針先ばかりの助力
20XX 9/11 15:40
*商品タグ:Mg.QQ1.01
<道具の形>
つなぐもの
<魔法の効果>
操作
<魔法の程度>
1:ちょっとした効用
* * * * *
<序述>
つい先日承った遺品の受け取りがひと段落し、会計前の安楽椅子に腰掛ける。ホッと一息。これからもう一仕事である。
腰を屈め、棚下の引き出しからペンデュラムの耳飾りを取り出し右耳に付ける。金鎖がジャラリと音を立て、翡翠色の輝きを示した。
抱えてきた小包を机上に置く。依頼人から預かった品々の中でこれが最後の物品である。
包装紙から姿を現したのは、携帯用の裁縫箱であった。これは故人が生前最も愛用していた物品だそうだ。革製の手袋をはめ、蓋を開ける。
白と黒の縫糸に糸切り鋏、これらは普通の、特に魔法の気配も感じない物のようだ。箱の隅に寄せられた針山に刺さった一本の縫い針、これが今回のお相手のようである。
軽く目を瞑り手元の“彼”に意識を向ける。一先ずは、対話を始める前に、かけられた魔法を読み取ろう。
ふむ…成る程。彼の魔法は<針先ばかりの助力>と云ったところかな…。
* * * * *
<会話の記録>
6:頻繁に魔法を使っていた頃の記録♣︎
彼の当時の持ち主は一人暮らしの翁であり、老後の楽しみとして裁縫を始めたのだそうだ。
当時、持ち主はお世辞にも裁縫が上手とは云えなかったようで、彼は持ち主が彼を手に取るたびにその力を使用していたそうだ。それが幸いしてか、翁の作る物品はなんとか使用できる程度のものには出来上がっていた。
ただ、魔法の発動の際、持ち主が意図しない方へ彼が誘導したためか持ち主の指を傷つけることが多々あったとのことだ。
7:持ち主が道具を携えて何かを達成した♢
度重なる練習の甲斐あってか、彼の持ち主は一つのクマのぬいぐるみを完成させた。この頃になっては、彼はもうほとんどその力を使ってはいなかった。
作られたぬいぐるみは、持ち主のお孫さんへの贈り物であったらしい。まだ幼かったその子供にとって、それはこの上ない宝物になったことだろう、と彼は云っていた。
10:直前の持ち主はどのようにして彼を手放すことになったのだろうか♠︎
彼の持ち主が、お孫さんへの贈り物を完成させてから数年間、彼は相変わらずその翁に使われ続けていた。しかし、何事にも終わりは訪れる物である。
彼が手放される数ヶ月前の事、翁は歳のせいか、彼を手に持つことすら叶わないほどに衰弱し、寝台に横たわっていた。
彼はその時期、裁縫道具箱の中でその様子を彼の持ち主が息を引き取るまでの間ずっと見守っていた。
そして、私の下に届けられた。
K:人間あるいは世界について何かを学んだ♠︎
これは、彼が最後の持ち主であったあの老人お手に渡る前の話であろう。
彼の当時の持ち主は年端も行かない少女であった。彼は、その少女の母親が少女買い与えた物であった。
この少女もまた、裁縫は達者ではなかった。当時の彼は、そんな落ち主を放っとくことができず、自分の力を全面的に使い彼女を補助することにした、らしい。これを語った彼の声色は少々の後悔が滲んでいたように思う。
実際、そのせいであったのだろう。あろうことか、いや当然の結果と云っていいだろう、持ち主の少女は、これが自分の実力であると思い込み、自信をつけてしまった。
そして、自前で用意した彼とは別の縫い針を使って、物品の作成を試みてしまった。それは彼女の思い他人への贈り物であった。
案の定、その結果は酷い物であった。それが本来の彼女の実力であった。正直私や彼からすれば取るに足らないことでも、その失敗は彼女の自尊心や誉を打ち砕くのには十分であったようだ。
少女はその時点で裁縫をやめてしまった。彼や他の縫い針を含めた裁縫セットは少女の通っていた学校のバザーに売りに出された。
その始終を見て感じていた彼は、自分の行動が人間の助けになって無かったことを自覚した。そして、自分がすべきことを理解した。
それは、全面的な手助けなどでは無く、ほんの僅かの、それこそ針先ほどの助力であった。
* * * * *
<最期の質問>
彼は、この質問に対して明確な答えを口にしてくれた。故に、此処には彼の言葉をそのまま書こうと思う。
・貴方が誇りに思っていることは?
それは、云うまでもない話だが、最期の仕事として、あの爺さんを俺の力が必要ないほどに本当の意味で上達させられたことだよ。
ああも上手くなってくれれば悔いもないさ。
・貴方が次に引き取られるとしたらどんな人がいい?
そうだねぇ…パッと思いつくならば、あの爺さんのお孫さんかな?彼ならばなんと無くだけど俺をしっかり使ってくれそうな気がする……いや、そうだな、正直に云おう。俺は、高望みだとは自覚をしているが、あの時のあの少女、いや今はもう大人かな?まぁいいさ、彼女に使ってもらいたい。
もうこの力は消えちまうけれど、あん時出来無かったことは今ならばなんと無く出来る気がする…。そして願わくば、彼女がもう一度針を持ってくれることを望む。
* * * * *
質問を終えて、暫くすると声は聞こえなくなった。耳飾りを外す。鎖がジャラリと鳴った。
手元の針からは既に魔力が感じられなかった。彼をそっと針山に戻し裁縫箱を閉じた。
さて、今日はもう店仕舞いだ。どうせ客も来まい。どうやら此処からもう一仕事あるようだ。
先ずは遺族の方に連絡をして近所の小学校に関しての情報をもらわないと…。私は別に探偵では無いんだけどね…。まぁやれるだけやってやろう。
同年 10/27 追記
個人情報の兼ね合いから詳細は省くが、⬜︎ ⬜︎市在中のT夫人にこの針を受け渡した。
これでこの仕事は一件落着である。疲れた。
願わくば、彼の行く末に幸多からんことを…。
.......お読み頂き有難う御座います。
それでは、また、ごゆるりと