閑話8 クサナギ家
用語説明w
ペア:惑星ウルと惑星ギアが作る二連星
龍神皇国:惑星ウルにある大国。二つの自治区が「大崩壊」に見舞われ、現在復興中
クレハナ:クレハナ:龍神皇国の北に位置する小国。フィーナの故郷で、後継者争いの内戦が激化している
大崩壊:神らしきものの教団や龍神皇国の貴族が引き起こした人為的な大災害。約百万人に上ぼる犠牲者が出た
神らしきものの教団:現在の世界は神らしきものに滅ぼされるべきとの教義を持つカルト教団。テロ活動や人体実験など、世界各地で暗躍
セフィリア:龍神皇国騎士団の団長心得。B+の戦闘力を持つ。ラーズの遠い親戚で、五歳年上の憧れの竜人女性
龍神皇国騎士団本部
「ようこそ、騎士団本部へ」
セフィリアが来客を迎え入れる
「私は騎士団へ来たわけではない。金髪の龍神王、個人に会いに来ただけじゃ」
茶色い髪、神社の巫女装束を着た獣人女性が無表情に言う
「…会えて嬉しいわ。天叢雲カンナ」
天叢雲カンナ
霊能力者の家系であるクサナギ家であり、その中でも随一の実力を持つ霊能力者だ
天叢雲とは神の力を持つ伝説上の剣であり、カンナの得意な大魔法の名前でもある
セフィリアは、自らが入れた紅茶をカンナに出す
「どうぞ」
「うむ、いただこう。………うまいな」
たっぷり間を取って、カンナが口を開いた
「クサナギ家にお邪魔したときの、お抹茶のお返しよ。とても美味しかったから」
セフィリアが微笑む
「…紅茶もいいものでしょう?」
「そうじゃな。紅茶を見くびっていたことを認めよう」
カンナが静かに紅茶を飲み干す
お互いに、静かに紅茶の余韻を楽しむ
先に口を開いたのはセフィリアだった
「それで、結論は出たのかしら」
「…加入する」
「…」
「…」
少しの沈黙
「…待たせた割には、あっさりと決めたのね。他にも条件を付けると思っていたわ」
セフィリアが、もう一杯紅茶を入れた
「加入はする。だが、もう一度組織の意思決定方法を確認させてくれ」
「もちろん構わないわ。意思決定は原則合議制、でも場合によっては私の意思を優先してもらう」
「…お主一人が決定権を持つと言うことか?」
「発案者の特権として、ね。でも、私が意思を押し通すのは、絶対に譲れない時と利害が絡むときだけよ」
「…利害じゃと?」
「参加者は、とりわけクロノスとなる者は立場を持つ者が多いはず。立場にしがらみや利害が絡む場合は、効率を重視した判断を私がするという意味よ。あなたも立場があるから分かるでしょう?」
「…」
暫し沈黙が流れる
「同意してくれる?」
「…お主が利を得るために動く可能性もあるのじゃろう?」
「そう思ったのなら離脱すればいい。私は行動で示すわ。そして、全てが終われば私は利をあなた達に返す」
「…利とは?」
「神らしきものの教団の消滅という栄誉よ」
「…」
また暫しの沈黙
紅茶の良い香りが部屋を包んでいる
「参加はする。が、一つ試したいことがある」
カンナがセフィリアを見る
「…目付きが変わったわね」
「まあな。決定権を独自に持つという、お主の実力を見てみたい」
そう言うと、カンナはゆっくりと部屋に結界を構築する
「ちょっとだけよ? 大騒ぎになっちゃうから」
セフィリアが闘氣を纏った
カンナが自分の足元から大型の獣を呼び出す
その狐は、黄金の毛、九本の尾を持つ狐だ
「それがあなたの使役対象、大妖怪九尾の狐…」
そう言いながら、セフィリアは自身の使役対象を呼び出した
「生きるアイテム、ヴィマナか…」
カンナが言う
霊属性と重力属性の効果が互いを牽制する
セフィリアが龍族の強化紋章を発動
カンナの体には梵字が浮かび上がった
「…」
「…」
暫く、互いのプレッシャーを堪能する
先に力を抜いたのはカンナだった
「…お眼鏡にかなったかしら?」
セフィリアも闘氣を解く
「まあな。…だが、気に入らん」
「あら、何が?」
「お主、私に勝つつもりでいたな」
カンナの目に、少しだけ怒りの色が灯る
「剣が届くこの距離でやり合ったら、私が勝つに決まっているわ。得意な距離が違うでしょう?」
「…」
