深海の都 13
剣を構えなおし、カゲは目の前の獲物を冷静な目でとらえていた。
サメの皮膚を切り裂いた刃は、その硬い背骨に阻まれて
致命傷を与えるまでにはいたっていない。
不意に現れた敵の襲来にメガロドンは驚きながらも
力強く尾びれをうねらせて、カゲへと向きなおった。
赤い海の中で一人と一匹は対峙する。
メガロドンの鋭い歯と落ちくぼんだ目。
まるで古木に空いた節穴のようだ。
だが、その目には怒りと敵意が暗く光っている。
お前は俺よりも人間らしい目をしている。
カゲは思った。
のたうち回るお前の姿を見ても俺の心は微動だにしない。
その憎しみに満ちた目を見ても、一切の恐怖さえ感じない。
だからこそ分かる。
お前を一瞬で殺すためには、どこへ刃を突き立てればいいのか。
怒りに我を忘れたお前自身が次にどんな攻撃をしてくるのか。
俺は、ただそれを冷静に見つめて、機械のようにお前を殺すだけだ。
メガロドンの巨大な戦艦のような体躯が勢いよく突進してきた。
カゲは、軽く足元の水を蹴り、巨大なサメの鼻先に手をかけた。
そのまま、メガロドンの背に立つと、両手で大きく剣をかかげ
背骨をほんの少し右に避けた位置に、全体重をかけて突き通した。
カゲの剣は、痛みに大きくのけぞるサメの身体を深々と貫いていく。
俺は……俺は、ボイドさんにはなれない……。
闘いの場でカゲはいつも思い出す。
ボイドの優雅で美しく、慈愛に満ちた剣を。
致命傷を与えられたサメの体から徐々に力が失われていった。
メガロドンの注意がカゲへと向いたのを見て、
カイトは壁の隙間から抜け出し、階段を上へと昇っていった。
先を走る後ろ姿から、カイトを救った人はあの老人だと分かった。
階段を上へ上へと昇るにつれて、光はどんどん強くなっていった。
あたりを泳ぐ魚たちも浅瀬で見たことがあるような種類に変わっている。
水草が揺れて、その隙間を縫うように可愛い小魚が泳いでいる。
カイトは、海の楽園のようだと思った。
塔の一番上にたどりついたカイトは、
真っ青な髪と陶器のような白い肌を持つ少女が泳いでいるのを見た。
少女は歌を歌いながら光を放ち続けていた。
ふくよかな胸の膨らみと腰から下を覆うキラキラとした鱗。
その全てが艶めかしく、この世のものとも思えない美しさだった。




