バニティ 6
兵士は己の身体の二倍ほどもある長い槍を取り出した。
「たいそうな獲物を持ち出したな」
「お前の毒の血とやらは、接近戦では確かに強力な武器だ。
だが、遠距離攻撃に対しては、何の役にも立たぬ」
「だが、その長さでは扱いにくそうだ」
その言葉を聞いて、兵士は軽く口を歪ませて嗤った。
「それは、どうかな」
いなや、兵士は得意気に長槍を両腕で振り回した。
よほど訓練したのか、あたかも身体の一部のような
なめらかな動きだ。
カゲは、大きく後ろにとびすさって、攻撃をよけた。
兵士は間髪おかず、槍先をカゲの心臓に照準を定めると
大きく踏み込んできた。
膝を落とし、身体をかがめたときに
「うっ」カゲは小さく声をあげた。
左足の古傷がひきつれて、鋭く痛んだ。
カゲは己の精神を集中させて、痛みの感覚を脳から切り離すと
下から剣をふりあげて兵士の槍をふりはらった。
兵士は槍の重みにふりまわされて、体勢を崩しかけた。
「この槍を払いのけるとは、なかなかやるな。
だが、俺の武器がこれだけとは思うなよ」
「また小細工か」
「黙れ!」
兵士は槍の柄の中心を軽く折るような仕草をすると、
二つに割れた柄の先端から鎖が飛び出した。
鎖につながれた槍の先端がヌンチャクのように操られている。
カゲは勢いよく向かってくる槍を剣で冷静にはじき返した。
はじき返しても、槍は何度でも四方から自在に切りつけてくる。
カゲが剣を振りあげて、自らの頭上に払いのけた瞬間、
槍の先端部が花のように大きく開き、大量の水が飛び散った。
「なに?」
咄嗟に右足で地面をけり、横にとびすさったものの
左腕の肩に水がかかった。
焼けつくような痛みとともに、ジュッという音がした。
ただの水じゃない。
兵士は複眼をわずかに細めると
「気付いたか。それは、聖水だ。毒の血が流れるお前は
呪われた存在だ。そんなお前を成敗するには聖水こそが
ふさわしい」
「呪われた存在……」カゲはクククッと嗤った。
「俺は、聖なる地アークに捨てられ、闘いの都コロセウムで
千人もの命を奪った。なんの感情もなく、残忍に、ただ目の前に
あるモノを壊すように。我が師を失った時に、俺の心は
死んだ。誰を愛することもない。憐れみを抱くこともない。
悲しみも後悔もない」
カゲは双眸を怪しく光らせながら言った。
「俺は、呪われた存在じゃない。俺が呪いそのものだ」




