二章~30話 チャクラ封印練
用語説明w
魔導法学の三大基本作用力:精神の力である精力、肉体の氣脈の力である氣力、霊体の力である霊力のこと
俺達は、倒れたヘルマンを急いで診療室へ連れて行く
「ヘルマン!」
呼び掛けても、ヘルマンの意識が無い
急にどうしたっていうんだ!?
「こっちへ寝かせて!」
ナースさんが三人来てくれ、ヘルマンの応急処置を行ってくれる
点滴と検査が行われているが、俺達はただ見ていることしかできない
「ヘルマン、ここ数日顔色が悪かったわ…」
「そうだね。言われてみれば選別の時も動きが悪かった。ヘルマンが強過ぎるから気が付かなかったんだ」
ヘルマンの不調の兆候はあった
だが、選別を乗り越えるのに必死で見過ごしてしまっていた
「ヘルマンが倒れただと?」
診療室のドアが開き、一人の男が入って来た
Bランクの教官、トラビスだった
「…どうしてここに?」
「教官として、強化兵候補の容体を気にするのは当然だ」
トラビス教官は無機質に答える
「応急処置は終わりました。容体は安定しましたが、しばらくは安静にしている必要がありますわ」
ナースさんがトラビス教官に説明する
「そうか…。ヘルマンは、変異体としての完成度は低いが、戦闘技術が高い。なんとか殺さないように頼む」
「最善を尽くします」
ナースさんが頭を下げた
「…お前達、今日はこの診療室を使っていい。ヘルマンについていてやれ」
「え…」 「は…」
トラビス教官の意外な言葉に、俺達は驚いてしまった
え、いいの?
「本来のステージ2での想定ではなかったが、ヘルマンのおかげでラーズの実力は上がった。そして、精肉候補だったタルヤもステージ3へ上がれそうだ。その功績に免じてだ」
「ど、どういうことですか…?」
タルヤが、精肉という言葉に反応し、表情をこわばらせる
「ラーズはともかく、タルヤ。お前はヘルマンがいなければ、間違いなく精神を病んで選別で死んでいただろう」
「…」
それを聞いてタルヤは黙ってしまう
俺もそう思う
ヘルマンと訓練をはじめたことで、タルヤは変わった
一番の変化は精神的な強さ、前向きさを手に入れたこと
死の恐怖におびえていたタルヤに、気力という強さを与えたのだ
「あの…」
俺は、意を決して口を開く
「何だ?」
「ヘルマンを一般の病院に入院させるわけにはいかないのでしょうか? 適切な治療を受けさせれば、回復の可能性も…」
「それはできない」
トラビス教官が俺の言葉を遮る
「え…」
「変異体の体は機密情報の塊だ。それに、被検体がこの施設から出るためにはステージ3を終えた時だけだ」
「…」
ヘルマンは、この施設で体調がおかしくなってるんだぞ
明らかに原因があるのに…
「それに、ヘルマンのような体調の変化は重要なデータとなる。今後、被検体の強制進化に役立てられる。無駄にはならない」
…要は、ヘルマンを使い潰すってことか!?
このまま、ただ見てることしかできないのかよ
言葉を失った俺達を、トラビス教官が見据える
「特別に教えておこう。お前達はまもなくステージ3に上げる」
「…っ!!」 「な…!」
ステージ3…、ついに…!
「でも、ヘルマンは?」
タルヤが心配そうに聞く
「…体調次第だ。回復すれば、ヘルマンも上げる」
「…」
そうか…
三人同時に、ステージ3に上がれるのか
俺達はガマルの分も、先に進まなければならない
「…もちろん、このことは他言無用だ。ステージ3に上がる前に、体調を整えておけ」
そう言いながら、トラビス教官は闘氣を纏った
ゾワッ…!
