深海の都 7
「今からおよそ800年前。世界は、今と違い混沌としておった」老人は語り始めた。
「今の世界については……聖地から来た者なら知っているだろう」
カイトがうなずきながら、
「一つの超大陸の中に秩序だった複数の国があると習いました。そして、その頂点を統べる国が、賢者の住む真実の山」
「そうだ。だが、800年前、超大陸は五つの国に分かれていた。そして、互いの領土、領海をめぐり、10年に及ぶ戦乱が繰り広げられていた」
「そうだったんですね。統一前の世界について、話を聞くのはこれが初めてです」
神妙な顔で、カイトが机の上で両手を組んだ。
カゲは静かに茶を飲んでいて、二人の会話には、まるで関心がないようだった。
「ある時、東の大国が潜水艦で武器と物資を輸送することになった。50名ほどの海兵が乗り込み、母国を出発した。その頃、戦況は悪く、経験豊かな兵士たちは前線に出て戦っていた。そのため、潜水艦に乗り込んだのは、経験の浅い若い兵士ばかりだった。その海域は、比較的穏やかな場所だったから、本来なら問題なく、目的地に着けるはずだった」
カイトは碧色の瞳を見開きながら、前のめりになって話を聞いていた。
平和の象徴とも言われるアークでは、戦争の話をするものはいなかった。
「ところが敵国の民兵が小さな潜水艇で奇襲をしかけてきた。あわてて体制を立て直して、攻撃を開始したものの、すでに遅くモーターの一部が敵の魚雷で破損していた」
「それで、どうなったんですか?海兵たちは無事だったんですか?」
「破損せず残っているモーターもあったから、すぐに潜水艦が沈むことはなかった。だが、徐々に徐々に船体は沈んでいった。その潜水艦は特殊な金属で造られていたから、しばらくは大丈夫だが、深海の水圧には耐えられないだろう。飴のようにひしゃげて、ぐちゃぐちゃに潰れてしまうに違いない。何名かの兵士たちは、思い切って賭けに出ることにした。潜水服を着て脱出を試みたんだ」
「すごいな。僕だったら怖くて出来ない」
「生き残るにはそれしかないと思ったんだ。彼らは、無我夢中で海面へ向かって泳いでいった。だが、一人の海兵が彼らのスピードについていけず遅れ始めた。仲間の姿が視界から消えた時、はりつめていた緊張感がプツリと切れてしまった。長旅の疲れもあったのかもしれない。もう、どうでもいい。祖国に帰れなくても、ここで命が尽きようとも、何もかもがどうでもよくなってしまった。だが、体力がつきて意識が薄れていく瞬間、海兵は、はっきりと見たんだ。水中に揺らめく真っ青な長い髪。ぬけるような白い肌は、ところどころ透き通って、青い血が流れていた。そして、この世のものとは思えない美しい顔。鼻筋の通った高い鼻と、ふんわりした紅い唇。うるんだ青い瞳は物憂げにこちらを見つめている。それが、海兵と人魚の出会いだった」
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