二章~31話 ヘルマンの過去
用語説明w
クレハナ:クレハナ:龍神皇国の北に位置する小国。フィーナの故郷で、後継者争いの内戦が激化している
神らしきものの教団:現在の世界は神らしきものに滅ぼされるべきとの教義を持つカルト教団。テロ活動や人体実験など、世界各地で暗躍
ドース:クレハナのウルラ領の領主で、第二位の王位継承権を持つ。フィーナの実父
ヘルマンは俺の顔を見る
「教団のことを?」
「はい、教えてください。…前にも言いましたが、俺の仲間は教団の策略で殺された。教団は俺の仇なんです」
殺意が胸に宿る
意識のスイッチ…、いや、トリガーが入るのが分かる
…絶対に潰す
あの大崩壊に関与した教団関係者は皆殺しだ
しなければならない
「ラーズ…」
タルヤが、また怖がり出した
「え?」
「…殺気を漏らすな。その感情は振りまいていいものじゃない」
ヘルマンが言う
「あ…」
あの時のトラウマは、俺のトリガーとなった
思い出すだけで、殺意のスイッチが入ってしまう
心を落ち着かせて、殺気を消す
それを見て、タルヤがホッとしていた
怖がらせてごめん…
ヘルマンは、やれやれと話し始めた
「俺は、クレハナで忍者として生きて来た。だが、軍の依頼を受けた際にマフィアの報復にあって故郷の集落が皆殺しにされたんだ…」
奇跡的に生き残った息子を連れて、ヘルマンは集落を後にした
軍にもマフィアの内通者がいるかもしれず、助かる道は完全に消息を絶つしかなかった
しかし、幼い子供を連れての放浪は簡単ではない
クレハナは、現在も三つの勢力が後継者争いをしている内戦状態だ
そんな中では、日々の食事の確保も難しい
「俺は忍者としての経験があるため、仕事はどこにでもあった。だが、仕事に行っている間に子供の安全を確保できるかが問題だったんだ」
そんな時、ある組織から声をかけられた
…それが、神らしきものの教団
神らしきものとは、天地歴元年に突然現れ世界を破壊しようとした存在
この教団は神らしきものを神そのものと崇め、現在の世界は神らしきものに滅ぼされた姿が本来の姿であるとして、すぐにでも神らしきものの封印を解き、現在の世界を委ねるべきとの教義を持っている
狂信者を多く持つカルト教団でもあり、各国の政権の批判、テロ活動や人体実験、人身売買など、世界各地で暗躍している
「子供を教団の養護施設で預かる代わりに、忍者として、戦闘員として活動してほしいと誘われた。住む場所と仕事を提供してくれるという話に、俺は飛びついたんだ」
その施設は、神らしきものの教団とは言っても、宗教色はそこまで濃くなかった
どちらかというと、戦災孤児を集めて保護している有志の養護施設であり、そこに教団関係者が出資しているといった状況だった
クレハナには神らしきものの教団の活動が無かった国だ
ヘルマンは生まれも育ちもクレハナのため、教団の名前も実体も知らなかった
「仕事自体は、普通の諜報活動、内戦などの戦闘時の斥候、モンスター狩りなど、普通の忍者としての活動と変わらなかった」
そんな生活を続けていたある日、教団の人間がヘルマンの住んでいた養護施設にやって来た
要件はヘルマンの勧誘
仕事内容は、より高度な仕事と実験だった
「高度な仕事と実験?」
タルヤが聞き返す
「そうだ。高度な仕事とは、忍者として正式に雇いたいという者がいるという話だった。危険は増えるが収入が上がる、悪くない話だった」
「…実験というのは?」
多分、ここに来ることになった原因の…
「変異体因子の覚醒実験だ」
ヘルマンが頷く
その後、ヘルマンは新たな雇い主と雇用契約を結んだ
その依頼をこなしながら、覚醒実験を受けることとなったのだ
「変異体因子の覚醒実験…。人為的に変異体因子を覚醒なんて、そんなことができるの?」
タルヤが尋ねる
「この実験を持ちかけて来たのは教団から派遣されてきた人間だった。おそらくだが、教団の本部の人間なのだろう。投薬や魔力の注入、氣脈操作などいろいろなことを試された。クレハナ内に作られた新しい教団の施設内には、俺の他にも何人もの被験者がいたよ」
「その内、何人が覚醒したんですか?」
「覚醒率は1パーセント程度と言っていたな。結局、俺の他にも二人ほど覚醒したらしいが、この施設では見ていない」
「…もしかして、急に体調が悪くなったのはその実験のせいじゃ?」
