バニティ 15
夜がゆっくりと帳をおろし始めた。
三人は正体を知られぬよう仮面で目を隠し、地下通路にもぐりこんだ。
ルキアが片手にランプを持ち、先頭を歩いていく。
先ほど、大ムカデを見たカイトは、時折、聞こえるカサカサという音に
びくびくしていた。
「ここからバニティの入り口は近いんだ。じきに着くよ」
ルキアが振りかえる。
「う~ん。懐かしいねえ。私がバニティから逃げ出したころから
もう2年はたつからね」
「ルキアさんは、バニティで何をしてたんですか?」カイトが尋ねた。
薄闇の中、華奢な背中が揺れている。
「始めは、ドクターの娘の真似事。『パパー、朝ご飯にしましょ』
『パパー。お茶の時間よ』」ふざけながら、ドクターを呼ぶ真似をする。
「でも、全然ダメ。私は、蓮っ葉だからさ。ドクターには不満だったみたい。
すぐに売りに出されちゃった」
ルキアはふりかえって舌を出すとおどけて笑ってみせた。
やがて、遠くから轟轟と水音が聞こえてきた。
「もう少しでバニティの下水道に合流する」
水音にかき消されぬよう、やや緊張した面持ちで、ルキアが大声で怒鳴った。
細い抜け道を進んでいくと急に視界が開けて、目の前に下水の濁流が見えた。
一段高くなったところはコンクリートの通路となっている。
よく整備されていて柵も設置されている。
200メートルほど進んだところで、ルキアは足を止めて ランプを高く
掲げた。
「ほら、あそこにマンホールがある。この梯子を登るから、
足を滑らせないように気をつけて」
ルキアのランプの灯をたよりにカイトは慎重に梯子を登っていった。
カゲの気配を後ろに感じているだけで安心する。
マンホールの穴から地上に顔をのぞかせると、そこは薄暗い路地の
一角だった。
遠くから華やかな音楽が聞こえる。
先に地上についたルキアが手を差し伸べながら
「ようこそ虚栄の街へ」にっと口角をあげて得意気に笑ってみせた。




