二話 歩く犬
やっと2話だぁ〜〜〜〜〜〜。きついっす。親がきつい。とにかく見てってくれ〜〜。
さて、やっと公衆トイレが見えてきた。最初に訪れたトイレは汚く鏡もなかったので、とんだ無駄足になってしまった。目を凝らして見てみると見た感じはきれいそうだ。
案の定、足を踏み入れてみるとさっきのトイレのような鼻をツンっと突くような匂いもしない。角を曲がると綺麗に整備された流しと鏡が見えたので、そちらに向かって歩を進める。そして鏡に映る自分の実像を見た瞬間、俺は唖然としてしまった。
「えっ、えぇぇぇ〜〜〜〜!?」
慌てて口を塞ぐ。担当単刀直入に言うと、頭にべったりと血がこべりついている。血を見るとあの事を思い出してしまう。数秒の間固まっていたが、やばいと思い顔を洗い始める。なんで血が?ズキズキと痛む頭を片手で抑えながら、記憶を遡る。
「馬鹿だ‥‥。」
そんな悲痛な嘆きが自分しかいないトイレに悲しく響き渡る。よく考えたら簡単なことだ。あんな高い位置から落ちて怪我をしない訳が無いじゃないか。この血は昨日のブランコの時のものだろう。
「こんな大事な時なのに、何やってんだ。」
後悔してもしきれない。もしかしたら不審に思った人がすでに警察に通報しているかもしれない。でも俺がしたことは間違ってない。そう自分に言い聞かせないと正気でいられない。俺じゃない。あいつだ。あいつのせいだ。全部あいつのせいだ。俺じゃない。
「「おれのせいじゃねー!!」」
俺のことを見下してこき使う上司も、わかったように俺を憐れみ影で悪口を言う後輩も、俺を化け物扱いする親戚も、俺が必死に払ってる税金を横領するクソ政治家も、親を盾にしていじめてきたバカ共、それを注意もせず見て見ぬ振りをした教師も、
「みんなみんな死んじまえばいいんだ!!」
心の中が溢れんばかりの憎しみと憤怒で塗りつぶされる。やり場の無いムシャクシャした感情を忘れるために、ただ一心不乱に顔を洗い続ける。
「大丈夫かい?」
そんなふうに後ろから声をかけられるまでは。
ビクッと肩を震わせる。感情的になり周りが見えてなかった。嫌な予感がする。恐る恐る後ろを振り返ると、青服青帽子の警官が心配そうな顔をしながらこちら覗き込んでいた。
見つかった‥!
白濁する思考に足りない頭の処理が追いついたとき、体はすでに動いていた。体を勢い良く反転させると、両手が警官へと伸びる。
「俺に構うんじゃねぇ!!!!」
そんなどこか子供の癇癪のような叫びが聞こえると同時に警官の体が蹴鞠のように吹っ飛ぶ。ドンッと壁に打ち付けられる音が聞こえたが、犬斗は見向きもせず逃げ出す。まるで自分自身の体を置いていくかのようなスピードで。
「痛ててて。」
いきなり突き飛ばしてくるとは、あいつ何か隠してるな。それにしても突き飛ばされたときは驚いた。本当にあいつは人間なのか?一般人であの威力はおかしい。めちゃめちゃ鍛えてたのか?でもそれにしても体はどちらかというと細めだった。
「直接聞くしか無いな。」
体を急いで起こすと慌てて追跡を開始する。
「なっ!?」
もうそんなところまで。足が恐るべき程速いようだ。でも、
「こっちも伊達にお巡りさんやっているんじゃないんでね。」
