三章~1話 最後のステージ
用語説明w
この施設:ラーズが収容された謎の変異体研究施設、通称「上」。変異体のお肉も出荷しているらしい
変異体:遺伝子工学をメインとした人体強化術。極地戦、飢餓、疲労、病気、怪我に耐える強化兵を作り出すが、完成率が著しく低い。三種類のタイプがある
タルヤ:エスパータイプの変異体。ノーマンの女性で、何かに依存することで精神の平衡を保っていた
タルヤと分厚い金属の扉を通り、ステージ3の区画に入る
ついに最後のステージだ
このステージを生き残れば、俺達はこの施設を出ることができる
…ただし、その時は変異体の強化兵として売られたということだが
「ようこそ、ステージ3へ」
両手を広げて俺達を待っていたのはトラビス教官だった
「D03、ラーズ。E111、タルヤ。引き渡します」
俺達を連れて来た職員は、トラビス教官にサインをもらうとステージ2の区画に戻っていった
「タルヤって111番だったんだ。三桁のコード番号って初めて聞いたよ」
「女は100番台、男は99番までの番号が割り当てられてるんだって。私は実質、女のエスパータイプの11番目の番号ってこと」
「なるほど…」
タルヤの説明を聞いて納得
女の被検体と関わることも無かったから全然知らなかった
引き渡しの事務手続きが済むと、トラビス教官が俺達の方を向いた
「遺言通り、ヘルマンがこの施設に持ち込んだ物はラーズの荷物に入れておいた」
「ありがとうございます」
ヘルマンの遺言となった頼みで、昔使っていたジャマハダルを息子に渡して欲しいと頼まれた
しかし、外の荷物を被検体に渡すことはできないので、ここを出るときまで施設で保管される
「では、ステージ3の説明を始める」
「 「はい」 」
俺とタルヤが緊張しながら頷く
ステージ1、2は、共に命の危険がある選別が行われてきた
ステージ3も、そう簡単に生き残れるとは思えない
はたして…
「最初に言っておくことは、ステージ3には選別はないということだ」
「選別が…、ない?」
タルヤが言う
「そうだ。なぜなら、すでにお前達は、選別によって選ばれた強化兵士の卵だからだ。ステージ3では、その強化兵になるための基礎訓練を受けてもらう」
「訓練…」
ステージ3での訓練
強化兵の目的は、補給が無い劣悪な環境下での長期間運用だ
サバイバル術、戦闘訓練が行われ、魔法も解禁されるらしい
「魔法も解禁されるの?」
タルヤが驚く
「魔法専用の訓練場がある。その訓練と実戦訓練以外で魔法の使用は禁止だ」
トラビス教官が腕を組んで説明する
「…実戦訓練?」
「訓練の成果を試すために、モンスターと戦う訓練だ。当然、負ければ死の危険がある」
「…」
結局、死の危険からは逃げられないってことか
クソが…!
「基礎訓練は、具体的に何をするんですか?」
タルヤが聞く
「基礎訓練はこの施設で行う」
トラビス教官が説明する
基礎訓練は、通称「上」と呼ばれているこの施設で行われる
戦闘訓練や、戦闘に必要な訓練だ
そして実戦訓練は、通称「下」と呼ばれる施設にあるダンジョンに潜る
「実戦訓練の目的は、ダンジョンの探索と制覇だ。ダンジョンだけあって、救助は不可能。自力での帰還以外に生還の方法はない」
「…ダンジョン!?」
ダンジョン
ダンジョンコアというモンスターが作り出す洞窟のような空間のことを言う
ダンジョン内は、厳密にいえばこの世の空間ではなく、ダンジョンコアが作り出した体内の空間ということになる
ダンジョンコアはモンスターであり、生存には呼吸と魔素が必要となる
そこで、呼吸をするためにこの世界に入口を作り、体の先を魔素が濃い別次元の場所に繋げている
「ダンジョン内はモンスターが自然発生している。更に、入口を押さえれば邪魔者も入って来ない。お前達の実戦での評価に理想的な環境だ」
トラビス教官が言う
ダンジョン内のモンスター
ダンジョンコアは、その体を魔素が濃い場所に繋げていく
では、魔素が濃い場所とは具体的にはどこなのだろうか?
