二章~32話 十回目の選別
用語説明w
ドラゴンタイプ:身体能力とサイキック、五感が強化されたバランスタイプの変異体。背中から一対の触手が生えた身体拡張が特徴
エスパータイプ:脳力に特化した変異体。サイキック能力とテレパスを含めた感覚器が発達し、脳を巨大化させるため額から上の頭骨が常人より伸びる
流星錘:三メートルほどの紐の先に、細長い重りである錘が付いた武器。錘にはフックが付いており、引っかけることもできる
一晩休むと、ヘルマンの体調はかなり良くなっていた
「よかった。顔色が大分良くなったわ」
タルヤが言う
「…ああ、心配かけたな」
ヘルマンが頭をかいた
「しばらく、ヘルマンは安静にしていてください。俺とタルヤで訓練は続けますから」
俺が言った直後
ピーーーーピーーーーピーーーー!
…警報が鳴り響いた
「…っ!?」 「選別だ!」
俺とタルヤは、身につけていた武器を確認する
「ヘルマンは診療室から出ないで! 診療室は、選別中はいつも鍵がかかるから安全なはずよ」
タルヤがヘルマンに言う
だが…
「いや、俺も行く。お前達の戦いを見ておきたい」
ヘルマンが、ゆっくりと立ち上がった
「ヘルマン…、でも体が!」
「ああ、やはり倦怠感がある。だから、今日はラーズとタルヤで襲撃者の相手を頼む。俺はフォローに回らせてもらう」
「…分かりました。行きましょう」
説得する時間も惜しい
俺達は、運動場近くの廊下に陣取った
「ラーズ、一人向かってくるわ」
「分かった」
タルヤの索敵で、俺は流星錘を構えて前にでる
エスパーの索敵は範囲が広い
ドラゴンの五感での索敵よりも早く感知できる
不意打ちを受けない、これは大きなアドバンテージだ
近づいてくる襲撃者は、金属の臭い、金属音、金属製のアーマー、金属の武器だ
ドラゴンの五感も、事前に敵の情報を集められる貴重なアドバンテージだ
シャムシールという、湾曲した細身の片刃剣をを持った襲撃者が前から現れた
胸当て、肩当、二の腕にも装甲がある
防具持ち、嫌いなんだよな…
だが、俺には射程というアドバンテージがある
先手を取る
右手で隠した流星錘を、左手のナイフをフェイントにして投げつける
ガキィッ!
「ぐわっ!」
顔を狙ったのだが、シャムシール使いが防御した右の前腕に当たる
シャムシールが届く間際の距離まで詰め、流星錘をフレイルのように振って叩きつける
上体を逸らして避けたシャムシール使いが、踏み込んで剣を振り下ろす
よし、動きがしっかり見える
その踏み込みに合わせて、俺は前に出る
「…っ!?」
ゴガッ!
お互いの前進により、距離が詰まる
俺は剣を持った前腕を掴んで、手首を中心に捻るように投げる
剣で人間を切る場合は、骨を断つために体重と力を乗せなければならない
つまり、殺す技というのはあえて重心とバランスを崩している
バランスを崩して体重を乗せないと、人を殺せる威力が出ないからだ
そこを見切ることで、簡単に相手の勢いを利用できる
ゴキィッ!
投げ落とした直後に、喉を踏み折って止めを刺す
「ラーズ! もう二人、そっちから来るわ」
タルヤの声
くそ、追加か
「タルヤ、少し下がって敵をおびき寄せてくれ」
俺はこと切れたシャムシール使いを見下ろす
武の意識、それはどんなものも利用すること
戦闘、急所、騙し、隠れ、膨大な選択肢の中から自分の有利さを見つけ出すことだ
「…」
悪いが、俺がアドバンテージを取るために利用させてもらう
俺はシャムシール使いの喉を掻っ切ると、周囲に血だまりが広がった
「ラーズ…!?」 「…」
それをタルヤが驚いた顔で、ヘルマンが無言で見ている
だが、二人とも俺を信じて少し後ろに下がる
俺は、あえて血だまりの中に体を寝かせた
…すぐに、襲撃者の足の音が聞こえてきた
タルヤの言う通り二人だ
廊下には血だまり
横たわった俺とシャムシール使いの死体を一瞥すると、二人の襲撃者はタルヤとヘルマンの方に向う
静かに、そして出来る限り素早く起き上がると、俺は襲撃者の後ろから流星錘を投げつける
ゴッ!
