二章~34話 ヘルマン
用語説明w
輪力:霊力と氣力の合力で特技の源の力
ヘルマン:ドラゴンタイプの変異体。魚人のおっさんで元忍者、過去に神らしきものの教団に所属していた
タルヤ:エスパータイプの変異体。ノーマンの女性で、何かに依存することで精神の平衡を保っている
タルヤと診療室に走って向かう
「診療室で、容体が急変したってナースさんが教えてくれたの」
「…っ!?」
診療室のドアを開けると、ヘルマンがベッドに横になっていた
「さっき意識が戻ったわ」
ナースさんが、ヘルマンの点滴を変えている
「ヘルマンは…」
「おそらく、もう一度意識を失ったら二度と目覚めることはないわ…」
ナースさんが冷静に言う
「そんな…」
タルヤが天井を仰ぐ
「急に何が起こったんですか? 突然、こんな…」
「突然じゃないわ。ヘルマンは、ずっと体調不調で診療室に通っていたのよ」
「…え?」
「伝えてなかったのなら、あなた達に心配をかけたくなかったんじゃないかしら」
ヘルマンは、ステージ2に上がってから体調が良くなったと思っていた
だが、そういえばステージ1でも吐血をしていた
「ここの施設ではたまにいるんだけど、変異体因子を無理やり覚醒させられると体に悪影響が出る場合があるの。…へルマンの体はもうボロボロよ」
ナースさんが説明する
「…」
「あなた達は仲が良かったんでしょ? この施設で絆ができるってあまりないことなの。最期の時間を一緒にいてあげて?」
そう言って、ナースさんは診療室を出て行った
気を使って俺達だけにしてくれたのか
カーテンを開けると、ヘルマンが目を開けた
「ああ…、ラーズ、タルヤ…」
「…いつから、そんなに体調が悪かったんですか?」
「…ステージ1から体調は悪かったんだがな。ここ数日で一気にな…」
ヘルマンがため息をつく
「ゆっくり休んで、早く元気になってよね。まだ、ナイフ術を最後まで教わってないんだから」
タルヤが言う
「…すまないな。自分の体だ、自分でよくわかるさ」
ヘルマンが、静かに笑った
「ヘルマン…」
「…俺は死ぬ。だから、その前にお前に頼みたいことがあるんだ」
ヘルマンが真剣な顔で俺の目を見た
「俺に? 何ですか?」
「ここの施設を出たら、俺の息子に会ってほしい」
「息子さんに?」
「ああ。息子に、俺が愛していたと伝えて欲しいんだ。一緒にいてはやれなかったからな」
「…分かりました。クレハナにいるんですか?」
「そうだと思う。名前はウィリン。ウィリン・カミネロ、今年十八歳だ」
「絶対に探し出して伝えます。安心してください」
ヘルマンには、数えきれない恩ができた
息子さんを探し、言葉を伝えるくらいでは返しきれない恩だ
「この施設に、俺が使っていたジャマハダルを預けてある。もし、返してもらえるなら息子に渡してくれ。親父の形見だってな」
「分かりました」
「ありがとう。実は、こうなった時のために、ラーズに恩を売っておいたというのも、武術を教えた理由の一つなんだ」
頼みごとが終わると、ヘルマンは安心した顔になる
心残りだったのだろう
ステージ2に上がった直後に、なぜ武術を俺に教えてくれるのか聞いたら、そういえば恩を売りたいと言っていた
「まだ、ヘルマンから教わりたいことがいろいろあるんですよ。忍術も教わってみかったですし」
「ラーズは輪力が使えないんだろ?」
「た、確かに輪力は使えませんが、輪力を使わない、普通の忍術もあるわけですよね?」
「俺は、幻覚剤を散布しての錯乱効果ぐらいしか使っていなかった。忍術なんて、要は暗殺技術だから教えるような技術でもないぞ」
ヘルマンが首を振る
「忍術ってどんなものがあるの?」
タルヤが聞く
忍術
輪力を使った特技としての忍術と、技術としての忍術がある
ヘルマンの幻覚剤の散布は輪力を必要としない、技術としての忍術だ
他にも、虫や鳥を操ったり、地形を利用したり多岐に渡る
特技としての忍術は、その他の特技とは違いがあり遁術と呼ばれている
属性を持ちそれぞれ火遁や土遁などと呼ばれる
遁術の特徴は、肉体と霊体に発動術式を直接書き込むことだ(特殊な刺青のようなもの)
霊力と氣力を効率よく混ぜ合わせて輪力とし、一つの遁術として発動できる
反面、その術式で発動できる術が決まってしまうというデメリットもある
遁術の術式を体に書き込み、別の特技を習得して併用することももちろん可能だ
「…基本はこんな所だ。ただ、忍術や暗殺術なんてものは人に教えるものじゃないから、例外は多いにあり得る。忍者と相対したらどんな攻撃をしてくるかは分からないと思った方がいい」
