訓練
あの人の剣技は美しかった。
一切の動きに無駄がない。
シュッと空気を切り裂く小さな音がしたかと思うと、
目の前の敵は薙ぎ払われていた。
風を舞うようなボイドの闘い方は、都の誰も真似ることができず、
それゆえ彼はもっとも人気の高い剣士であった。
「あいつは、狼州の砦からやってきたからな」
と誰かが話しているのを聞いたことがある。
「ロウシュウ?」カゲが問うと
「狼の住む砦だ。狼州の部族は、幼い頃から狼と走り
狼と戯れ生きている。ゆえに、風のように舞うことができ
獣のように音もたてず人を襲うことができる」
ボイドの動き方をマスターするために、カゲは徹底した
基礎訓練を受けた。
始めの半年は、剣を握ることも許されず、ひたすら
体幹を鍛えるトレーニングが続いた。
毎朝、陽が昇るより早く起床し、ボイドとともに
数十キロを走った。
速さについていけず、膝を落としてうずくまると、
短い竹の棒で立ち上がるまで叩かれた。
走り終えると、身体を作るために、大量の肉を食べさせられた。
疲労のあまり胃が受けつけず、何度となく吐き戻したが、
ボイドが同情を寄せることはなかった。
「君はできる子だよ」
相も変わらず陽だまりのような穏やかな瞳で、
彼は地獄のようなトレーニングを次々と課した。
筋力トレーニング、スクワット、柔軟性を高めるためのストレッチ。
あまりにも短期間で過酷な訓練が行われたため
カゲの身体は時折、悲鳴をあげた。
意識を失ったカゲの身体をボイドは軽々とかかえあげ、
治療をほどこした。
半年がたった頃、カゲは初めて己の剣を手渡された。
ずしりと重い鉄の剣は不思議なほど手にしっくりとなじんだ。
「よく頑張ったね。途中で逃げ出したり、死んでしまう子もいたけれど、
君は最後まで生き残った。これで君は一人前の大人だ」
その日、カゲは12歳の誕生日を迎えた。




