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二章~28話 九回目の選別

用語説明w

流星錘(りゅうせいすい):三メートルほどの紐の先に、細長い重りである錘が付いた武器



ピーーーーピーーーーピーーーー!



突然、響き渡る警報

選別開始の放送だ



「よし、助かった。検診を後回しにできる」

ヘルマンが立ち上がる


ナースさんの検診に行かない方法…

俺のナノマシンシステムを守るための方法を考えていたのだが、いい方法が思い付かない

注射を断る方法って、何かあるか?


「とりあえず、選別を乗り越えましょ」

タルヤもナイフを確認している


「ラーズ、選別が終わるまで猶予期間が延びた。何か考えてみろ。思い付かなかったら、タルヤにナイフをぶっ刺してもらって怪我をするしかないな」


「え!?」


「現状、怪我を作るくらいしか注射を先延ばしにする方法が思い付かない。これも一時しのぎだし、怪我があっても注射される可能性はあるがな…」


うう…、嫌だな

何か方法は無いものか…



「よし、そろそろ行くぞ。態勢を取って迎え撃たないと危険だ」

ヘルマンの言葉に頷いて、俺達は部屋を出る


運動場近くの廊下に陣取り、タルヤのテレパスによる索敵

両側を俺とヘルマンが守る、いつもの陣形だ


後ろを取られない陣形を組める

これだけで、かなり生存率は上がる


俺達は変異体、一対一なら身体能力で有利

武器での不意討ちが一番危険だ



「ヘルマン!?」

タルヤの声に振り向くと、ヘルマンが壁に手をついている


「ど、どうした?」


「ヘルマンがふらついて…、大丈夫なの? 最近、顔色もずっと悪いし」


「大丈夫だ、ちょっとふらついただけだ…」

そう言って、ヘルマンはジャマハダルを持った


「…タルヤ、今日はヘルマンのフォロー入ってくれ。こっちは俺が死守する」


「分かった」

タルヤが頷く


ヘルマンが何かを言いかける

その時…


「来たわ! 一人、ラーズ方向!」

タルヤの索敵に襲撃者が引っ掛かった


俺が前に出る



前から現れたのは、細身の男だ

手には一メートルほどの棒を持っている


お互いの姿を認め、構えを取る

言葉はいらない、やることは一つ



「しっ!」


流星錘を投げつける


引き戻しながら体を回転、遠心力で叩きつける



ボッ!


躱しながら棒による突き



この男は杖術使いだ

ただの棒を使う、ただそれだけの武器術

この棒は杖と呼ばれている


だが杖術は、突かば槍、払えば薙刀、持たば太刀と言われ、槍、薙刀、太刀の使い方を含む応用に富んだ技術だ



上からの振り下ろし、持ち手を滑らせての下段の払い


俺はバックステップからの錘の投擲


男が踏み込んで躱し、杖術の突き


体捌きから、ノールックで錘を投げつける



ガッ!


「くっ…!」



男がギリギリで反応し、杖で錘を防ぐ

見ないで投げる、単純だが意表を突ける技だ


そのまま、体軸を捻って体重を乗せたローキック


男をぐらつかせる

カウンターの杖の振り下ろしをバックステップ



格闘技で一撃必殺は難しい

どんなにパンチ力があっても、ガードの上からKOすることは難しいからだ

だからこそコンビネーションやカウンターで、攻撃を直撃させる必要がある


だが、武器術だと肉体でのガードは基本的にできない

つまり、ガードをされたとしても、武術ならお互いにKOが容易となる


()()()()()()()()

そのために集中力をあげ、一瞬の隙を作り出す

この重要性が、武術と格闘技の大きな違いだ



タイミングを探しながら、男が徐々に間合いを詰める

俺は短く持った流星錘を、重力に任せて落とす



「…!」


男が落ちる錘に反応



かかった、視線の誘導だ!


俺は左手で投げナイフを投げつける



利き腕ではないので上手く投げナイフが飛ばないが、杖で防御させることができた


もう一度、俺のターン


下に垂らした流星錘が、俺の足元の位置にある



ゴッ!

バキィッ!


「なっ…!?」



俺は流星錘を右足で蹴り飛ばす

勢いが乗った錘が杖を叩き折った


チャンス!

そのまま飛び込み、錘を引く


近接戦闘、折れた杖で俺と戦えるか!?



錘を握り込んでのパンチ


男が反応、折れた杖を振るう



「…っ!?」


二本の短くなった杖での連続攻撃



こ、こいつ、折れた杖を使いこなしている

スティック術も使うのか!



ドガッ!



威力を乗せたミドルキックを二の腕に叩き込む


集中


男の構えから弱点を選別

スティックを振り始めるより早く終わらせる!



