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p.1

 ーー人のものを取ってはいけない


 それは、誰もが小さな頃に教えられること。もちろん私も親からきっちりと教えられてきた。しかし、今、私はその教えを全く守っていない。


「きゃー、ドロボー」


 夕方の喧騒を遮るかのような女の悲鳴が住宅街に響き渡る。その声を聞きつけて、隣近所が窓から悲鳴の聞こえた方角の様子を伺っている。私もそんな野次馬を装い、玄関から怪訝そうな顔を作って外へ出た。同じように玄関ドアからひょっこりと顔を覗かせたアパートの隣の住人に軽く会釈をすれば、隣人もペコリと会釈を返す。こんな行動をとるだけで、誰も私を疑わない。善良な住人を装うことなどとても簡単だ。


 私は眉をひそめて、さも不安そうな表情を作ると、隣人に声をかけた。


「また……ですかね?」

「ですかね? ここのところ頻繁にありますね。お互い施錠はしっかりとしておきましょうね」

「そうですね。……あの、それじゃあ」


 私はもう一度隣人に軽く会釈をすると、部屋の中へ戻った。


 この、ひと手間。たったこれだけ。なんの変哲もないこの会話を交わすだけで、私は、この件とは全くの無関係ですよとアピールできる。


 扉を閉め一人になった私は、笑い声が漏れてしまわないように口元を押さえた。狭いキッチン兼廊下を通り過ぎ、カーテンがしっかりと閉められた暗い部屋へ足を踏み入れる。


 そのままソファにどさりと腰を下ろすと、脇に置いてあったクッションに顔を埋めた。途端に、くくっと声が漏れる。一度声が出てしまうと、もう我慢ができなかった。私はクッションに顔を押し付けて、あはははと笑い声をあげる。


 ひとしきり笑い、わき腹が少し痛くなってきた頃、ようやく昂ぶっていた気持ちが落ち着いてきた。クッションから顔を離すと、ふうと大きく息を吐く。それからもう一度顔にクッションを押し当てると、目を閉じて、盛大に鼻から空気を吸った。


 鼻腔いっぱいに芳香が広がる。洗剤の匂いなのか、それとも柔軟剤の匂いなのかは分からない。とにかく様々な洗い立ての匂いが鼻腔を通って、私の脳を刺激した。


 クッションから顔を離し、ぷはぁと息を吐いた私は口元をだらしなく歪ませて、クッションのファスナーをジジジと開けた。口が開いた瞬間、押し込められていた匂いが微かに匂い立つ。それがまた私の口元を緩ませる。


 開いたクッションの口から覗くのは、今日の戦利品。私のお気に入りの匂いがする、真っ赤なパンティと女児用のピンクの綿のパンツだ。

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