十四話 紅霧異変・参
結局遅なってしまった‥‥。次から僕の言うことは信じないでください。
「あぁ〜無駄に広いわね。」
紅美鈴と名乗った中華風の妖怪を倒した私、博麗霊夢は異変の元凶と思われる洋館の中へと足を踏み入れていたのだがこの屋敷の圧倒的な広さを前に早くも気持ちが萎え始めていた。
「異変の元凶見つけるまでいつまでかかると思ってんのよ。」
向こうから来てくれたら楽なのにと、猫背でお祓い棒を肩で担ぎながら考えていると、何やら階段の上からコツコツと足音がする。ここまで妖精メイドは何体も蹴散らしてきたが、あいつらは浮いてるため足音を出さない。つまり‥‥
「見いつけた。」
ニッコリと微笑み、お祓い棒を構える。歩いていると言うことは、異変の主犯の可能性が少なからずあるという事だ。
「お客さま、本日のお嬢様との面会は受け付けておりません。」
澄んだ声がこちらを威圧するようにそう告げる。お嬢様様と言っていることからこの声の主がハズレであった事を悟るが、相手の戦力を削って置いて悪いことはない。
「また来るの面倒臭いんだけど。」
「もし受け入れられないと言うなら‥‥、わかってますね。」
まるでナイフのように尖った言葉で少しピリッと背筋が伸びるのがわかる。それと同時に声の主の容姿があらわになった。長身で白銀の髪に指と指の間に煌めくナイフを挟んだメイド服の女。それが声の主であった。こいつはやると、私の直感が告げている。
「あんた少しはやるみたいね。私も少し本気でやらなきゃだめっぽいわ。」
「それがあなたの答えですか?じゃあ‥‥死んでも文句言わないでくださいね。」
「それはどっちセリフかしら?」
「こっちのですけど。」
「あっ、そう。じゃあさっさと始めましょうか。弾幕ごっこをね。」
「十六夜咲夜参ります。」
開戦だ。銀髪の女は階段から飛び降りざまにこちらへと蹴りを入れてくる。スラッと伸びた長いから繰り出される蹴りはさっきの女には劣るも、素早くまともに食らったらヤバそうだ。
「「夢符 封魔陣!」」
とっさにスペルカードを発動させる。空中でのスペルカードだ、避けられるわけないだろう。自らのはなった弾幕が音も立てず空中のメイドの方へと向かっていく。そしてその弾幕が白銀のメイドの目前に迫り私が勝ちを確信したときであった、‥‥消えた。消えたのだ‥‥メイドが。赤色の弾幕が音を置き去りにして空を切り、階段に激突して粉塵を巻き上げる。
「はぁ、あなたの死体に損害賠償の請求書もくくりつけないといけなくなったじゃないですか。」
その声が後ろから聞こえる。
「なっ!?」
慌てて振り向くと粉塵で白色に染まった視界を切り裂き神速のナイフが視界へと飛び込んできた。弾幕ではない本物のナイフだ。ゾクッと背筋が震え体が本能的に体を反らした。血色の良い顔をナイフが掠め、薄い血霧が霧散する。
「あんた能力持ってるわね。」
これは確定だ。こいつは程度の能力を持っている。ただの人間があんな人間離れをしたことができるはずがない。目の前から消えたのだ人間が。紫の能力と親しいものを感じるが紫があっち側に加担することはない。
少しの間彼女の能力について考えていたが、メイドの声と弾幕が私を頭の中から引き戻す。
「ぼーっとしちゃってどうしたんです?」
メイドはわざとらしくニヤッと笑い、振り向きざまに大量のナイフ形の弾幕と、空のように透き通った青色の弾幕を発生させこちらへと飛ばしてくる。
「さっきからチマチマと面倒くさいのよ。」
あくまで冷静を装いながら飛んでくる弾幕をかわす。かわしきれない弾幕はお祓い棒で処理しながら首をかたむけ、しゃがんで飛んでバク転してかわしていった。弾幕が産毛を掠めていくがそれくらいはいつもどおりのこと。喉に骨がつっかかっているような気持ちをどこかで抱えながらも今までの経験と己の勘で圧倒的物量をかわしきった。
「さすが博麗の巫女といったところね。大抵は初手の一撃で死んじゃうのだけれど、あなたとなら少しは楽しめそうね。」
「はぁ。こっちはちっとも楽しくないわ。」
フッと再び姿を消す。それと同時に四方八方からナイフが出現し鋭利なナイフの先端がこちらの命を刈り取りに来る。目にゴミでも入ったのでないかと思ってしまうほど、自分の目にはそのナイフがもともとその場所に存在していた物みたいに自然に写った。