口を閉じたカンナの横で、九尾の狐が静かに横になった
「…それじゃあ、カンナは正式にクロノスへ所属して貰う。いいわね?」
「分かった。あの教団の行為は目に余る、壊滅させるのに異論はない」
カンナが、お茶菓子に手を伸ばした
「…壊滅じゃない、消滅よ。アイオーンの目的は」
「消滅?」
「教団を消滅させる方法はある。これからよろしくね、カンナ」
「…」
さっきまで、お互いに国家レベルの武力を発動していたとは思えない和やかな雰囲気が部屋に満ちている
「アイオーンの話はこれでおしまい。正式に発足したら、また集まりましょう」
「うむ、分かった」
「次は、お友達としてのお願いを聞いてくれる?」
「…人探しか?」
カンナが顔を上げる
「知っていたの?」
セフィリアが、少しだけ驚いた顔をする
「お主達騎士団で囲っている、クサナギ家の末席から聞いている」
「騎士団じゃないわ、私が個人的に贔屓しているだけよ。急ぎの案件を処理してくれて助かっているの」
「…まぁ、うちの一族を使ってくれているのは感謝する。それで、うちの末席が雇っていた者じゃったか?」
セフィリアが頷く
「そうなの。大学時代にアルバイトをさせてもらっていたみたいね」
「そのバイト風情が、お主ほどの女と何の関係があるのじゃ?」
「私の弟分よ。大切な人間なの」
「そ、そうか…」
セフィリアがあまりに簡単に言い切ったので、カンナは少し驚いた
「探してほしいのよ。あなたの占いは、量子コンピューターの予測に負けないほどよく当たるんでしょう?」
「…私の占いは高いぞ?」
「友達なのに?」
「友達だからこそじゃ」
セフィリアの依頼は、ラーズの居所の特定
カンナの占いの的中率は常識を逸している
そして、カンナの言う末席とはクサナギ霊障警備という民間会社だ
ラーズの大学時代のバイト先であり、その縁で現在はセフィリアがいろいろと依頼をしている
カンナの家柄はクサナギ家という霊能者の家系
クサナギ霊障警備の社長、レイコ・クサナギもその末席なのだ
「分かった。私の個人資産で払うわ」
セフィリアは、分かっていたのかさらっと言う
だが、カンナの占いは億を越える金額だ
「お主がそこまでするとは、その者には何かがあるということか?」
「シグノイアでCランクの兵士してたの」
「…Cランク? ただの一般兵ではないか」
カンナが怪訝な顔をする
「それでも、あの大崩壊を生き残り、元凶を明らかにして見せたわ」
「ほう。噂の道化竜とは、その者のことか」
カンナが、再び興味を持ったようだ
「それに、私はCランクをとても評価しているの」
「Cランクを? なぜじゃ?」
セフィリアやカンナ達、B+からAランクの戦闘員からすると、Cランク以下の闘氣を使えない一般兵など取るに足らない存在だ
「カンナ、あなたはトロルと闘氣無しで戦える?」
「闘氣無しで? …考えたこともなかったな」
「Cランク以下の一般兵は、そんな無茶を平気でやっているのよ」
「…」
これは以前、セフィリアがラーズに言われた言葉だった
・・・・・・
カンナの占いが終わった
「…」
カンナが難しい顔をする
「どうなの?」
「…その者は生きているのか?」
「…どういう意味?」
「ウルとギア、全地域を対象に存在確率を占ったのだが反応がない。…存在しないとしか思えない」
「他に可能性は?」
「弟分とはいえ、その男に執着しておるな…」
「ラーズは私にとって特別なの」
「特別?」
「ラーズは、私の対螺旋になれるかもしれない…と思ているわ」
「…っ!?」
暫く空を見上げた後、セフィリアはカンナを見る
「それに、クレハナを何とかするためにも必要になる」
「…クレハナか」
カンナが、再度占いの準備を始める
「友人として教えておいてやろう」
「何かしら?」
セフィリアが、カンナを見つめる
「クレハナのナウカ家が使う鬼憑きの力は、クサナギ家と源流を同じくする巫女の神降ろしの術じゃ。舐めてかかると痛い目を見るぞ」
「戦場を舐めるなんて二流のやることよ。でも、いい情報をありがとう」
セフィリア微笑む
カンナは占いを続ける
…ラーズはまだ見つかっていない