十九話 一本の彼岸花
これが春休み最後だ。それを念頭に入れおいてくれ。夜露死苦!!
「久しぶりに動いた気がするわ。」
俺は久しぶりに紫宅の庭を足で踏んだ。天から降り注ぐ日光が体と心をポカポカと温めてくれる。あの退屈な時間からおさらばできると思うと体がウズウズしてくる。
紅魔異変から約2週間程が過ぎた。その間俺は足の肉離れと、腕の怪我が治るまでの療養として屋敷から出ることができなかった。毎日毎日ご飯を食べては寝て、空いている時間は藍からこの幻想郷についての基本的知識や家事のやり方を仕込まれるという地獄を味わっていた。まぁ現代にいた頃の仕事と比べれば、と思う人もいると思うが、毎日少しずつ隣で成長していく真弓を見せられるこちらの気持ちにもなってほしい。まるでサッカーで怪我をして一時的にマネージャーをやっている気分だ。
周りは進んでいるのに自分だけ取り残されている感じがする。動きたいのに動けないそれほど心にくることは無い気がする。
そしてその暇な療養期間はどうだったのかというと、特に何も変哲の無い日常が過ぎていくだけであった。あの紅魔異変が終わった後は、あのときの騒ぎは何処に行ったのかと驚くほど、平和な時間が流れていた。真弓は修行に打ち込み、俺は腹にご飯を打ち込み続けた。おかげで少し筋肉が落ちた気がする。筋肉痛になったら筋肉は増えるのだが、肉離れでは筋肉は増えないので久しぶりに準備体操をしてみても体に違和感しかない。
まぁそんな穏やかな日々の中で唯一大きく変わったことがあったとすれば、ここの住人が一人増えたぐらいであろう。
「命ぉおおお!!」
「真弓うるせぇよ!!まだ寝てるかもしれないだろ!」
そう真弓の妹だ。あいつが愛してやまない妹の名は命。元々紫から事情は聞かされていたらしく何かぬるっとここの住人の一人となっていた。何かここに来るとしたらもっとなんか驚いたり、後悔とかあると思うのだが、そんなことも表に出さず家事や俺達のサポートなどをしていた。まぁ、真弓と再開した時は涙を流していたからお互い仲のの良い兄弟だったのだろう。そんな彼女の性格と言えば、初めてあった俺とも気兼ねなく話してくれてとても気の良い性格ぽかった。しかし、真弓に対してだけはちょっとトゲトゲした感じで、まぁそれが本当の兄弟なのか・・。
でも二人の様子を見ているとやはり兄弟なんだなと思うところがある。よく兄弟間で物事の感性が似ていたりなんてことがあるらしいが、まさにそのとおりで食の好みや服の色の好みなど似ているところがあったりする。
命は今藍と一緒に昼飯を作っている頃だろう。それで俺は久しぶりの修行ってわけなのだが・・・、
「お前はどれだけ妹がすきなんだよ!?」
さっきから禁断症状がでている真弓は、相当な妹バカなのだろう。キャラがブレブレ過ぎてなんかよくわかんないことになっている。
「いやだってかわいいやん。」
「でも向こうからしたら嫌なんじゃないの?ていうかそんぐらいわかれよ。」
「うるせぇ!!」
とそんなことを言い合っていると紫が庭にやってくる。さっきまで朝ごはんを食べていたのか口元にご飯粒をくっつけ、満足げな顔でこちらへと向かってくる。
「あら、今日は犬斗もいるのね。」
「やっと復活したんだ、今日中にでも弾幕を打てるようになってやるよ。」
「威勢のいいことね。またあの時みたいにならないことを願っているわ。」
あのときとは俺がぶっ倒れたときのことだろうか?ぶっちゃけあの時の状況がよく理解できていない。頑張って弾幕を出そうとしてたらいつの間にか気絶していたのだ。何かやらかしたのかなと思ってはいたが、触れられなかったので特に何も気にしていなかった。
「あの時って具体的に何が起こってたんだ?気絶しててよくわからなかったんだ。」
紫は、「はぁ〜。」と大きなため息をついてさっきまで満足げであった顔を呆れ顔に変える。何かそんなヤバいことをやらかしたのか?また紫の鉄拳がとんでくるのではないかと内心ヒヤヒヤしていると紫は口を開いた。
「霊力を全部一気に外に出しちゃったのよ。おかげでこっちは煙くて大変だったんだから。」
「てことは霊力が無くなったら気絶しちゃうってことか?」
「そういうことよ。もっとリラックスしてやったほうが良いんじゃない?」
「よくわからんけどそういうもんなのか。」
「まぁあなたはブランクがあるわけだし、とりあえず見本として真弓にちょっとやってもらおうかしらね?」
そう言えば真弓が成長しているのは知っていたが、具体的にどの程度まで成長しているのか俺は知らない。ひょっとすると普通に弾幕を打てるようにでもなっているのだろうか?
