三章~14話 人身売買
用語説明w
ナノマシン集積統合システム:人体内でナノマシン群を運用・活用するシステム。ラーズの身体導入されているが、現在は停止措置を施されている
タルヤ:エスパータイプの変異体。ノーマンの女性で、何かに依存することで精神の平衡を保っていた。サンダーエスパーの二つ名を持ち、雷属性魔法を使う
トラビス教官:施設の教官でBランク戦闘員。被験体を商品と割り切っている
情報端末で帰還を報告し、全員がポッドに乗り込む
グラスリザードに噛みつかれた腕が痛ぇ…
まさか地下一階層で三人も負傷するとは、疲労を甘く見たらダメだということだな
ポッドが動き出すとすぐに、帰還の安心感のためか眠り込んでしまった
まぁ、窓も何もない場所で起きている理由もないのだが
…ポッドのハッチが開き、目が覚めて外に出ると、ポッドの出発ターミナルでトラビス教官が待っていた
「階層ボスを倒すとは、よくやった」
「はい」
ハンクが答える
「一名、死者が出たのは残念だが、期待値が高いお前達じゃなくてよかった」
トラビス教官がにこやかに笑う
期待値だと?
フアンは期待値が低かったって言うことか?
相変わらず、一方的な評価だ
クソが…
俺達は、これで自由時間となった
「ラーズ、タルヤ。お前達のことを見くびっていた。またパーティを組むことが出来たらよろしく頼む」
ハンクが手を差し出した
「こちらこそ」
俺達も、その手を取る
「…タルヤ、明日よかったらサイコメトリーを教えて。…とても使える技能だったから」
「ええ、もちろんいいわよ」
タルヤとアーリヤが話している
俺達は、言葉をかけあって解散した
俺達の実力が、アイアンカップルに認められたのは嬉しい
アイアンカップルを見送るとタルヤが俺の方を向く
「ラーズ、帰りましょう?」
「そうだね。タルヤ、そこに塗装用のペンキがあるから気を付けて。傷は大丈夫?」
俺は、タルヤの傷を見る
タルヤは足に矢を受けて少し引きずっている
よろけて、ポッドの塗装用の一斗缶につまずきそうになったのだ
これ、エントランスに積み重ねとくんじゃねーよ!
「ええ、大分よくなったわ。ポッドでぐっすり眠ったからかしらね」
「俺も、疲れすぎてぐっすりだったよ。腕の傷もだいぶ治ってた」
どうやら、傷は浅いようだ
だが、次のダンジョンアタックがいつあるか分からない
一応医療室で治療を受けることにする
「タルヤの魔法、凄かったね。範囲魔法が使えるなんて知らなかったよ」
「雷属性魔法は、ステージ1で一緒だった人に教わったの。運動場だったら魔法の訓練ができたでしょ?」
「ああ、そうだね。俺の区画でも魔法の訓練をしている人がいたな」
医療室が見えて来た
「…フアン、死んじゃったね」
タルヤが、暗い表情をする
「…パーティとして、役割を果たしてくれたんだ」
「うん…」
「タルヤ、俺達は生き残ろう。ヘルマン、ガマル、フアンの分もさ」
「うん」
仲間の死はショックだ
辛い
だが、その死に慣れてきてしまっている気がする
どこかで、起こり得ることを理解している
そしてそれは、自分自身も例外ではない
医療室
「…ありがとうございました」
セクシーな男のナースさんが、回復魔法と回復薬で治療をしてくれた
傷はほとんど塞がっており、すぐに治った
「怪我がすぐに治るのは、変異体になって一番良かったって思う所よね」
タルヤが笑う
「確かにそうだね。治るスピードは、前と比べ物にならないよ」
俺達は強化人間だ
常人とは違う所がいくつもある
「…あ、あれは……」
タルヤが眉を顰める
ステージ3の区画の端、大きな扉がある場所だ
たくさんの大きな箱が積まれている
「あれは何? 荷物がたくさん…」
「噂だけど、人身売買の商品として売られる子供達らしいわよ」
タルヤが不快な感情で顔を歪めている
「じ、人身売買?」
「ええ。変異体因子の陽性反応が出た子供を集めているらしいんだけど、因子が覚醒しなかった子供は冷凍保存させて売り払っちゃうんですって…」
「…」
知れば知るほど、この施設はクズみたいな場所だ
人間を一方的に商品として扱う
そして、廃棄や売却を平気で行う
改めて、ここを出たら覚えてやがれ
虎視眈々と、この施設を出ることを狙ってやるからな…
「何を見ているんだ?」
「…っ!?」