「「夢符 二重結界!」」
キッ、カンッと音を立ててナイフが床に転がり怪しい赤色の空を反射する。どうしたら攻勢に出られるのか?彼女の能力は何なのか?それを理解することがこの勝負に勝つ鍵だと本能が告げている。
再びナイフを構えようとした彼女に弾幕を放ち、彼女をよく観察してみることにした。彼女はなんの前ぶりもなく姿を消す。そして何もなかったはずの空間にナイフが現れ瞬間加速しこちらへと向かってくる。
おそらく瞬間移動みたいな能力ではないことはわかる。そんな単純な能力なら、体の移動はわかるもナイフが現れた瞬間から速度が出ているのが説明できない。
「あんたばっか攻撃してないでこっちにも攻撃させなさいよ。あんたもずっと攻撃してて暇でしょ?」
「あらこっちは意外と楽しいですよ。みんなが恐れおののく博麗の巫女を一方的に攻撃することができてるんですよ。楽しくないわけないじゃないですか。あなたの時間は永遠にやってこない。あなたの時間も私のものなんですから。」
時間?その言葉に秘密が隠されていると頭の中で別の私が叫んでいる。この窮地を脱するためのきっかけを私の頭が必死に弾き出そうとする。更によく見ると胸元には懐中時計が下げられており彼女のメイドとしての華麗さを引き立てている。懐中時計、時間、私の時間、あなたの時間、突然のナイフ、瞬間移動、時間、時間、時間、時間、時間、時間、時間。
小骨をつっかえたような感覚が消えたのがわかった。時間停止。そうだ時を止めているのだ。時を止めているのだとしたら、今までのすべてのことに納得がいく。
「反撃開始ね。」
小さい声で反撃の狼煙を上げると再び駆け出す。彼女の能力はとても強力だがわかってしまえばやりようはある。
「弱点見っけ。」
「ボソボソとどうしたんです?辞世の句でも読んでいるんですか?」
銀髪のメイドは顔を憮然としたままこちらの呟きに反応する。しかし私が彼女の能力を感づいたことを知られてはならない。今がチャンスなのだ。
「んな訳ないでしょ!ちょっと考え事してたのよ、あなたを破るためのね。」
「まぁせいぜい頑張ってください、どうせ無理でしょうが。」
ムカつくんですけど。あの高飛車な態度、めっちゃムカつくわ。あの伸び切った天狗の鼻をへし折ってやる、と心のなかで誓うと左手に御札を構える。考えた結果、今回飛ぶのは避けたほうがいいと結論づけた。飛んでしまうとおそらく下からもナイフが飛んできてしまい余計に避けづらくなってしまうだろう。
「そろそろ終わりにしますか。」
どうやら向こうもお遊びには飽きたらしい。自分にここが山場だと言い聞かせ全神経を研ぎ澄ます。
「「幻符 殺人ドール!」」
その言葉が紡がれた。
一面がナイフだった。彼女の背後も自分の背後もどこを見てもナイフであった。まるで銀色の世界に閉じ込められしまったように錯覚するが、ナイフの隙間からかろうじて見える真紅の屋敷の内装がそれを否定する。
「終わりです。」
鉄の雨が降り注がれた。タイミングは違えど、あたりのナイフは一斉に自分目がけて降り注がれた。しかし、絶体絶命の中でも私は自然と笑みをこぼしていた。
「はぁ。まったくあのバカの言うことが役に立つなんてね。」
体を鉄の雨がスクラップにしようとこっちに向かってきている。しかしそれはもう私には関係ないことだ、だって、
「派手じゃないと魔法じゃない。弾幕は火力だぜ‥‥だったかしら?」
「「霊符 夢想封印!!」」
虹色の閃光が集まって色とりどりの弾幕ができたかと思うと、それは銀色の壁を塗りつぶしていくように、メイドへと向かって鉄の壁を食い破っていく。曇り空に虹がかかっていくようなその綺麗さに誰もが息を呑むことになるだろう。見ていたのが咲夜だけだったのが悔やまれるぐらいだ。
「なっ!?」
油断していた咲夜はその弾幕に反応できず、モロに食らって虹の光へと飲み込まれた。しかし、ボロボロになりながらも一応まだ動けるらしく、肩で息をしながら立っている。
「好きあり!」
弾幕を夢想封印を撃った後すぐに咲夜に向かって飛び出した霊夢は至近距離で咲夜にとどめを刺そうと構えていた札を当てようと、腕を振り抜いた。
