不条理 3
右腕を押さえうずくまるボイドの様子を
カゲは、信じられない思いで見ていた。
やられた?
狼州の奇跡とも呼ばれたボイドさんがやられた?
カゲは地面が足元から崩れ落ちていくような感覚にとらわれて、
二、三歩よろめいた。
だが、はっと我にかえると、止血するための布を片手に
ボイドのもとに駆け寄った。
闘技場の観客は総立ちになり、ざわめいている。
「今のはどっちだ?どっちが勝った?」
「相討ちだ。賭けた金はどうなる?返金か?」
「ボイドも焼きが回ったな」
「どちらにせよ、最近じゃ倍率もふるわない。ボイドが勝っても
せいぜい三倍程度しかつかねえし」
「そろそろ潮時か」
観客の罵声が波のようにうねっている。
そのうねりの中、ボイドは今しがた闘った剣士が痛みに耐えかねて
地面をのたうち回る様子を冷静に見つめていた。
いったい何人の人を僕は今まで殺してきたんだろう。
ボイドは想った。
何人?いや、何百人か。
ボイドの顔は幽鬼のように蒼白となり、右半身は腕から流れ落ちる血で
赤く染められていた。
「ああ、これで、やっと死ねる」
ボイドは深い安堵のため息をつくと、崩れ落ちるように地面に倒れた。
「ボイドさん、ボイドさん」
遠くのほうで、少年の悲痛な叫び声が聞こえた。
「ボイドさん、しっかりしてください。大丈夫です。
まだ、大丈夫。きっと治ります」
少年は、布を巻きつけて止血しようと試みていたが、
手がぶるぶると震えて、なかなかうまくいかないようだった。
ボイドは、ゆっくりと瞳を閉じた。
カゲ。
僕は君になんて残酷なことを言ったんだろう。
死を選んではいけないなんて。
そうだ。あの日。
本当は、あの日に僕は死んだんだ。
父さんが、僕を売りわたした日に。




