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ドクター・アーシュ 2

アーシュは、そばにあった椅子に軽くこしかけると腿の上で両手を組み合わせた。

太い血管が浮き出た両手を見つめながら、ため息をつく。


「正直、私には金もこの街も、どうでもいい。地位も名誉も不老不死も、

本当は一ミリの興味も持っていない。私は心をなくしてしまったのです。

10年以上前に……ルキアを失った日に」


カサカサと音をたて、巨大なカマキリがアーシュに近づいてきた。

アーシュの、1.5倍はあろうかという体躯。

不気味な複眼には幾人ものアーシュが映りこんでいる。


「あれほどの富を得ているのに、そなたの目は生きる屍のようだ」


「そうかもしれない。私は、ルキアに会いたいだけなのです。

誰よりも大切な私の娘に。そのために時間遺伝子の研究を始めた。

彼女も、そのための研究材料です」


博士は、モニターに映し出された金髪の女性に視線を向けた。


「あれは……?」カマキリの主の触覚が鞭のようにしなり、空を切った。


「アークのディアナ公女。碧眼の一族です」


「眠っているのか?」


「もう眠りについて一年近くになるそうです。アークの医師が匙を投げたとかで

私の方に依頼が来ました。彼女の叔母も同じように眠りにつき、亡くなったそうです。

徐々に呼吸が弱り、時間をかけて、ゆっくりと心臓が動かなくなってゆく。

ディアナ公女も、同じような道をたどりつつある」


「そなたには治せるのか?」主が興味深げに身を乗り出した。


アーシュは眉をぴくりとあげると


「治す?私は、治す気なんてありませんよ。碧眼の一族こそ、時間遺伝子の謎を解く

最後のピースだ。よみがえり伝説を知っているでしょう?」


「死者がよみがえったというアークの伝承か?子どものおとぎ話か何かの比喩ではないのか?」


「子どものおとぎ話?とんでもない。あれは、紛れもない事実ですよ。

私は、以前、アークの墓地に忍びこんだことがある。古い教会から地下へと

続く階段を下りて、うら寂しい地下道を進んでいくと、

死者のおさめられた棺がたくさん並んでいる空間にたどりつく。

ほとんどの遺体は、腐敗して白骨化してしまっているが、

数体、あたかも生きているような状態の遺体が混じっていた。

あれこそが、アークの秘密。私の探し求めている答えだ」


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