閑話1 フィーナのお仕事
用語説明w
魔力:精力と霊力の合力で魔法の源の力
輪力:霊力と氣力の合力で特技の源の力
闘力:氣力と精力の合力で闘氣オーラの源の力
龍神皇国:惑星ウルにある大国。東にある自治区で「大崩壊」が起こった
フィーナ:ラーズの二歳下の恋人。龍神皇国騎士団にBランク騎士として就職している。
セフィリア:龍神皇国騎士団の団長心得。B+の戦闘力を持つ。ラーズの遠い親戚で、五歳年上の憧れの竜人女性
龍神皇国の東側
ある沼地に二人の男女が来ていた
一人は軍服を着たCランクの一般兵、ボッシュ
魔族で中年男性で、銃火器と魔法を扱う器用な兵士だ
もう一人は、漆黒の髪、紅目のノーマン、フィーナ
黒髪の大魔導士という通り名を持つBランクの女性騎士だ
攻撃魔法、補助魔法、回復魔法の三系統を使いこなす
龍神皇国の騎士団がモンスター退治に派遣した二人だ
ちなみに「騎士」とは、戦闘ランクがBランク以上の戦闘員がなることができる役職でだ
「…あれが蟹坊主」
呟くボッシュの視線の先には、十メートル近い大きさの蟹が佇んでいる
「被害が出る前に狩ってしまいましょう」
フィーナが羽衣を取り出した
戦闘ランクがBランクとなる必須条件として、闘氣の使用が上げられる
闘氣とは、生命エネルギーである氣力と精神エネルギーである精力の合力である「闘力」を使うことで発動する
練り方によって様々な特性を持つが、一番の特徴は「包む」ことだ
闘氣で包んだ物質は固くなり、筋肉の場合はその力を増強する
Bランク戦闘員は、自身の体を闘氣で包むことで身体能力を飛躍的に向上させる
更に、防具を包むことで防御力を飛躍的にアップ、武器を包むことで攻撃力を飛躍的にアップさせているのだ
しかし、闘氣は発動元、つまり発動者の体から離れると急速に霧散するという性質がある
よって、遠距離攻撃に対して闘氣を使っても増強効果は薄くなってしまう
必然的に、Bランク以上の戦闘員は近接武器を使う場合が多い
Cランク以下は、銃や魔法を使った遠距離攻撃がメイン
Bランク以上は、近接武器を使った古代の英雄が存在した時代の戦い方となるのだ
「私が蟹坊主をおびき寄せましょう。フィーナ様は迎え撃つ準備をお願いします」
「分かりました。気を付けて」
フィーナはそう言うと、ボッシュに対して防御魔法(中)、硬質化魔法(中)、身体強化魔法(中)を発動する
それぞれ、ボッシュに向けられた物体の力学エネルギーの吸収、防具の硬質化、身体能力向上の効果がある補助魔法だ
この補助魔法は、身を守る闘氣が無いCランク以下の一般兵にとっては命を左右するほどの効果を持つ魔法だ
「フィーナ様、ありがとうございます」
ボッシュはお礼を言うと、倉デバイスからロケットランチャーを取り出した
倉デバイスとは、封入した亜空間魔法を利用した、体積を無視して一定量の質量をコンパクトに封印出来るアイテムだ
それを見てフィーナは闘氣を発動、同時に自分の武器である羽衣を身に纏う
この羽衣は一見ただの長い布だが、生命エネルギーである氣力を通すことで硬度を変えられ、自在に動かすことができる宝貝というカテゴリーの武器だ
そして、先端についている魔玉と羽衣の布が魔導士用の杖の効果を持っており、魔法の強化能力を持っている
ボシューーーーーッ ……ドッガァァァァン………
ボッシュの撃ったロケットランチャーが、遠くに佇んでいた大きな蟹に着弾した
蟹坊主
『
Cランクの蟹型モンスター
蟹が妖怪化することで巨大で堅牢な甲殻を持ち、凄まじい防御力を持った
積極的に人間を襲うわけではないが、町があっても関係なく進行する迷惑な存在でもある
』
龍神皇国の騎士団の「騎士」は、基本的にはBランク以上のモンスターを対象として派遣される
だが、Cランク以下でも倒すのに困難なモンスターはいる
この蟹坊主がまさにそれで、ただの大きな蟹なのだが、防御力が高すぎて並みの銃弾や爆発物では効果がないのだ
ギチギチギチ…
蟹坊主がこちらに向かってくる
ボシューーーー! ドッゴォォォン!
ボッシュが二発目のロケットランチャーを撃ち込む
だが、やはり蟹坊主の甲殻にダメージは無い
その間にフィーナが魔力を練って魔法の詠唱を終えていた
「いきます…!」
ボボォォォォォォォッ!!
「ギギィィィーーーーー……」
蟹坊主が炎に包まれ、泡を撒き散らせながら大きな音を立てて倒れた
…モンスターの脅威の一つに、サイズがある
巨大さ、これは単純にして越えられない壁だ
この蟹坊主の体は十メートル
甲殻が固いが、一般兵でも貫通力に特化した対物ライフル弾であれば貫通することはできるだろう
だが、この巨大さが問題となる
人間が針を持った一寸法師と戦った場合、どうなるだろうか?
