ボイドの過去
ボイドはゆっくりと噛み締めるように、己の過去について話しはじめた。
「狼州の部族はね。一夫多妻制なんだ。
つまり、一人の夫に対して、複数の奥さんがいるということ。
一夫多妻制の部族は、今は、ほとんどいないから、
君はよく知らないだろう。
そうはいっても、何人も奥さんを娶れば、それだけ養っていくことも
大変だ。
だから、一人しか妻を持たないものもいれば、何十人も妻を娶るものもいた。
僕の父には、3人の妻がいた。
部族のなかでは、平均的だと思う。
子どもの数は11人。
これは少し多いほうかもしれない。
狼州の砦は、野生動物や他所の部族の襲撃を受けることも多い。
しかも、とても貧しい部族なんだ。
だから、生まれても死んでしまう子のほうが多かった。
だが、僕の兄弟で死んでしまった子は、たったの二人。
きっと、生命力の強い血筋だったんだろう。
ある時、父が砦の外に行き、そこの娘を見染めた。
とても美しい娘だったらしい。
若くて高貴で、まるで女神のようだったと。
年甲斐もなく熱をあげた父は、娘を妻に迎え入れたいと
何度も結婚の申し込みに行った。
断られるだろうと誰もが思っていたが、娘の親が金策に
困っていたのだろう。
とうとう法外な結納金と引き換えに娘を嫁に出すと約束した。
だが、そんな金はどこにもない。
困った父に、商人が話を持ちかけた。
子どもを売ればいいと。
僕は驚いた。
商人の申し出に驚いたんじゃない。
父がごく普通の顔で、当たり前のように
「なるほど」と答えたことにだ。
父は、顎髭をいじりながら、
「どの子にしようか」とつぶやいた。
「上は労働力として貴重だし、下はまだ幼い。
ならば、真ん中にしよう」
真ん中の子。
僕は、ただそれだけの理由で売られた」
ボイドの目が木の節穴のように黒く翳った。
「それを聞いた母は、それこそ気が狂ったように泣いた。
泣きすぎて息ができないようだった。
そして、こう言ったんだ。
「死なないで。死なないで。ロージャ」と」
ボイドは息をつくと、慈しむように微笑んだ。
それは呪いの言葉でもあり、救いの言葉でもあった。
母はまぎれもなく自分を愛していたということだ。
「思い出した。僕の名前はロージャだ。
ボイド(空虚)などではなかった」