「見て驚くなよ。」
と真弓はこちらを向いてニヤッと口角を上げる。その自信有りげな顔を見るところ相当上達したのだろうか?まぁ元々異変のときに弾幕を打てたんだからあれよりはうまくなっているのだろう。
真弓は前を向くと、顔を引き締め手を前にかざす。場が張り詰めるのを肌で感じた。そのまま拳を握り、ギリギリと見えない何かを引っ張るように腕を引く。すると空中に青色の矢型の弾幕が3本あらわれ庭の壁に向けて射出された。青色の光が空を切り壁に衝突し、ボンッ土煙を立てる。本人の方を見てみれば、汗一つかかず落ち着いた顔で次に打つ弾幕を準備していた。
「お前すげぇな。」
率直な感想が口から漏れる。この間まで普通の一般人であった自分の知り合いが手の届かない場所に行ってしまったようでなんだか寂しい。
「前までは1本打つだけで気絶してたけど、今は3本ずつなら全く問題なくうてるようになったんだよね。まぁ結局慣れって事かもしれないわ。」
「いや・・・なんか・・・強くね?」
「これが経験の差ってやつかな?まぁ犬斗には無理だろうけど。」
「・・さぁね。」
「どうしたんだ?お前にしては何か弱気じゃないか?」
さっきまでこちらを煽るような視線を向けていた真弓はこちらを心配するような感じで俺の顔を覗き込む。俺だって弾幕は打てるようになりたい。でも藍は結局は才能だって言ってた。つまりこいつは弾幕を打つことができる才能があったってことなのだろう。初めて修行をした日詳しくは見てないのでわからないが、こいつは弾幕を打つことができたらしい。それに対して俺は即気絶、俺才能ないんじゃね?
「いや、俺は・・ちょっと考え事してただけだ。」
「ふーん。ていうか人が話してる間に考え事するなよ。」
真弓の表情は再び笑顔に戻り、ダンダンと元気づけるように背中を叩いてくる。悔しいが少し萎えていた心が少し回復した気がした。ふと顔をあげるとこちらを見ている紫と目があった。紫は目を細めてこちらを見ており、その瞳は焦点はあっているのに俺を見ていないような気がして、少しゾッと鳥肌がたつ。その目は何の感情も浮かべずただこちらを見ていた、全部見透かされているのではないかとさえ思うほどに。
「それじゃ始めましょうか。犬斗はこの間のおさらいからね。」
紫は俺から視線を外すと、数歩下がり俺が弾幕を打つ練習をするスペースを開けてくれる。相変わらず何を考えているのかさっぱりわからない。頭の中で首をひねりながら俺は紫が開けてくれた場所に行く。
「まず弾幕を打つときの手順まだ覚えてるかしら?」
弾幕の打ち方やこの世界についての雑学は嫌というほどこの療養期間に藍に聞かされた。忘れるわけもない。
「大丈夫だ。藍から死ぬほど聞かされたからな。」
「そう、じゃあやってみなさい。今度はこの間みたいにはならないで頂戴ね。」
と紫は釘を刺す。そんな事言われてもなぁと反論したくなる気持ちもあったが、それを飲み込み今は自分のことに集中することにした。目を瞑り少しうつむく。リラックスしたらどうかと言われたのを思い出し力の入った肩から力を抜く。
「大丈夫、俺ならやれる。」
軽く息を吐き更に集中を脳に促すと同時にゾワッと体が波打つ。きたっ、自分から霊力が出ていくのを感じるが気は抜かない。丁寧に最後まで丁寧にだ。速さはこの後でいい、頭の中に弾幕を想像シてみる。一瞬、弾幕を想像するために意識を外した瞬間であった、体の霊力が急に膨れ上がるのを感じる。
「まず・・。」
全部の言葉を言い切るまでに体の堤防が決壊し霊力が外に放出される。そして段々と眼の前は暗くなっていく。真弓と紫が何やら騒いでいるのが聞こえた。でもお構いなしに俺の思考は無意識と言うなの沼へと沈んでいく。
俺って雑魚くね?最後にそんなことを思った。
「犬斗!お前またやりやがったな!?」
紫が口を抑えながらそう叫ぶ。
「大丈夫か!?」
俺は眠りについている犬斗の体に駆け寄ると、それがこの前と同じように霊力を全部外に出してしまったのだということがわかった。以前の自分とは違って俺は少し霊力というものに敏感になっている。なのであたりに異常な量の霊力が放出されているのに気づく事ができた。
「はぁ、どうしたもんかねぇ。」
俺は寝ている犬斗の横に腰を下ろして考える。俺の場合は体から放出する霊力の量をなんとなく調節することができた。それができないってことはセンスの問題であろうか?わからないがこれで気落ちしないでほしいなとだけ思う。
「はぁ、何か別の方法を考えなければならないわね・・。」
そんなことをブツブツとつぶやきながら紫は顔を俯かせ考え事をしている。
「じゃ、こいつ寝室に連れてくからちょっと待っててくれ。」