足先や腕を刺されたって、痛いが死なない
仮に内臓を刺されたとしても、針の大きさの穴であればすぐに致命傷とはならないだろう
同じように、人間サイズの攻撃をいくら繰り返しても、巨大なモンスターを倒すことは困難
対物ライフルも同じで、よほどピンポイントで弱点を狙撃し続けられれば別だが、巨体に対して破壊面積が小さすぎて現実的ではないのだ
しかし、人間の持つ攻撃方法で唯一の例外が範囲魔法だ
範囲魔法とは、術者を基準として任意の距離に中心点を設定し、そこから半径数メートルの魔法陣を展開して発動する魔法だ
中心点を設定できる距離は、術者の実力によって変わるが、普通は長くても二、三十メートルが限度となる
この魔法の凄い所は、距離以外を考慮しないことだ
つまり、障害物の向こう側に発動することができる
今回の蟹坊主に対して、フィーナは強固な甲殻の内側に中心点を発動
甲殻の内側から火属性の火柱が立ち上がり、その巨体を体内から焼き尽くしたのだ
そして、範囲魔法は投射魔法よりも攻撃密度が低い分、攻撃面積は圧倒的に広い
フィーナの範囲魔法(中)の発動範囲は半径五メートル以上
発動範囲内を破壊できるため、巨大なモンスターの体全体を焼き尽くすには十分だったのだ
強力な装甲を持つ戦車やロボット、ゴーレムなどにとって、装甲を無視して内側を攻撃される範囲魔法は天敵となる
しかし範囲魔法も万能ではない
通常の生物は霊体を持っており、耐魔力性能を持っている
これが強力な場合は、設定した範囲魔法の中心点を霊体の霊力が体外に押し退ける
そのため、簡単には体内に範囲魔法を発動できなくなる
また、耐魔力防御魔法や耐魔力物質、属性装備、護符の使用による対策で範囲魔法はある程度対策ができる
「さすがですな…」
ボッシュが、倒れた蟹坊主の処理を指示すると戻って来た
「皆さんの補助のおかげで、魔法発動に集中できたからですよ」
フィーナが謙遜する
ボッシュはフィーナよりも大分年上で経験も豊富だが、やはり一般兵だ
騎士であるフィーナには敬語で話す
フィーナとしては気まずさもあるが、騎士としての立場上、場合によっては命令を下す必要もあることから受け入れている
・・・・・・
龍神皇国騎士団
副団長室
「お帰りなさい、フィーナ」
「セフィ姉、ただいまー」
フィーナは、最近はセフィリアから直接仕事を言い渡されている
出世して多忙になったセフィリアは、フィーナを信頼しており、緊急性のある仕事をいろいろと頼んでいるのだ
部屋には、サイボーグの女性がいた
「オリハ、来てたの?」
「フィーナ、お疲れさまでした。ちょうど、道化竜ラーズの行方の調査報告を…」
「ど、どうなの!?」
フィーナががっつりと喰いつく
サイバービーナスのオリハ
龍神皇国騎士団の情報担当のエース
ネットワーク空間内の「情報」に特化した騎士だ
魔導サイボーグであり、電子情報、霊子情報の収集、解析検証を担当
魔法やサイキック能力、突出したクラック能力を使った戦闘能力を持つ
龍神皇国が持つ量子コンピューター「コスモ」とリンク、その膨大な処理能力を使う権限を有しており、オリハ一人で電子機器を使った兵器を全て沈黙させることさえできる
「結論として、まだ発見には至っていません。しかし、複数の非公式な変異体研究施設を特定しましたので、今後は調査範囲を広げていけそうです」
「そう…」
フィーナが、少しがっかりした顔をする
「フィーナ。道化竜の写真を初めて見たのですが、とてもきれいな青い目をしていますね」
「え?」
「見つけ出せたら、私にも少しだけお裾分け…」
その言葉を聞いて、セフィリアがため息をつき、フィーナがキレる
「…相変わらず、寝取り癖は治って無いようね? サイバービッチ」
フィーナが、嫌悪感を表情で表す
「サイバービーナスです。時代はフリーセックス、法的に問題なければ…」
「こんな状況じゃなければ、あんたの力なんか借りないのに…!」
「私がこれだけ探しても引っ掛からないんですよ? 他の人間には不可能です。…あそこを新品にしたばかりですし、本腰を入れるにはご褒美がないと」
「先に言っておくけど、ラーズに手を出したら、そのピンク色の脳みそに痛みという情報を徹底的にインストールするからね…! この淫乱変態のくず鉄…」
フィーナが怒りを込めた汚い言葉で噛み付く
パンパンッ!
「はい、そこまでよ」
セフィリアが、Bランク同士の喧嘩を手を叩いて止めた
ラーズの行方は、未だに分かっていない
セフィリアはもう一度ため息をつき、その蒼い目を窓の外に向けた