がよくなったとも言ってくれた。私の添い寝が役に立っているのなら嬉しいと、私は今日もレヴェイユ様のところに行く。



「失礼します」

「シエスタ」



 ポンポンと先にベッドに腰掛けていたレヴェイユ様に隣に来るようにと促される。

 私は言われるがまま、隣に腰掛けるとレヴェイユ様は嬉しそうに私を抱き締める。レヴェイユ様は本当に抱きしめるのが好きだなあ何て、最近になってレヴェイユ様の癖というか、愛情に伝え方、甘え方? が分かってきた気がする。

 暫くの間そうしていた後、レヴェイユ様は私を離すと真剣な表情で見つめてきた。



「俺はもう、シエスタの記憶が戻らなくてもいいと思っている」

「え……」



 衝撃の告白に、私は言葉を失う。

 それはもう、私に……シエスタに飽きたという事だろうか。今日で、ソフレも終わり? そう考えていると、彼は違うというように首を横に振った。



「そうじゃない。記憶を失っていても、記憶があってもシエスタはシエスタだ。優しくて、笑顔が可愛くて……人の心配が出来る。そんなシエスタに俺は惚れていた。だからこそ、過去の記憶に囚われてばかりではいけないと思った。今のシエスタも十分魅力的だ」

「は、はい」



 そんな風に切り替えることが出来たんだ。と感動を覚え、私はレヴェイユ様の瞳を見る。相変わらず綺麗な青い宝石の瞳に吸い込まれそうになる。サラッと耳から落ちた銀髪も彼の色気を押し上げる。

 知らない間に、自分の頬が熱くなっていることに気づいて、途端に恥ずかしくなって目線を下に落とした。私が下を向いている間、彼は私の冤罪が晴れたことや、私をはめた令嬢達に裁きが下ったことを話していたが、そんなこと右から左に流れていくばかりだった。



(え、ドキドキしてる?)



 これまでなんともなかったし、ただのソフレだと思っていた。あっちは恋愛感情があっただろうが、私は本当のシエスタじゃないし、彼に恋愛感情を抱けなかった。どちらかと言えば、過去の私みたいで重ねていただけだった。

 でも、今はどうだろうか。

 顔を上げれば、一弾とレヴェイユ様がキラキラと輝いて見えるのだ。勿論、目鼻立ちは出会った当時から整っていたし、十人いたら九人……いや全員格好いい、イケメンと答えるほど整った容姿をしていた。でも、今はそれ以上にかっこよく見えてしまう。

 私が戸惑っていると、レヴェイユ様はそっと私の手を握り、じっと見つめてくる。その行動一つ一つに胸が高鳴って仕方がない。



「今日は、それを伝えたかったんだ。初めは、冤罪をかけられた上に記憶喪失だと聞いて落ち込んだ。だが、記憶を失ったあともお前は俺によくしてくれた。おかげで、長年悩まされた不眠症からも解放されて、やはりシエスタは凄いな」



と、笑みを浮かべながら言う。


 ドクンと脈打つ心臓。私が最初に言ったソフレの定義を崩す感情が生れそうだった。それは、ダメだと。だって、私はレヴェイユ様の好意を下にして、恋人から友達に降格した最低な女なのだから。


 だから――



「じゃあ、今夜もよろしく頼む」



 そう言って、レヴェイユ様は横になる。

 私は、いつもの流れで布団に入りレヴェイユ様と向き合った。そうして、大きな身体に包まれる。背中に回された腕、大きく優しく打つ心臓の音。私の体温は猛スピードで上がっていく。


 ダメだこれ。



「お休み、シエスタ。良い夢を」



 チュッとリップ音を立てて額にキスを落とすレヴェイユ様。いつもの事なのに、その行為に愛おしさが込み上げてきて、好きという感情が全身からあふれ出す。



(待って、眠れない……!)



 既に、夢の中にはいってしまったレヴェイユ様の腕の中で私の目はぎんぎんにさえていた。ゆっくり脈打つレヴェイユ様の心臓に対して、私の心臓はバクバクと煩くなる。伝わらないでと願いながら、私は彼の腕の中で小さくなる。


 ああ、ダメだ。


 ソフレは恋愛感情を持ったら破綻する。

 私は本物のシエスタじゃないから大丈夫。そう思っていたが、誤算だった。

 彼とこうして抱き合って寝るうちに、彼の優しさに触れていくうちに、彼の愛情の深さを知っていくうちに、知らぬ間に好きになっていた。好きになったら本物のシエスタに申し訳ないと思っていたから、好きにならないって決めたのに。



「レヴェイユ様……」

「シエスタ?」



 それは、寝言だったが、うっすら残った意識で私の名前を呼んだか分からない。

 彼がどんな顔で私の名前を呼んだかなんて、私は今彼の顔を見えなかった。



「……お、おやすみなさい」



 私は、全部押し殺してそういう。

 この感情は今整理できるものではないと、私は起きてから考えようと思った。

 だが、高鳴った心臓はそうすぐに収まってくれない。

 レヴェイユ様が好きと煩い心臓は加速するばかりで、余計に目がさえてしまう。

 寝たいのに、眠れない。

 快適な睡眠ライフを送るために持ちかけた添い寝をするだけの関係だったのに、これじゃあ、また、寝不足になってしまう。



(……好きになっちゃってごめんなさい!)



 私はギュッと目を閉じて、レヴェイユ様の胸に顔を押しつけた。

 元社畜の私、転生先でソフレを通して初めての恋を自覚した瞬間だった。私達が結ばれるのはもう少し先の話。






ここまで読んでいただきありがとうございます。久しぶりの異世界恋愛短編でした。

書き方を忘れていると言うこともあって、途中で筆が止ったのは秘密です()


さて、シエスタとレヴェイユはこれからどうなっていくのか……


もしよろしければ、ブックマークと☆5評価、感想など貰えると励みになります。

他にも、連載作品、短編あるのでよければ、このゴールデンウィークに是非。

また、次回作でお会いしましょう。



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