この辺の道、路地裏までも全て俺の頭の中に入っている。聞こえないはずの青年に向かって吐き捨てるように告げると、再び思考を再開する。あの柵を乗り越えた先は確か一本道だったはず。先回りすれば道を通せんぼする事ができるだろう。こうして警官は柵の向こうに消えた青年と出会える事を願って目的のT字路へ向かって走り出した。
公園をダッシュで突っ切ると、緑色のフェンスを乗り越える。ガシャンと音を立てフェンスが曲がった気がしたが、確かめる時間はない。
後ろを振り返ると警官は追って来ていないようだった。安堵しているとすぐに気合を入れ直す。できるだけ遠くに逃げなければならない。しかもまだ振り切ったとは限らない。あたりを見回すとそこはよくある住宅街で、少し薄暗く肌寒かった。
「早くいこう。」
独り言のように呟くと足を動かす。
「こんなことになるなら運動靴履いてけばよかった。」
すでにもう遅い後悔をする。今俺が履いているのは履き慣れていない革靴。普段は運動靴を履いていくのだが昨日は大事な会議があったため、課長に革靴とスーツを着てこいと言われたのだ。
「課長め。」
課長は今日も土日惜しまず働いている平社員を差し置いて、ひとりで最近始めたというゴルフでもしているのだろう。こっちは新しい趣味を探す暇さえないのに。
道なりに沿って行くとT字路にでた。どっちに行くか迷ったが、結局右に行くことにした。そして右に向かって走り出そうとすると左から声が聞こえてくる。
「待ちなさい!!」
そんなどこか落ちつきのない声を聞き流すと、そんなことを言われて止まるやつ奴がいるかよと心の中で悪態をつく。続けて、
「チッ!!」
盛大に舌打ちをする。そのまま右に駆け出し、自分に言い聞かせる。大丈夫だあいつは俺より足が遅いと。曲がり角が迫ってくる。まっすぐ行くのはやめたほうがいいかもしれない。左足に力を込め勢い良く右折する。そこからは道をグネグネ進んだ。そのほうが相手を混乱させれると思ったのだ。その行動が自分の命取りになるとも知らずに。
くっ、行く手を塞ぎに来たのに先を越されてしまった。化け物じみた程足が速い。すると青年は右へ曲がった。次は左に。これはもしやと思い、少しずつ離れていく背中を賢明に追う。右、左と意図的にグネグネ進んでるようだ。
「フッ。」
これならと警官は勝利を確信して道を左へと折れた。
警官の姿が見えない。これはまいたかもしれないと内心ホッとしていると、今まで感じていなかった疲労がドッと押し寄せのしかかって来る。
溜まった二酸化炭素をまとめて吐き出すような溜息をつく。
「これからどうしたらいいんだ。」
不安の混じった声で呟き、膝に手をついて呼吸を整える。俺はもうおそらくこの街、いや東京にはいることはできないだろう。田舎、田舎に行くしかない。いちばん確実なのはこの方法だろう。灰色のコンクリートに背をもたげ俯きがちに思考にふけっていると、どこからかタッタッタッと足音が聞こえてくる。まさかと思い音のした方向を向くと、さっきの警官が右から走ってくる。
「しつけぇんだよ!」
体を起こし左へ駆け出す。水色の屋根をした家や、蜘蛛の巣がはっている空き家などが、早送りのように通り過ぎていく。しばらく進むと何か違和感を少し感じ始めたが、今は逃げることに集中しろと無視した。
何だ?少し気になりながら進んでいると、どんどん道が細くなって行く。まさかっ!!