タルヤが心配そうに言う
「…覚醒実験で無理やり変異体因子を覚醒させ、五年もこの施設で体をいじられたからな。可能性は否定できない」
ヘルマンがため息をつく
「…」 「…」
俺とタルヤは何も言えない
ヘルマンには、多くのものを教わった
俺は格闘技を学んできたが、武術の先生は間違いなくヘルマンだ
体調不調なんかに負けて欲しくない
持ち直してほしい
「そんな顔をするな、俺も別に死ぬ気はないさ」
ヘルマンが笑う
「それに、もし万が一俺が死んだとしても、お前たちならステージ3を生き残れる」
「縁起でもないこと言わないでよ…」
タルヤが泣きそうな顔になる
「ステージ2に来てからは充実していたよ。ラーズ、タルヤ、そしてガマルの成長…、やりがいがあった。一番伸びたのは、間違いなくタルヤだったな」
ヘルマンがタルヤに言う
「え…、私なんて。ラーズの足元にも及ばないわ」
「俺が言っているのは成長の度合いだ。ラーズは元から積み重ねて来た技術を武術として再編成しただけで、俺はその手伝いをしたに過ぎない。だが、タルヤは間違いなく俺が一から教えたからな」
「ヘルマン…」
タルヤが涙ぐむ
ちょっと嫉妬しちゃうな
だが、タルヤがヘルマンによって変わったのは間違いない
「お前達を見て、自分がこの施設に順応してしまったことを実感したよ。俺には、絶対に出てやる、生き抜いてうやるっていう、ギラギラした感情が無くなっていた。やってやるという気力が無くなっていたんだ」
「そんな…。ヘルマンがいなかったら、俺達だって…」
俺はタルヤと頷く
ヘルマンの共同訓練が無かったら、間違いなく心が折れていた
どうやって頑張ったらいいのか、これが分からなければ頑張りようがない
「でも、教団って、ラーズが言うほど悪いことはしてなかったのね」
タルヤが言う
「それまでは、クレハナ国内で教団の活動は無かった新参の宗教だったからな。王家の一つであるウルラ家が領内での活動を認めたことで、初めてクレハナに拠点を作ったらしい。と、言っても十何年も前の話だがな」
…いやいや、待てよ?
ウルラ家が神らしきものの教団の活動を認めただと?
ウルラ家って、フィーナの家系だぞ!?
「ヘルマンは、教団の活動には参加していなかったんですか?」
「俺が関わったのは、変異体因子の覚醒実験くらいだ。後は、ウルラ家の勢力から依頼を仲介されて忍者として活動していた。内戦が激化して、諜報活動や戦場の仕事には事欠かなかったからな」
「ウルラ家…」
ウルラ家
フィーナの父親、ドース・ウルラの家系で、クレハナの王位継承権を争っている精力の一つ
そうか、ヘルマンはドースさんの勢力で活動していたのか…
「ウルラ家は、忍者をクレハナの財産として保護してくれている家柄だ。だから、忍者である俺は安心して雇用契約に応じられたんだ」
フィーナの家系って、忍者を保護してるのか
知らなかったな
クレハナでは、三つの勢力が争っている
ウルラ家 忍者と忍術
ナウカ家 鬼憑きによる魔人化技術
コクル家 守護神ロウ
と、それぞれが特色ある技術と戦力を持っている
「クレハナの内戦も長いですもんね。俺が騎士学園に通っていた時にはすでに内戦が始まっていましたよ」
あの頃は、同級生だったフィーナがいつもクレハナの心配をしていた
ウルラ家のお姫様と付き合っていたと言ったら、ヘルマンはどんな顔をするだろう
「ああ、酷い戦いがどこでにも起こっていた。特に、ナウカ家の魔人たちの戦闘力が異常だ。当時は、ウルラ家が龍神皇国から兵器を輸入し始めて何とか持ち直していたがな」
「ナウカ家の魔人…。ヘルマンほどの腕を持つ忍者でも、厳しかったんですか?」
ヘルマンは、忍術と呼ばれる特殊な特技、土属性魔法などを使えると言っていた
しかも、とてつもない武術、武器術を習得している
「魔人ってのは、人間をモンスターに変えてしまうような技術でな。高位の者はBランクの実力を持っているし、純粋な戦闘力じゃ諜報や斥候に特化した忍者は勝負にならないな」
「…」
クレハナの戦争も、あの大崩壊に負けず劣らず一筋縄ではいかないようだな
忍者、へルマンの集落
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閑話5 クレハナの実家