「くっ。」
歯を食いしばりながら咲夜は時を止め博麗霊夢の後ろに回り込んでナイフを放った。そして時は動き出す。そのナイフは巫女の背中に当たるはずだったのだが、当たったのは自分で博麗霊夢のお札だった。理解ができないまま倒れ込み、驚きの声を上げる。
「な‥んで。」
「予測よ。あなたが時を止めてそこに移動してくると思った、それだけよ。」
なんで私の能力がわかったのか、なぜ私がここに出てくるとわかったのか、という疑問達、主人レミリアへの申し訳無さ、思考が渋滞して何も発することができなかったのだが、薄れゆく意識の中で最後に
「すみません。お嬢様‥‥。」
その言葉が静まり返った屋敷の中で静かに木霊した。
どうやら気絶したようだ。気絶する前の最後の言葉が、「すみません。お嬢様。」とは相当な忠誠心を持っていたに違いない。それにしても今回の相手は中々に骨のある相手だった。
しかし、いつまでも思考にふけってはいられない。こうしている間も外は真っ赤なのだ。さっさと主犯を見つけて倒さなければならない。
「さっさと次行きましょうか。」
博麗の巫女は静かな廊下を歩いていく。倒れ伏した一人の優秀なメイドを残して。
一方その頃、無事バルコニーに入ることに成功した犬斗は永延と続く廊下をトボトボと歩いていた。狐に化かされているかのような感じがする程長いが、ところどころに妖精メイドが居るのでこれが現実であるということを理解させられている。
「外から見たときより広くね?」
確かに大きい屋敷だとしてもここまで長い廊下は無いのではなかろうか?疑問を抱きながらもここまで来てしまった以上後戻りは出来ない。
「真弓を中に引き入れる時にはもう異変終わってたりして。」
これが冗談になりそうに無いのが余計に腹立たしい。諦めて再び歩みを進め始めたのだが、ふとズズズと地震のように屋敷が揺れたのがわかった。咄嗟に小学生の時に習った「おかしもち」を思い出したが、どうにもこれは地震では無いらしい。地震であればこんなに何回も振動は来ないだろう。だとすれば考えられるのは一つだけ、博麗の巫女が戦っているのだろう。
「早くしないとまずいな。」
目の前で掃除をしている妖精メイドの横をスラリと通り抜けながら、再び走り出す。まずは階段を見つけるところからなのだが、これが中々見つからない途中でかなり重厚な扉の図書館らしき場所を通ったが中に人がいるっぽかったので入るのはやめておいた。
これだけ走ってもまだ階段が見えてこなかったのはどういうことだろう?ただそのことだけが積もっていきどっと体が重くなる。
そこからさらに十分程たっただろうか?階段を見つけることができなかったのだが代わりにここだけ妙に怪しげな石造りとなっている大きな扉を見つけた。しかもその扉は元々開けっ放しになっており風で揺れながらキーっと音を立てていた。
「曲がり角を間違えたか‥‥。」
頭を抱え途方にくれていると、どこからか爆発音のようなものが聞こえた。その音は一回だけではなく何回も続けて鳴り響いている。耳をそばたててみるとどうやらこの石造りの先でなっているようだ。
「博麗の巫女か?」
こんなとこで戦っているのか?と疑問を抱きながらも、首を半分突っ込んで中を確認してみた。その中は窓がなく薄暗い空間で下に降りる階段が続いていた。さっきの屋敷のイメージとはかけ離れた雰囲気でどこか牢屋を連想させるものであったが、ここまで来てしまったからにはタダで帰るということにはなりたくない。あわよくば一階の窓に繋がってくれればいいなと思いつつ、俺は足を踏み入れた。
「何かうす気味悪いな‥。」
コツコツと自分の足の音と呟きが響き、下に行くに連れてゆ揺れが強くなっていくのがわかった。そして階段を降りきった先にあったのは、どこか子供部屋を連想させるようなドアと名前プレート。ドアにかけられている板にはフランの部屋と書かれており、振動でカツンカツンと音を立てている。
この扉を開けてはだめだと、心の中自制する自分と、興味本位で扉を開けようとする自分たちが戦っている。そしてその決着がつく。
俺は鈍い金色のドアノブに手をかけた。
次はいつになるか正直言ってわからんたまに確認にしに来てくれると助かります。