「ぐあぁっ!?」
後ろを走っていた背の高い男の肩に直撃、そこから紐を波打たせて錘を肩の前に乗せる
そして、思いっきり紐を引っ張ると…
「ぎゃあぁぁっ!!」
錘から飛び出た細いフックが肉に食い込み、鉤爪のように引っかかる
痛みで引き倒されて仰向けになった襲撃者に走り、顔面を踏みつける
同時に、抜いていたナイフを胸にぶっ刺す
よし、あと一人
チラッと見ると、ヘルマンが壁に寄りかかっている
やはり、まだ完全には体力が回復してはいない
タルヤが、スーッと精力の腕を俺の頭に伸ばしてきた
『…どうする? 私が前に出て、ラーズが後ろから隙を突く?』
タルヤが思念を送って来る
テレパスを使った念波だ
「いや、タルヤはいざいう時のためにヘルマンの防御に集中してくれ」
俺は思念を返し、もう一人の襲撃者にアピールする
俺とやろうぜ
来い来いというジェスチャーだ
襲撃者が応じる
武器は大振りのククリナイフ、刃体が内反りしているくの字の形のナイフだ
…しかし、違和感がある
それだけじゃない、俺の耳と鼻が金属の存在を感じ取っている
だが、俺の武器は流星錘
射程ではアドバンテージがある
警戒しながらも投擲
錘を回転させ、遠心力を使って威力を重視する
ガキィッ!
「何っ!?」
襲撃者が防具を突けていない前腕で錘をガードした
それにもかかわらず、金属音がして錘が弾かれた
こいつ、サイボーグか!
襲撃者が錘を弾いた前腕を俺に向ける
何か仕込んでる!
サイボーグの前腕の横からナイフが引き出され、射程が伸びる
だが、事前に察知できたため、すでに間合いは潰し済み
ナイフを躱して近接戦闘、武の呼吸
つまり、ここが勝負のし所
他の仕込み機能は使わせない、ここで決める
右ストレートでククリナイフを叩き落す
サイボーグが腕でガード、重心を下げて腕のモーターを稼働
モーターによるパンチの威力を、下半身と大地で受け止める
ボォッ!
「…っ!?」
サイボーグの拳が俺の顔の横を通り過ぎ、大気を弾き飛ばす
モーター使った発勁か!?
避けるために頭を下げた勢いで、上体を思いっきり倒しながら右足を上げる
ゴガッ!
カポエイラのような変則の右ハイキックが顔面に入り、サイボーグが壁際まで吹き飛ぶ
冷静に観察しながらのジャブ、同時に間合いを詰める
サイボーグの掴みを歩法で捌き、ミドルキック
左腕を掴んで捻じりながら突き込む
ボグッ!
「ぎゃあぁぁぁっ!!」
左の肩関節が外れ、肘の靭帯がねじ切れる
同時に人口の手首が砕ける音がする
そのまま追撃、アッパー、肘の打ち下ろしでフィニッシュ
サイボーグがズルズルと沈み込んだ
武の呼吸、この近接戦闘を生き延びるための覚悟
勝負所を見極め、攻撃と防御、観察眼の密度を跳ね上げる
代わりに自分の生を差し出す、死と隣り合わせの呼吸
…なんとか使えたな
「タルヤ、他に敵は?」
「大丈夫、こっちにはいないわ」
「そうか…」
もう終わりか
俺達は一息つく
「…敵がいなくて残念そうね?」
タルヤが不思議そうに言う
「少しだけ掴めた武術の動きと呼吸…、すぐに忘れてしまいそうで不安になるんだ…」
マスターしたとは、とてもじゃないが言えない
忘れないように試したい、何度も使いたい…
「ラーズ…」
タルヤの表情を見て、俺ははっと我に返る
あれ、まずい
また変なスイッチが入ってしまった…
だが、この武の呼吸の手ごたえ
これはBランクが相手でも発揮できる技術だ
端的に言えば、相手の観察、自分の身体能力の把握、そして勝負のし所を一定以上のレベルで扱う技術
応用は効くし、モンスター相手でも必要な、基本を高めた技能だ
「…見違えたな。ラーズは今、自分の中の技術が組み合わさって成長している最中だ。それに、錘に付けた鉤爪も使えそうじゃないか」
「はい、予想以上にいいですね。隙も突けますし、応用も広がります」
ヘルマンのアドバイスで、錘に後付けで鉤爪のようなフックをつけてみたのだ
引っかけるという行為は、いろいろと応用が効く
「ラーズの戦い方を見れてよかった。合格だ、もう俺が教えることはないな」
「そんな…、俺なんてまだまだ。ヘルマンの足元にも及ばないですよ」
「そんなことはない。俺の体調が治ったら一戦してみればわかるさ。その気付きで、ラーズは一段上のレベルに上がった」
「ヘルマン…」
ドラゴンタイプの五感で相手の挙動を感じる、全身のセンサーを使いこなす
武の呼吸で、適切な場所への移動、タイミングの見切り、急所の見極めを行う
そして、格闘技の技術による攻撃
確かに、何かが噛み合って、何かを掴んだ
「変異体の身体能力を使いこなして、武の呼吸を得た今のお前に勝てる襲撃者はほぼいないだろうな」
「…誉め過ぎじゃないですか?」
「俺の本音だ。保証するよ」
そう言って、ヘルマンは笑った
「私も褒められたいのに、戦えなかった…」
そして、タルヤがちょっと拗ねていた