深海の都 10
「カイト?カイト、どこにいる?」
カゲは起き上がって、あたりを見回した。
壁際で老人が眠っている。
だが、カイトが眠っていた場所はもぬけの殻だ。
室内を照らそうと、ライトを置いた場所に手を伸ばしたが、
見当たらない。
嫌な予感が胸の内に湧きおこった。
口の中が渇いて、ザラついている。
まさか、一人で海に戻ったか?
10歳の少年が?何のために?
カイトの寝ていた場所を触るとまだ暖かい。
そうだ。ゴーグル。
ゴーグルがあれば、カイトはこの洞窟内のどこかにいるということになる。
カゲは、立ち上がると昨夜、ゴーグルを置いた場所を手探りで探したが
やはりどこにもない。
「ん?客人、どうした?」
老人が目を覚まして、ゴソゴソと起き上がった。
「もう、出発か?」のんきに目をこすっている。
「いや、カイトが、連れがいなくなった」
いつも冷静なカゲの声が、心なしか震えている。
「海に戻ったのかもしれない」
なぜだろう。ふと、ボイドさんが殺された日のことが蘇った。
「海に戻った?」老人は目を見開いて「そういえば、やけに
人魚様のことを聞いていたな。まさか、あの塔へ向かったか。
だが、あの塔には」
老人は顔をあげてまっすぐにカゲを見た。
「全長が20メートル近い巨大なサメがいる。
塔の中に入るのは危険だ」
カイトは、一人で塔への道を向かっていた。
洞窟の中で道に迷って、少し手間取った。
だけど、もう少しで着くはず。
不思議なことに、想像していたよりも海中は暖かかった。
本当の深海なら、もっと寒いはずだ。水圧だってエグいし。
ここは、やっぱり人魚様の作り出した幻の海なのかなあ。
よく見ると何もいないと思っていた海の中に、子どもの手の平ほどの大きさの
エビのような生き物が無数に泳いでいる。
かと思うと、腕の横を30センチほどのグロテスクな魚影が通り過ぎて行った。
一瞬照らされた姿は、顎が大きく目は刃のように細く吊り上がっていた。
鱗は黒光りしていて、触るとケガをしそうだった。
なんだ、ここの生態系は。
時折、足元から飛び出てくる細長くて白い生き物はアナゴの一種か?
図鑑で見たことがあるような気がする。
怖さと好奇心が入り混じってハイになってる。
カイトは歌でも歌いたい気分になった。
そうだ。僕は、僕は行くんだ。
ディアナのために行かなきゃ。
人魚の鱗一枚でも、持って帰れたら、それを砕いてディアナに食べさせれば。
あの人は助かるかもしれない。
金色のふわふわした髪とすべてを包みこむような優しい碧色の瞳。
行かなくちゃ。
その時、カイトの頭の中に声がこだました。
サビシイ。
えっ?カイトは立ち止まった。もう塔の扉の前まで来ていた。
サビシイ。サビシイ。サビシイ。
流れこむ孤独。涙。突き刺さる感情。
クライ。ヒトリデ。ココハ、トテモクライ。
黒と白の格子模様の檻の中に青い少女が閉じ込められている映像が浮かんだ。
エイエン?
雨だ。海の中に雨?なんだこれは?どこだここは?
カイトは、塔の扉に手をかけた。
ゆっくりと扉を開ける。
中にはどす黒い闇が広がっていた。