かなり遠くから声をかけられた
向こうからトラビス教官がやって来る
「すいません。通りかかったら大きな荷物が見えたので、何があるのかなって」
「…分かっていると思うが、余計な詮索は厳禁だ。一歩でも踏み越えれば、肉になってもらわなければいけない場合もある。気をつけろ」
「…はい」 「ひっ…!」
トラビス教官が威圧を兼ねて闘氣を発動、タルヤがへたり込む
…いちいち怖がらせなくたって、下手なことはしないっての
勝ち目がない勝負を挑むほど馬鹿じゃない
「だが、お前達には期待している。ダンジョンアタックの成果が出ている内は不問にしておいてやろう」
そう言って、トラビス教官は戻って行った
「…大丈夫か? もう、戻ろう」
「そ、そうね…」
俺達は個室に戻った
ベッドに横になると、夢を見る余裕もなく深い眠りに落ちて行った…
・・・・・・
ダンジョンアタックから戻ると、まずはリフレッシュが必要だ
安全な場所に身を置く、それは精神的にとても必要なことだ
この施設内なら、とりあえずは安全だ
俺は訓練場に向かう
俺は久しぶりに紐で円を作り、歩法の訓練を始める
フアンが死に、ハンクが遺体を運ぶことになったため、俺が単独で前衛となった
結果的には、意外とできたという感想だ
武の呼吸
必要な時に、全能力を集中して仕留め切るという覚悟
この意識は、モンスター戦闘でも生かされた
…だが、足りない
俺には決定力、単純な殺傷能力が足りていない
ギガントとの身体能力の差を痛感した
人サイズよりも大きい熊サイズになると、近接武器では即死が狙えない
ギガントなら、斧を振るったり拳を叩きつければ息の根を止められるのに
そこで気が付いたのが、エスパーの戦術だ
タルヤがレイスに使った、精力を纏わせたナイフの投擲
精力のエネルギーで、アンデッドの霊体を破壊した使い方だ
「…」
俺はナイフを取り出し、テレキネシスのエネルギーをナイフの先に集める
…やってみると、難しいな
一定量の精力を集めると、それ以上集まらなくなる
おかしいな?
テレキネシスのエネルギーを圧縮すれば、武器の力に加えてテレキネシスの衝撃を上乗せできるはずだ
軍時代、エネルギーの圧縮には時間がかかったが、テレキネシスの衝撃は当時から使っていた
これは、テレキネシスが使えなくなった時と同じか?
まず、精力の腕でナイフの形状を把握する
そして、ナイフの先端に精力の腕を繋げて、そこに精力を送り込んでいく
油断すると、精力はテレキネシスとして発動して、物体を動かす力に変わってしまう
精力のまま、高密度に圧縮して留めるんだ
「ぐ…う…」
精力の圧縮が難しい
軍時代よりも、精力の総量が増えているのが分かる
その分圧縮に、より繊細な感覚がいる
ドッパン!
「うおっ!?」
ナイフの先に精力を圧縮して的に触れてみると、破裂した
木くずが飛び散って、口に入っちまった
だが、威力は完成変異体となる前とは比べ物にならない
後は、もっと精力を注ぎ込んで圧縮できるようになれば…
まだ、圧縮が上手くいかず、限界の半分くらいの精力しか込められていない
「ラーズ」
呼ばれて振り返ると、タルヤが入って来た
「タルヤ、訓練?」
「それもあるんだけど、ラーズを探してたのよ。個室にいなかったから」
「どうしたの?」
タルヤがちょっと困った顔をする
「…明日、またダンジョンアタックだって。私も一緒よ」
「え、もう!? 早すぎるだろ」
いや、タルヤに言っても仕方がないか
くそ、帰って来たばかりだっていうのに…
「でも、またラーズとダンジョンに降りられるならよかった。またよろしくね」
「こちらこそ、タルヤと一緒なら心強いよ」
タルヤは強くなった
魔法やサイキックの技能もそうだが、精神面の安定性が信頼できる
前回も、パニックを起こさずに最後まで戦力として活躍してくれた
「ラーズ、また武器術の訓練付き合って。やっぱり、接近されたときの対処法が知りたい。ナイフ術よりも、杖で直接叩いたりできた方がいいのかも…」
「いいよ、試してみよう。俺も、タルヤにテレパスの探知のやり方を教わりたかったんだよね」
俺達は、時間を有効活用すべく訓練を行った
…砕けた的の破片を俺のナノマシンシステムがカリカリと取り込んでいる
そろそろ、復活しないもんだろうか
明日は閑話です