そう言いながら、へルマンが左の前腕を俺達に見せる
すると、刺青のような模様が浮かび上がった
「それが書き込まれた術式…。どんな忍術なんですか?」
「土遁土竜成り。柔らかい土の地面なら、大穴を開けて隠れたり落とし穴が作れる遁術だ」
「銃弾からも身を隠せるし便利そうですね。でも、この施設の床だと固すぎて使えないのか…」
「忍術は確かに便利だが、戦闘能力ではナウカ家の魔人の方がよっぽど危険だ。クレハナでは用心しろ」
「ウィリン君はウルラ家の領地にいるんですよね?」
「そうだ。ドミオール院という養護施設に入っていたが、その後どうなったか…。ナウカ家が攻めてきてなければいいんだがな」
「…大丈夫ですよ。ちゃんと会ってきますから」
「ナウカ家のマサカドの勢力にだけは気をつけろ。魔人化したBランクの戦闘員、戦闘狂で虐殺者だ」
「マサカド…」
「ごほっ…」
ヘルマンが咳き込むと、口から血液の飛沫が飛び散る
「ヘルマン!」
「ヘルマン…」
タルヤが涙ぐむ
そんなタルヤをへルマンが見上げる
「タルヤ、お前は強くなった」
「ううん、ヘルマンとラーズが助けてくれたから…」
タルヤが首を振る
「…タルヤ、俺達三人の強みが何か分かるか?」
「え…」
「それは継続力だ。俺達は、自棄にならずに必要なことを見極めて努力をしてきた。武術、サイキックとな」
「継続力…」
「ステージ3や今後の人生で、また壁にぶつかるときは来る。その時は、自棄にならずに継続すべき努力を冷静に見極めろ」
「はい…」
「ここの被検体は、全員が強化人間だ。体は強いが、苦難を乗り越える努力をしていない。だから精神から先に壊れてしまうんだ。…だが、お前達ならそうはならない、もう頑張り方を知っているからな」
そう言って、ヘルマンがタルヤの頭に手を置く
タルヤが我慢できずに泣き出した
ヘルマンはタルヤを娘みたいに感じていたのかもしれない
「ラーズ」
ヘルマンが俺を呼ぶ
「はい」
「お前のトリガーについてなんだが…」
トリガー
たまに入る、俺の精神的なスイッチのこと
戦闘本能というべきか、高揚感と興奮で殺意にリミッターがかからなくなる
「今後はトリガーを意図的に使うように意識しろ」
「意図的にですか?」
「そうだ。トリガーを勝手に発動させるな、いつか足元を掬われる。トリガーは最終手段として、一か八かの時に使え」
「追い詰められた時ってことですね」
ヘルマンが頷く
「理性を失うんだ、トリガーを使って生き残る可能性はよくても三割と考えろ。使っていいのは生き残る確率が三割未満のときだけだ」
「…はい」
理性を失う、それは危険な行為だ
本当にギリギリの時に、賭けとして使うということか
「そして、理想は意識を残してブチ切れるべきだな。少しでも、意識を残せるように意識してみろ」
「…そうですね」
ここまで話すと、ヘルマンはベッドに体を横たえた
もう、体を起こしているのも辛そうだ
「…俺は、この施設で変わっちまった。無力感になれ、何の希望も持たず、期待もせずに過ごしてきた」
ヘルマンが遠い目をする
「…」
「人間が、期待もしない、希望もないなんて生活は異常だ。そんな状況に慣れれば、精神的におかしくなっちまう。だが、お前達に会ってから、お前達の成長が俺の期待に変わった。俺はまた、期待することができるようになったんだ」
「ヘルマン…」
「いいか、お前達はまだ間に合う。絶対に俺みたいに順応するな、必ずこの施設を出ろ」
「はい…」
俺とタルヤが頷く
「ごほっ…」
ヘルマンは、時々血の混じった咳をしている
どんどん顔色が悪くなっている
だが、俺達は他愛のない話を続けた
ヘルマンと会話ができる最後の機会だからだ
「…ヘルマンって話し方や教え方が上手だけど、教育の経験でもあるの?」
タルヤが尋ねる
確かに、ヘルマンは教えるのが上手だ
忍者組織で戦闘指導をしていたと言っていたが、それだけではないのかもしれない
「昔、教団がらみの仕事で、子供に戦闘術を教えたことがあるくらいだな。だが、お前達の実力が伸びたのは、お前たち自身の意欲の賜物だぞ」
ヘルマンが笑う
ヘルマンのペースで、ゆっくりと話す
ヘルマンは、時折辛そうな顔をしながらも話を止めなかった
…そして、しばらくすると、ヘルマンが穏やかに意識を失った
数時間後、ヘルマンは静かに息を引き取った
参照事項
恩を売る
二章~4話 身体能力の把握
忍術
閑話5 クレハナの実家




