バニティ 8
「ル、ルキアさん、あれ……」
縦穴から顔を出したカイトの声が震えている。
アークでは見たことのない昆虫の種類だ。
太った丸太状の体躯にくっついた無数の足が蠢いている。
外側の殻はカマキリのそれ以上に硬そうに見える。
「少年。悪いけど、もう一度穴の中にひっこんでくれる?」
「はい。ルキアさんも早く」
「いいや、私は今からこいつを仕留める」
「そんな……無理ですよ。こんな化け物」
「早くひっこみな。こいつは毒を持ってる。噛まれたら致命傷だよ」
カイトは、後ろ髪をひかれる思いでゆっくりと降りていった。
ルキアさん、大丈夫だろうか……たった一人で。
あの毒蟲に殺されてしまうのでは……。
4~5メートル下りたところで不安になったカイトは、しばらく逡巡したのち
意を決して再び穴を登りはじめた。
その時、
「来い!化け物」
普段の艶やかな声とは全く違う地の底から響き渡るようなルキアの
叫び声が聞こえた。
カサカサカサカサカサカサカサカサカサ。
背筋が寒くなるような音と共にムカデが突進してくる音が聞こえた。
カイトが穴の中から顔を出すと、
ルキアが風をきって、ムカデめがけて走り出す姿が見えた。
「うりゃあああああああああ」
叫びながらムカデの体躯にこぶしを突き出す。
メリ、バキバキバキ、何かしら嫌な音を立てて、
こぶしがムカデの身体を貫通した。
カイトは息を呑んで凝視した。
ルキアはそのまま、ムカデの身体を高く持ち上げた。
巨大な化け物は、身体をくねらせ足を蠢かせながら
ルキアの捕縛から逃れようとしていた。
だが、そんなもの、ものともせずルキアはもういっぽうの腕を
ムカデの身体に回すと己の膝にすごい勢いで幾度も幾度も叩きつけた。
死の恐怖を感じ、のたうちまわっていた毒蟲の動きがじょじょに
鈍くなっていく。ルキアの膝にうちつけられ、真っ二つに分かれはじめた
裂け目から緑の体液が漏れでていた。
やがて全く動かくなくなった毒蟲から、ゆっくり腕を引き抜くと、
足でその死骸を蹴り飛ばした。
軽く唾を吐くと、上着の一部で緑に染まった腕を丁寧に拭いた。
そして何ごともなかったかのように、振りかえってカイトを見た。
カイトは、今、見た光景が信じられなくて固まったまま
ルキアを凝視していた。
ルキアはいつものように艶やかな笑みを浮かべると、
「さあ、行こうか。少年」と声をかけた。