足首を返しながら、男のサイドに踏み込む


同時にスナップを効かせて左右のパンチを金的、水月へと繋げる



「ーーーっ!!」


男は激痛で硬直し、口から泡を吹きながらも歯を食いしばる


そして、スティックでの打撃


だが、痛みに襲われると、腕は動かせても足は動かない

半歩左に移動するだけで、攻撃の有効範囲から外れることができる


力まず、静かに右拳を突きだす

同時に右足を半歩踏み出して大地で体を支える



ドッ………



崩拳


拳が脇腹にめり込み、肋骨を破って肺を潰す

男の体が弛緩して垂直に崩れ落ちた


理想的なタイミング、効率的な発勁、そして変異体の筋力


俺は、素手で人体を壊せてしまう


…そういう力を手に入れてしまった

俺はもう、普通の人間ではなくなったことを改めて実感する



振り向いて廊下を戻る


体調の悪いヘルマンのフォローに入らなければ



廊下の角を曲がると、ヘルマンとタルヤが一人の襲撃者と戦っていた

襲撃者はトマホーク使いだ


ヘルマンが右腕と肩から出血して壁に寄りかかっている

なんと、前に出ているのはタルヤだった



「あああぁぁぁぁぁぁっ!」


タルヤが声を上げる



大量の精力(じんりょく)が、宙に浮いた三本の投げナイフに運動エネルギーを与える



ガキィッ……ドスッドスッ!


「がぁぁっ…!」



トマホーク使いが呻く

一本を叩き落としたが、残り二本が足に刺さる


すぐにタルヤが自分から距離を詰める


右手で持ったナイフでの突き


喉、金的、脇の下…

急所を的確に狙っていく


トマホーク使いが防具を着けていないこともよかった



「があぁぁ、女ぁぁぁ!」

トマホーク使いの咆哮



トマホークを横に薙ぐ


タルヤが後ろに下がり、テレキネシスを発動

トマホーク使い喉に直接運動エネルギーを与える


テレキネシスを動く対象に発動させることは難しい

テレキネシスは位置に対して運動エネルギー与える

少しでも動かれると働く力が極端に弱くなるからだ


だが、タルヤは喉を押すことで壁に押し付け、喉を潰す

これなら逃げにくく、テレキネシスが使えなければ精力(じんりょく)の腕に干渉することもできない


こういう使い方もあるのか…



「ぐ…ごほっ…」

トマホーク使いが悶える


だが、精力(じんりょく)の腕には精力(じんりょく)でしか触れられないため、抵抗ができない



よし、止めは俺が…


そう思った瞬間に、最後の力でトマホーク使いが動いた

トマホークを投げつけようと腕を動かす



「…っ!?」


隙を突かれたタルヤが硬直



まずい!


そう判断した瞬間、俺は突っ込んだ


ダメージを叩き込んで動きを止めろ!

()()()()()()()()()()()()



威力と速度重視、足の力と体感を使ってパンチを打ち込む

インパクトの瞬間に、関節を締めて体全体の体重を拳に乗せる


飛び込み突き



ゴッ…!


「がぁっ……!!」



内蔵に食い込む拳

力が拳に乗ったのが分かる


レフェリーや時間制限のない実戦

()()()()()()()()()()()


この瞬間に、相手を無力化しなければいけない状況

この瞬間に、全ての能力と全集中力を注ぎ込む


格闘技ではあり得ない、()()()()()()()()()()()



追撃はさせない

トマホーク使いはまだ武器を握っている


肘で顎を打ち上げ、拳で喉、金的に膝、そのまま拳を叩きつける



急所への攻撃、武器の使用、環境の利用

これは武術の特徴だ


一言で言うならば、膨大な選択肢


格闘技とは、ルールを決めたスポーツ

急所攻撃を禁止し防具を付けることで、攻撃の選択肢を減らす反面、安全性を向上させた

更に、ボクシングのように特定の技術の向上というメリットも生まれた


そのルールにのっとった防御技術も研鑽され、その分一撃必殺が難しくなる

試合が長引き、スタミナ重要となり、アスリートの鍛え上げられた身体能力は武術家を凌駕することも珍しくない



武術の技は隙が大きい

発勁や合気、格闘技の世界では形でしか登場しない技術だ


これは、ルールで選択肢を制限されれば活かすことは難しい

なぜなら、ルールで活きる最適解が決まって来るからだ


だが、実戦という何を使ってもいい環境において、最適解は存在しない

膨大な選択肢を強いられる状況


そして、この瞬間に相手を倒さなければ自分が殺される

勝負に出ざるを得ない瞬間、その覚悟


実戦においては、防御を捨てて賭けに出る場面が必ず出てくる

逆に、相手の捨て身の攻撃を見切ることが出来れば、合気や発勁は必殺の攻撃となり得るのだ



「…っ!!」


タルヤを守るための攻撃で、俺の中の何かが噛み合った



この感覚が、()()()()


使いうる、全ての方法を駆使して、生き残り、守り、仕留めるための技術

これが、格闘と武術の違い



格闘技と武術

似て非なるものが、一つに融合する


要は、格闘技の技術、急所攻撃や武器だって何だって使って生き残ればいい



トマホーク使いに攻撃を重ねていく

体が動く、技がキレる


急になぜ変化した?

それは、今まで散々受けてきたからだ


デモトス先生やヘルマンの技

それを今、理解した



何ができていなかったのか


何が分かっていなかったのか


それがやっとわかった



理解ができる


こんな興奮できることがあるだろうか?


せっかく分かった、このイメージを忘れたくない


試させろ


使わせろ



「ーズ……ラーズ…!」


「…っ!?」



ふと我に返る


目の前で、壁に寄りかかって立っていたトマホーク使いがズルズルと倒れていった





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― 新着の感想 ―
[一言] おお…!遂に!そして無事に?ケガ出来たのかw? ヘルマンの体調が演技ならいいんだけどそうじゃないなら深刻な問題だな…
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