不条理
剣の訓練を始めて、三か月が過ぎた。
始めは、剣を縦にふるうところから始まり、その重さに慣れてきたころ
基本的な型の練習が始まった。
攻めてきた相手の攻撃を受け止める防御、そこから敵の力を横に受け流し、
一太刀をあびせる方法。
敵の真上から剣を振り下ろしても、防具や頭蓋骨の硬さでとどめを
刺せないので、防具の隙間から頸の頸動脈を断ち切るように教えられた。
相変わらず陽が昇る前に、ボイドと共に数十キロを走っていたが、
もう以前のように息が切れることも、膝がガタつくこともなくなった。
カゲの身体は、この九か月で大きく成長し、180を超すボイドとの身長差も
10センチあまりに縮まっていた。
ボイドの技は華麗だったが、その練習法は地道で我慢がいるものだった。
走り終わると何百回となく続く素振り。
だが、そのおかげでカゲは、いついかなる時でも体幹がぶれることなく
敵の攻撃を受け止められるようになった。
仕掛けられた罠により飛んでくる矢を剣で薙ぎ払う訓練。
矢の先には小さいながら本物の刃が仕込まれていた。
時折、仕留め損ねたカゲに向かい、ボイドは涼しい顔で
「矢に毒が塗られていたらどうする?」と聞いた。
ボイドとの手合わせも、初めは一分ともたずに打ちのめされていたが、
次第に攻撃をよけながら、長く闘えるようになってきた。
10分ほど攻撃を耐えられるようになったころ
ボイドが
「明日から、君に僕の全ての型を教えていくことにする」と言った。
いつになく真剣な眼差しでボイドはカゲの目を真っ直ぐに見つめると
「覚えておきなさい。人は必ず死ぬ」
夕陽が逆光となり、ボイドの顔の右半分が暗く翳っていた。
「ボイドさんも?」
「死ぬよ。僕も必ず死ぬ」
「でも、それは、ずっと先の話でしょう?」
「それは誰にも分からない。今、この瞬間かもしれないし、
何十年も先の話かもしれない。天寿を全うできればいいが、
誰しもがそうなれるわけではない」
カゲは黙っていた。
都一の剣の使い手で、剣闘士としても負け知らずと名高いボイドが
死ぬなんて考えられないことだった。
そんなカゲを見て、ボイドは今まで一度も見せたことがないような
優しい口調でこう言った。
「いいかい。いつだってこの世界は不条理なんだ」




