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ドクター・アーシュ

ちくたく ちくたく とけいはすすむ

ちくたく ちくたく とけいはとまる

かすみがおりれば まことはきえる

こわれた とけいは うごかない



男はアークの古い童謡が書かれた本をパタンと閉じて、

モニターに映し出されている美しい女性の姿を眺めた。

つややかで透明感にあふれた白い肌。

薄い紅をさしたかのような桜色の頬。

閉じた瞼を縁取る長いまつ毛。

彫りの深い上品な顔立ちに、流れるような金髪。


普通の男なら、十中八九、この眠れるミューズに心を奪われるだろう。

ましてや、傍に近寄り触れることもできるとなれば……。


だが、男はこの実験体を乾いた感情で観察していた。

そもそも、これまでの人生で人に対して特別な感情を抱いたことがない。


彼にとっては人も動物も虫も、すべて同質のものだった。

研究対象、その一言に尽きる。


コンコン

扉がノックされる音が響き、


「アーシュ様。お客様がいらっしゃいました。お部屋にお通ししても

よろしいでしょうか?」と侍女が尋ねた。


男はふりかえり、


「ああ。聞いている。こちらにお通ししろ」と冷たい声で命じた。


侍女が扉を開くと、鈍色の絨毛に覆われた巨大なカマキリがそこにいた。


「ようこそ。地底の王」男は足を後ろにクロスさせて、少し芝居じみた

挨拶をした。


「初めてお目にかかる。ドクター・アーシュ」

カサカサという音を立てて、巨大なカマキリが部屋に入ってきた。


「握手でもと思いましたが、その鉄のような外骨格。

触れただけで、こちらの皮膚まで切り裂かれてしまいそうだ」


「ドクター・アーシュ。お噂はかねがね耳にしている」


「ということは、地底の王も不老不死の妙薬をお求めですか?」


「不老不死」主は嘲笑すると「そんなものに興味はないが、わしの望みを叶えるには

永遠に近い時間をもらえるのは、ありがたい話かもしれぬ」


「王の望みとは?」


「この世界すべて」


「ほう」アーシュは片方の眉をあげた。

「地上世界を征服するおつもりか。何か方策でも?」


「ある。カゲという男だ。猛毒の血が体内を流れている。

ドクター・アーシュ。やつの血を使って最強の殺人兵器を作ってもらえぬだろうか」


「猛毒の血?それは、興味深い」


「無論、礼ははずむ。バニティの独立権も約束しよう。

われわれは、長きにわたり地底に閉じ込められてきた。

だからこそ、明るい光の差す地上に憧れるのだ」


カマキリの主は両手のカマを高く上げ、全身の絨毛を逆立てて捲し立てた。

地上に対する激情的な執念をとうとうと語る主の姿を

アーシュは冷徹に見つめていた。


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