…この世界は重なっている
ペアがあるこの宇宙は、太陽を含む広大な空間だ
だが、広大さは空間的な広がりだけではない
少しだけ次元がずれれば、全く別の世界に行きつく
半分だけ次元がずれた場所を幽界と呼び、人間が迷い込んだり、逆に幽界の住人がこちらの世界に迷い込むこともある
そして、更に大きく次元をずらしていけば、天界、魔界などと呼ばれる世界に行きつく
過去に、その世界から知識や物を持ち帰ったことで、魔導法学のブレイクスルーを成し遂げた偉人達も存在する
他にも、異世界イグドラシルや、死者の国である冥界、妖怪や霊的な存在の跋扈する霊界など、次元を超えた先には、宇宙に負けないほどの刺激的な世界が待っているのだ
そして、この世界から次元がずれればずれるほど、基本的には魔素が濃くなっていく
神や悪魔と呼ばれる存在が魔素を使った強力な術を行使することからも、それは明らかである
「ここ、上と呼んでいる施設は基礎訓練と通常の生活を、そして下と呼んでいる施設では実戦訓練としてダンジョンアタックを行う。…それが、ステージ3だ」
「下…」
下ってことは、ダンジョンの入口は地下にあるってことなのか?
ダンジョンは、その体の次元を少しずつずらしていくことで、天界や魔界に近づけて行き、濃い魔素をを吸収している
そして、階層が深くなればなるほど次元のずれが大きくなっていき、魔素が濃くなっていく
そして写真のフォーカスのように、次元がピッタリ重なった場所では、その次元のモンスターがダンジョン内の空間に入り込むことができる
これらのモンスターとダンジョン内の人間は互いに干渉することができ、縄張りを荒らした侵入者として襲ってくるのだ
ただし、次元が重なり合った場所はそのフロア内のみであり、フロアを繋ぐ階段は次元がずれている
つまり、階段まで行くとフロアのモンスターと干渉することが出来なくなり、突然消えたように感じる
逆にフロア内にいれば、重なり合ったエリアにモンスターが入り込むことで人間との干渉が可能になる
人間から見ると、そのエリアに入り込んだモンスターが突然ダンジョン内の空間から現れたように見える
昔はダンジョンがモンスターを産み出す等と言われていたが、このモンスターの現れ方が理由だ
「このダンジョンは地下十階にダンジョンコアがある。そこを目指すことが目標だ」
「地下十階…」
「明日からはさっそく基礎訓練を開始する。強化兵の訓練は、被検体の適性やタイプを見てそれぞれ行っていく」
「えっ…!?」
タルヤがおびえた顔をする
「基礎訓練は、全ての被検体が終了を熱望する内容だ」
「熱望…?」
どんな内容なんだ?
どう考えても、やりたくない訓練なのは間違いない
「そして、基礎訓練を終了した後は実戦訓練だ。ダンジョンアタックは、こちらで指定した被検体のメンバーとパーティを組む」
「パーティ…」
勝手にパーティを決められるのか
タルヤと組みたいけど、難しそうだな…
「実戦訓練…、ダンジョンアタックで結果が残せない者は、また基礎訓練に戻ってもらう。そして、また実戦訓練…、卒業できるまではその繰り返した」
「…」 「…」
俺とタルヤは、互いに顔を見合わせる
「お前達の健闘を祈る。ここまで来たのだから、立派な強化兵士となることを期待している」
そう言って、トラビス教官は行ってしまった
「ラーズ…」
タルヤが、不安そうな顔をする
「タルヤ、生き残ろう。俺達は、その方法をヘルマンから習ったんだから」
「…そうね。ラーズ、絶対に生きて、また会おうね」
「もちろんだよ」
俺達は握手をして、それぞれ個室に向かった
三章開始です!