三章~6話 ダンジョンアタック一回目1
用語説明w
サードハンド:手を離した武器を、一つだけ落とさずに自分の体の側に保持して瞬時に持ち替えることができる補助型のテレキネシス
回復薬:細胞に必要なエネルギーを与え、細胞を保護し代謝を活性化
カプセルワーム:ぷにぷにしたカプセル型で、傷を埋め止血と殺菌が出来る
流星錘:三メートルほどの紐の先に、細長い重りである錘が付いた武器。錘にはフックが付いており、引っかけることもできる
ダンジョンの中は明るかった
壁に光る苔が生えていて、中を照らしている
この苔が無ければ、ダンジョン内は光を必要としないモンスターしか集まらなくなる
ダンジョンとは、ダンジョンコアというモンスターの体だ
その体を別の次元、別の世界に繋げて体内の空間にその世界の生物を引き入れることで魔素を取り込んでいる
つまり、ダンジョン内の環境をモンスター達が住みやすくした方が、魔素の吸収源であるモンスターを集めやすいということだ
皮肉にもそれは、ダンジョンにとっての異物である俺達人間が冒険しやすいという環境でもある
そういう理由で、ダンジョン内は光も空気もあり、基本的には生存が可能だ
しかし、中には極端な環境の階層もあるので油断はできない
「一階からかなり広いわね…」
セリーヌが言う
ドラゴンタイプである俺が先頭を歩きながら五感で警戒、エスパータイプのセリーヌとエドが交代でテレパスによる索敵を行っている
「…何かいるぞ」
微かに獣臭がする
空気の流れもあるため、この先に開けた空間があるのだろう
「…本当だ。多分、五匹の生物がいるわ」
セリーヌがテレパスで索敵をする
「お試しだ、セリーヌとエドは後ろで魔法を。俺とフアンで前に出よう」
俺は流星錘を準備する
「分かった…」
フアンが頷いた
通路の先は、推測通り広い空間になっていた
ダンジョンは、基本的には通路と部屋で構成されている
生活する上で、当然通路よりも部屋の方が生活しやすい
つまり、モンスターは部屋に住み着きやすいということだ
そして、この部屋は別の次元に繋がっており、この部屋のモンスター達は自分の世界からこのダンジョン内に入ってくる
その時、俺達この世界の住人からすると、空間から突然モンスターが現れたように見えるわけだ
モンスターは五匹、ネズミ型モンスターの大ネズミだ
名前の由来は、大きいネズミだから、そのままだ
そして…
ドガガガガガッ
「えっ!?」
ギガントのフアンが、全力でアサルトライフルを連射して大ネズミを仕留めた
「ふぅ…」
汗をぬぐうフアン
「やった!」 「簡単だったわね」
そして、笑顔を見せるセリーヌとエド
「…」
まぁ、初戦が危なげなく終わったことは事実だ
俺達は先へ進む
「この調子だと、到達ポイントが得られる五階層くらいまではすぐ行けるかもな」
「早く十階層まで行きたいわね」
三人が笑いながら話している
「…テレパスの探知、やってる?」
俺は、先頭からエスパーの二人を振り返る
「…」 「次はエドの番でしょ?」
二人で顔を見合わせる
「どっちでもいいからちゃんと索敵してくれよ。奇襲受けたらエスパーのあんたらが一番死にやすいんだぞ?」
エスパーが一番身体能力が劣ってるって分かってるのかよ
「…またモンスターがいる」
臭いがする
このダンジョンは風が通るため、先の情報が分かっていいな
「今度は七匹…かな。ちょっと多いな」
「ちょっと待てって。何で俺よりテレパスの探知の方が索敵が遅いんだよ? 感知距離はテレパスの方が広いはずだろ」
さっきも俺の方が早く敵に気が付いたし
「テレパスの探知って疲れるんだぞ。いざという時に戦えなかったらどうするんだよ」
エドが不満気に言う
「戦えなくなったら戻るだけだ。奇襲を受けたら戻ることさえもできなくなるんだぞ」
「そんなガミガミ言わないでよ…。まだ一階なんだし、大丈夫よ」
セリーヌが口を挟む
こいつら、実戦を舐めてるのか?
…自分の死を想像できていない
メメント・モリ、死を忘れるな
こういう奴が一番に死ぬんだろうな…
そして、その巻き添えになるのは俺だ
部屋に入ると、今度はコボルト達がいた
犬頭の亜人で、剣や槍を持って簡素な鎧を身につけていた
「うおぉぉぉぉぉぉっ!」
部屋に入って、敵を見たとたんにフアンが飛び出していった
「お、おい!」
ちょっと待てって!
何で一人で突っ込むんだよ!
ドガガガガ!
銃弾でコボルト達を掃討、だが…
ガチッ…!
「ぐっ、くそっ…!」
フアンが歯噛みする
いやいや、当たり前だろ!
そりゃ、それだけ一気に撃てば弾も切れるわ!
立っているコボルトは残り四匹
銃を投げ捨てて、フアンが斧で斬りかかる
鋭い斬撃で一匹を切り捨てるが、残りの三匹に斬りかかられる
くそっ、連携もクソもない
俺は距離を詰めて流星錘を投げつける
ゴッ!