「この先は‥‥」
声が警官に遮られる。
「そうだよ‥‥。君の思っているとおりこの先は‥‥行き止まりだ。」
その視線の先には自分の何倍もあるブロック塀が無表情にも高くそびえ立っていた。
「随分と気づくのが遅かったね。」
その警官の顔はいい身体能力を持っているんだから、もっと足りない頭を使えと言いたげな顔だったが、次の瞬間その表情は豹変した。
「は~い。まずはお兄さんから質問があります。できれば答えてほしいなぁ。」
さっきまであんなに馬鹿にしたような顔をしていたのに、そんな事を無かったかのように思える程その顔は甘く、朗らかなものだった。男の俺が見てもその顔は甘い毒であったから、もし女の人が見たら、たまったもんじゃないだろう。
「なんで君はそんなにも一生懸命逃げるんだい?」
そう質問されても答えるはずもなく、適当に答える。
「警察に良いイメージが無いんでな。」
実際本当だ。この間ニュースで人質事件で一人の警察官が判断をミスってしまい、人質が死ぬという事件が起きたばっかりだ。
「それにしては慌てて顔を洗っていたけどねぇ?」
チッ。かなり前から見られてたらしい。しかし、それを疑問形で返してくるあたり、だいぶ厄介な性格をしている。クラスに一人はいそうだ。
「顔に鼻くそがついてたんだよ。」
急いで考えて、とっさの言い訳がこれかよと自分でも泣きたくなってくる。
「じゃあ話を変えようか。さっきの警察に良いイメージがないっていうのは、どういう意味かい?」
「そのまんまの意味だよ。」
世間的風潮的にも公務員はあまり良いイメージは持たれていない。有名人に一日署長なんかをやらせてイメージの挽回を狙っているが、正直見苦しい。
「そんな風に思うのにも理由があるはずだよ。君のその情報を役立てたいんだ。」
頭にも無いこと言いやがって、と少しずつ苛ついてきて頭が痛くなってくる。奴のヤサ顔がだんだんムカつく上司の顔に見えてきた所で、とどめの一言がくる。
「わかってるよ。周りに流されているだけなんだろ?自分が警察に被害を受けているわけでもないのに、面白おかしくするための他人が考えたデマに。全部知ってるんだよ。」
こいつ今なんて言った?わかってる?全部知ってる?何を言っているんだ。こいつ頭はキレるやつだと思っていたが、とんだ勘違いだったらしい。沸々と、どす黒い怒りが憎しみがドバドバと溢れ出てくる。
「警察風情が俺をわかっているようなことをいうなぁぁーーーー!!!!!!!!!!」
今日一番の絶叫が響き渡る。
「逆に質問してやる!!お前が俺の何を知って、何を思って、何を感じたのか知っているのか!!あぁ信用できねぇよ。今朝のニュース見たか、警察官が横領だってよ。やった警官は大層なご身分だな。あんな奴が警察やるんなら俺がやったほうがまだマシだぜ!はっわかったかこれがすべてだよ。わかったら、さっさと俺の前から消え失せろ。」
言ってやった。心の底から不満をぶちまけたせいか、少しスッキリする。しかし再び警官の方を見るとなんだか様子がおかしい。プルプル震えている。
「何も‥‥何もわかってないのはお前だろ!!」
警官は腰のホルダーへと手をのばす。その手に握られていたのはスタンガンであった。
カチッとスイッチの押す音が聞こえ、バチバチと電気の織りなす不協和音が静かな住宅街に響く。
「まじかよ。」
一般人相手にその手のものは使わないと踏んでいたがとんだ勘違いだったようだ。
「一般人に使ったら色々とやばいんじゃないの?」
と聞いてみるが、返答はない。こちらの話を聞いているのかさえ皆無だ。いよいよ本格的にまずくなってきた。警官はジリジリとスタンガンを持って近づいてくる。
「最後のチャンスだ大人しく署まで来てもらおうか。」
そう注告し、こちらの出かたを待っているようだ。あんなムカつくやつについていくいわれはないが、痛いのはごめんだ。だったら、
「わかった。ついていく‥‥」
「おっありが‥‥」
警官がお礼を言い終わる前に告げる。
「わけねぇだろうが!!」
痛いのは嫌で、捕まるのも嫌ならそれ以外の選択肢を選ぶだけだ。くるりと体をひるがえし、塀へ向かって走る。左足を踏み込み足に力を込める。
「俺の脚力しかとみやがれぇーー!!」
そんな自分を鼓舞するようなセリフを吐くと青年は飛び上がる。不安という名の重しをぶら下げて。このとき青年がまるで岩場を飛び移る山犬に見えたのは筆者の勘違いかもしれない。
幻想入りはもう少し先です。でもここ読まないと後で物語が繋がらなくなるので読んでくれたら嬉しいです。じゃあまた次のお話でグッドバイ!!