深海の都 8
「へえ」カイトが人魚の姿を想像してため息をもらした。
後ろを向いて話していた老人がくるりと振り返ると、鈍色の皿を差し出した。
「客人。腹が減っているだろう」
皿の上にはさばかれたばかりの魚が刺身となってのっている。
「ほう」カゲがピクリと眉を上げた。
「これはなんだ?」
「今朝、とれたメヒカリだ。うまいぞ」
老人は、指で一切れつまむと口に入れた。
「本当だ!コリコリしてて、美味しい~」真似をして口に入れたカイトが驚いた。
カゲも無言のまま食べ続けている。
「それで、海兵と人魚はどうなったんですか?おとぎ話みたいに恋に落ちたとか?」
カイトが目を輝かせて尋ねた。
「残念ながら、その後のことは海兵はよく覚えていなかったんだ。
目が覚めたときには、浜辺に打ち上げられていた。
ただ、海の中で意識を失う直前、人魚に抱きすくめられたことは、はっきりと覚えていた。
つるつるした冷たい肌や小さな胸の膨らみから、まだ少女なのだろうとぼんやりした頭で考えていた。
間近で見る彼女の顔は、小さく整っていて、この世のものとは思えないほどだった。
大きくて宝石のような青い目に、自分の姿が映っていた」
「そっか。おとぎ話のようにはいかないものですね」
「やがて、戦争は終わり海兵は故郷に帰った。彼には幼馴染の恋人がいた。
二人は結婚して、三人の子どもにも恵まれた。歳を重ね、海兵の妻は子どもや孫に見守られながら天国へと旅立った」
「いい話ですね」
「やがて、彼の子どもも孫もひ孫も天国へと旅立っていった」
「えっ?」カイトが刺身をとっていた手を止めて顔を上げた。
「彼は、恐怖とともに確信した。もう、俺は死ぬことができないんだとね。
その時、海兵は、すでに187歳になっていた」