「ぎゃっ…」
一匹の頭を穿って倒す
その間に、フアンが二匹に斧を振るう
不意に、何かの気配を感じる
「…後ろ!」
俺は振り向いて、エスパーの二人に叫ぶ
「うわぁぁっ!」 「きゃあぁぁぁっ!」
大きな猿型のモンスターが、入口から忍び寄っていた
くそっ、気が付くのが遅れた
あれはキラーエイプか!?
セリーヌが肩を噛みつかれている
だから、テレパスの探知をしておけって言ったんだ!
流星錘を投げつけて、ショートソードを抜く
サードハンドを発動、ショートソードを叩きつけ、離れたキラーエイプに流星錘をもう一度投げつける
そして、セリーヌをかばう
「フアン、前に出ろ! エド、魔法であいつを下がらせろ!」
俺は指示をして回復薬ををセリーヌの肩にかける
「うおぉぉぉぉっ!」
フアンが前に出て斧を振るう
だが、斬りつけられながらも、キラーエイプがフアンの肩に噛みついた
すかさず、エドが魔法を発動
ドゴォッ!!
「ガフッ…!」
巨大狼の腹を大岩が貫く
土属性範囲魔法(小)だった
「…傷は大丈夫か?」
俺は、回復薬を使っているフアンに尋ねる
「ああ、何とかな…」
傷は浅かったようだ
ギガントはタフだ、多少噛みつかれたくらいでは問題なさそうだ
「弾が切れたけど、どうする? 戻るのも手だぞ」
銃器を持ち込むことはできるが、途中で銃弾の補充は出来ない
戦うための機動力を確保して、食料や回復薬を持つため、弾丸もそこまで持つこともできない
しかも今回はお試しだったため、替えのマガジンも持ってきて無かったようだ
…アホなの?
「いや、もう少し進もう。せめて、二階くらいまでは進んでおきたい」
フアンが治療を終えて立ち上がる
このダンジョンでの実戦訓練には、くそったれなルールがある
それは、カプセルワームが使えないことだ
カプセルワームとは、傷を埋めて出血を止める応急処置用のアイテム
だが、俺達完成変異体の死ににくさの検証のために、使用が許されていない
回復薬の使用は許されているが、大怪我の場合は回復魔法持ちか自分の治癒力に賭けるしかない
「…」
まぁ、まだ大けがをしたわけじゃないし、大丈夫かな…
セリーヌの傷も大したことはなかった
変異体はタフだ
「次はお前が前に出て防御をしてくれ」
フアンが俺の顔を見る
「は?」
何で俺が防御役をやるんだよ?
タフさで圧倒的に上のギガントがやるべきだろ
「お前が防御している間に、俺が敵をぶっ殺してやるからよ」
「俺一人で敵全員の足止めができるわけないだろう。分散されて後衛の二人を狙われるだけだ。それに、防御役はタフなギガントがやるべきだ」
「俺が防御役をしたら攻撃力が足りなくなる。だったら…」
「防御役も、近くの敵は攻撃していいんだぞ? その間にエドの魔法と俺の機動力で敵を減らしておく。それに、後衛が狙われたらドラゴンの俺の方が早く駆け付けられるだろ」
「…ダメだ、お前が防御をしろ。俺はやらない」
険悪な空気
そして、気が付いたこと
こいつ、心が折れやがった
拷問訓練や教官に切り刻まれる訓練は受けたが、やはりモンスターに殺されるという恐怖は別物
辛いや痛いとは違う、殺されるという直接的な恐怖なのだ
攻撃力はあるが、防御技術がほぼないフアン
そして、人間相手ではないモンスターという相手
ギガントとはいえ、場合によっては力負けをしかねない危険な相手だ
「…それなら戻ろう。役割分担もできない、そして怪我もある。これ以上は進めない」
エスパー二人を見ると、コクコクと頷いていた
「分かった、戻ろう。だが、モンスターが出たらお前が前に出ろよ」
フアンが立ち上がる
「…お前、いい加減にしろよ? 仕事を放棄するってことか」
俺も死にたくない
そして、俺はチート持ちじゃない
出来ないものは出来ない
「放棄じゃない、攻撃に専念するって言ってるんだ」
「防御を放棄するってことだろう。自分がギガントっていう自覚があるのか? 身体能力特化型が前衛に出ないで何をするつもりなんだ」
「うるせぇんだよ! 文句言うならお前から潰すぞ」
フアンが斧を抜いた
「…分かった」
「へっ、黙って…」
フアンが、息を吐いて斧をしまおうとするが、俺は流星錘を取り出す
「やり合うって言うんだな? まだ一階層とはいえ、ダンジョンは命懸けだ。任務の放棄は許さない」
心が折れようが何だろうが、前衛はやってもらわなければ困る
リスクはパーティの全滅だからだ
「お、お前…」
「黙って前衛をやれ。やらないならかかって来い」
俺とフアンの不毛なにらみ合いがヒートアップした