不条理 4
「ボイドさん、ボイドさん!死なないでください。
ボイドさん」
止血を終えても、なお腕に巻き付けた布からボイドの血液は
染みだしてきた。
その唇は血の気を失って、紫色に変わっている。
「うわああああああああああ」カゲは、天を仰いで咆哮すると
足元に転がっていた剣を取り、ボイドに致命傷を与えた剣士のもとに
跳躍した。
「殺してやる、殺してやる、殺してやる」
我を忘れて大声で叫ぶと、苦しみにのたうち回る剣士に
致命傷を与えようと、剣を高く振り上げた。
その時、
「やめろ」と低い声が空気を切り裂いた。
ボイドが半身を起こして、カゲを制した。
「やめろ、カゲ。もう、いいんだ」
もう一度、低くはっきりした声で言うと、ボイドは力尽きたように
意識を失った。
白い服を着た人が数人やってきて、無言のままボイドを担架に乗せ
運び出した。
誰かがカゲの横にやってきて
「立ちなさい。いずれにせよ、ボイドは明日、殺される」と言った。
「嘘だ」
「嘘じゃない。ボイドは、もう31だ。剣士としての寿命は長くなかった」
「どうして?ボイドさんは、きっと治る。あれぐらいのケガ、すぐに治して
また闘いに出られる!」
「だが、これがこの都の掟だ。致命傷を負った剣士は屠殺される。
売られてきた瞬間から、君たちはヒトだけど、人間ではないんだ」
ヒトだけど、人間ではない
その言葉に虚を突かれた。
ジャア、オレタチハ、ナンナンダ
不条理
ボイドの言葉が頭をよぎった。
「いいかい。いつだってこの世界は不条理なんだ」
チメイショウヲオッタケンシハ、トサツサレル
「人は、誰しも何らかの天命を受けて生きている」
ボイドハ、モウサンジュウイチダ
カゲの頭の中で、様々な言葉がよぎり、煮えたぎる感情で
ぐちゃぐちゃになりそうだった。
不条理! 不条理だ!
声をかけた誰かがカゲの肩に手を置いた。
「さあ、もう帰りなさい。今宵がボイドと過ごす最期の夕べとなるだろう」




