カイト
「お兄さん、お兄さん」
幼い少女のような細く高い声が聞こえた。
誰かが肩をゆさぶって起こそうとしている。
頭に鈍い痛みがある。殴られた痛みなどではなく
身体の芯からくる痛みだ。
カゲは、ゆっくりと身体を起こした。
「ここは……」
あまりにも長い夢を見ていたために記憶が混濁しているようだ。
頬には涙の跡が残っている。悲しかった。
目の前に一人の少年がいた。
その透き通った碧色の瞳を見た瞬間、
カゲは、はっきりと夢から醒めた。
少年は嬉しそうに笑うと
「良かった。もう、目を覚まさないかと思ったよ」
「お前は、いつ目覚めたんだ」
「はっきりとは分からないけど一時間ほど前だと思う」
「よくしゃべる」カゲは苦笑いした。
「うん」少年は玉のような声で笑うと「これ、なーんだ」と
黒く焦げた塊を目の前に掲げた。
カゲは、塊の中に小さな脚と羽の残骸を見つけ
「蜂か」とつぶやいた。
「あたり。お兄さんも、どう?美味いんだ」
少年は、つまんだ塊を躊躇なく口の中に入れて、ぱりぱりと咀嚼した。
カゲも、少年の差し出した蜂を無表情のままかじった。
身体のうちから力がみなぎってくる。
栄養価が高いのだろう。
あんなにボロボロだった少年が、途端に饒舌になった理由がわかった。
「確かに美味い。だが、どうやって焼いたんだ」
「これだよ」
少年はにこにこ笑うと懐から銀色の紙のようなものと
オレンジ色の石を取り出した。
その二つを軽くこすり合わせると、空中に小さな火花が散った。
「おもしろい。化学反応か」
「アークにいた頃、いとこに教えてもらったんだ」
そしてふと真顔になるとあらたまって
「お兄さん。助けてくださってありがとうございます。
僕の名前はカイトと言います。お兄さん、僕を地上に連れて行ってください」
と頭を下げた。