「ひっ…!!」
闘氣を纏った生物に対する本能的な恐怖
闘氣は強者を表現する
プレッシャーをかけたかったのだろうか
俺達に向けて放たれた闘氣の圧で、タルヤがへたり込んでしまった
ナースさん達も震えている
怖いな…
Bランクのプレッシャー、闘氣のプレッシャーは、相変わらずだ
・・・・・・
トラビスが出て行くのを見送ると、やっと俺達は一息ついた
「…D27、ヘルマンの容体は決して良くはないの。変化があったらすぐに知らせてね?」
「分かりました」
俺達は診療室を出て行くナースさんに頭を下げた
「…世話をかけちまったな」
寝ていたと思っていたヘルマンが、突然口を開いた
「ヘルマン、目が覚めていたの?」
タルヤがヘルマンの顔を見る
「さっきのトラビスの闘氣で目が覚めたんだ」
Bランクの闘氣のプレッシャー
…確かに、あれは目が覚めるか
「怖かったわ…」
タルヤがため息をつく
「ラーズは平気そうだったな?」
ヘルマンが俺に言う
「いや、やっぱり怖いですよ、闘氣は」
闘氣は強い
拳や剣どころか、銃弾や爆弾、魔法でもダメージを追わない
Bランクともなれば、戦車の砲撃でも無傷だ
闘氣を纏われたらバリアのように作用し、ダメージを与える術が無くなる
更に、身体能力も格段にアップするため移動速度も上がり、逃げることも難しくなる
「…もしかして、お前はBランクとの戦闘経験があるのか?」
へルマンが俺を見る
…相変わらずヘルマンは鋭い
経験がある、それは強さだ
ある程度の予想ができるだけで、人間は動きの効率を上げられる
逆に、予想ができない、想定外の状況では効率が格段に下がる
相手が未経験か否か、この嗅覚は忍者にとって必須なのかもしれない
「軍時代に何度か経験はあります。劣化Bランクを、仲間と共にハメて倒しただけですけどね」
「劣化Bランク?」
劣化Bランク
軍時代に量産型Bランクと呼称していた戦闘員
外部から魔力エネルギーを受け取る強化紋章を使い、溢れる魔力を纏って闘氣のように防御力や身体能力を上げていた
常人にBランク並みの戦闘力を持たせられるが、体が過剰な魔力に耐えられずに崩壊してしまう、使い捨ての戦闘員だった
「使い捨てって、そんな…」
タルヤが驚く
「この技術は、ヘルマンがいた神らしきものの教団と、龍神皇国の貴族が作り上げたものでした。教団の熱心な信者を洗脳して量産型Bランクにしていたみたいですね」
「教団が…」
ヘルマンが唸った
ヘルマンは、この施設に来る前は神らしきものの教団に身を寄せていた
胸倉を掴んでしまった手前、気まずくて教団について聞けていなかった
「ラーズは闘氣が使えないんでしょ? それでBランクを倒すなんて…」
タルヤが感心している
毎回大博打を打っての薄氷の上の勝利だったから、凄いと言われると微妙な所なんだけどな
「そういえば、ラーズは魔法や特技も使えないと言っていたな」
「ええ、そうなんです。俺は霊力と氣力が封印されていて、極端に低くなっているんですよ」
「封印?」
「はい。チャクラ封印練という封印をしているんです」
チャクラ封印練
自分自身の霊力と氣力を意図的に九割ほど封印する鍛錬方法
霊力と氣力は人体に必要なエネルギーであり、九割カットは生存に支障が出てくるレベルだ
この状態では、人体が霊力と氣力の生産量を増やそうとし続け、結果として総量を上げることができる可能性がある
必然的に、霊力を使う魔力、氣力を使う闘力、この二つを使う輪力の上昇も見込まれる
すぐに効果が出るような都合のいい鍛錬ではないため、十年以上の封印期間が必要になる
「でも、なんでそんな封印をしたの? まるで、Bランクがするような鍛錬じゃない」
タルヤが聞いてくる
もっともな疑問だろう
「…俺は昔、Bランクの騎士を目指していたんだ」
「騎士ですって?」
「うん。ギアにある、ボリュガ・バウド騎士学園っていう騎士を養成する学園に通っていたんだ」
「えぇっ…、ブリトンにある、あの学園!?」
ボリュガ・バウド騎士学園
ギアにある俺の母校で、魔法、特技、闘氣を習得し、Bランクの騎士となることを目的とする学園
十歳で入学する九年制で、全寮制
卒業生は、各国のBランク戦闘員として活躍することが多い
「それなら、何でラーズはBランクになってないんだ?」
ヘルマンが聞く
「…単純に才能が無かったんです。同級生も才能あふれる奴ばかりで、どうしようもない自分が嫌でしょうがなかった」
魔法の威力と回数を決める魔力
特技の威力と回数を決める輪力
闘氣の強度と持続時間を決める闘力
…全てが少ない
そして、その差を覆すようなセンスを持っていたわけでもない
「俺の才能じゃ騎士にはなれない。…そんな壁にぶつかっていた時に、ある竜騎士と出会ったんです」
「竜騎士?」
タルヤが聞き返す
「うん。ハカルという国の北に竜騎士の里があって、そこの出身だって言ってた。俺を見て、昔の自分を重ねたって…」
その竜騎士は言った
自分も昔は力が無かった
だから、十年以上をかけてステータスを引き上げた
…望むなら、その方法を教えてやる
「その方法がチャクラ封印練か」
ヘルマンが言う
「はい。それで、どうせBランクになれないなら、十年を賭けて勝負してみてもいいかと思ったんです。そして、Bランクとは違う強さを求めて軍に入りました」
俺は学園を卒業後、同級生のように騎士の道には進まずチャクラ封印練を行った
当然、闘氣を使え無くなれば騎士としての道は閉ざされる
俺は、一般の大学に進み、卒業後に軍に就職したというわけだ
「ラーズが元Bランクだったなんて…」
タルヤが驚いている
軍時代も、この話をしたら仲間が驚いていたな
懐かしい
「前に、魔法や特技を学んでも使えないって言ってたのは、そういうことだったんだな」
ヘルマンが納得したようにうなずいた
「次はヘルマンの番ですよ。教団時代のこと、教えて下さい」
神らしきものの教団
一章~22話 記憶の蓋
魔法も特技も使えない
一章~35話 ステージアップ(1→2)