「そのことなんだけど、ちょっと行くところができたから今日は休憩でいいわよ。あなたも最近毎日特訓だし疲れてるでしょう?」
「まぁ、そりゃちょっとは疲れてるかもだけど・・。急にどうしたんだ?」
「いや、ちょっと急用を思い出したの・・。結構大事なことだから外せないのよね。じゃあ妹さんと休みを楽しんでね。」
そこまで言うと、紫は不思議な笑みを浮かべてあの怪しげな空間へと入っていこうとする・
「最後にちょっと聞きたいことがあるんだけど良いか?」
「あら、何かしら?」
「この間知ったんだけどこの世界には能力ってのがあるんだろ。お前のそのワープ明らかに能力だろ?ましてはお前みたいな大妖怪が能力もなしにこの世界を作れたとは思わない・・。」
「・・・お前の能力は何なんだ?」
「・・私の能力は、境界を操る程度の能力よ。それじゃあね。」
そこまで言うと紫はその空間の中に消えていった。
朝見てた感じだと今日は普通に修行をやる感じだったと思うけど、こいつの気絶が関係しているのだろうか?まぁ詳しいことは考えてもよくわからないし、とりあえずはこいつを寝室へと運ぶことにしよう。
さっきまで寝ていたはずのこいつの寝顔はだらしなく口を半開きにしてよだれを垂らしており、気持ちいいほど爆睡していることがわかる。俺も一度経験したからわかるが、霊力切れになって気絶するのは低血糖で頭がボーッとして寝てしまう感じだ。もし低血糖で寝てしまったら最悪死ぬ可能性があるが、霊力の場合は時間の経過と主に元の状態へと戻る。なんだかRPGのMPみたいだ。
「それにしても境界を操る程度・・か。よくわかんないな。」
境界を操るっていう能力でなぜワープすることができるのかわからない。ていうかそもそも境界ってなんだ?例えが曖昧でよくわかんないんだけど。
俺は動かない犬斗を背負い屋敷の寝室へと運ぶ。ギシギシと床が音を立て足に負担がかかる。こいつ意外と重いな。
布団の前にドサッと音を立て布団の上に寝かた。
「はぁ、疲れた・・。ほとんど何もしてないのに無駄に疲れたわ。」
横を見てみるとさっき乱暴に寝かされたのにも関わらずグーグーと寝息を立てる犬斗がいる。自分より年下ということもあってか母性がくすぐられる。なんか弟みたいな感じだな。
犬斗のとなりで横になってボーッとする。何かすることもないしな。ちなみにこの世界には人里と呼ばれる場所があるらしいが、俺たちは紫に出入りを禁じられている。イコール暇ってことだ。現世からの持ち物を取ってくることは許可されたが、ゲームとか携帯は圏外だしすることもない。持ってきた漫画を手に寝っ転がることにした。
「やっぱ漫画はギャグマンガに限るわ。」
すると、寝室の障子がすーと音を立てて開く。
「いたんだ。」
そこにいたのは・・・、
「命、いたんだな。」
俺と同じ茶髪でポニーテールでまとめた髪型、身長は平均身長、体重は知らん。そう俺の愛してやまない妹の命だ。ついこないだここに着いたばかりだが、なんとか適応して幻想郷での生活を送っている。
「昼飯の用意はもうすんだのか?」
「そのことなんだけど・・、藍さんに買い物行かないかって誘われたんだ。だから着替えて人里に行こうと思ってたんだよね。」
「人里!?お前人里に行くことが許されてるのか?」
「うん、何ならこの間一回行ったよ。藍さんは優しくてほんとにいい人だね。現実でもあんな人いたら良いのに・・。」
「いるよ。現実でも俺という名の聖人がな・・。」
そう返すと、命は目を細めて白々しい目でこちらを見る。
「はぁ?どこにそんな聖人がいるの?いるのはただキモい兄ちゃんだけじゃん。」
「はぁ?全く素直じゃねぇなぁ。思春期は辛いねぇ〜。」
「まぁ、現代で良いやつなのは俺だけじゃないのかもな・・。」
「それじゃ俺は今日久しぶりに二度寝するから、人里楽しんできてくれ。後帰ってきたらどんなだったか教えてくれよ。ここの住人がどんな人なのか気になるしな。」
「わかった。兄ちゃんも妖怪に襲われないようにね。私と藍さんがここを出たらここにいるのあなた達だけだし。」
「・・ツンデレかよ。」
「うるさい!」
そうはっきり否定すると、バタバタ勇み足で命は部屋を出ていった。まぁ俺たちだけになってもあの紫がなにか結界とかを張っているんだろう。大丈夫、大丈夫。
「じゃあ、久しぶりの二度寝と洒落込もうや。」
目をつむり、布団を頭までかぶり眠りにつく。こっちに来てから妹の態度が少しよそよそしくなった気がする。まぁ、妹のことだと何かと気にしすぎてしまう俺だ。勘違いだろう。
「おやすみ。」
誰も返事を返さない。そんな静かな眠りの挨拶が布団の中で静かに埋もれた・・。
19話まできたよ。次で20だ。やっぱ他の人ってすげぇや。