二章~26話 Bランクの一撃
用語説明w
サードハンド:手を離した武器を、一つだけ落とさずに自分の体の側に保持して瞬時に持ち替えることができる補助型のテレキネシス
この施設:ラーズが収容された謎の変異体研究施設、通称「上」。変異体のお肉も出荷しているらしい
変異体:遺伝子工学をメインとした人体強化術。極地戦、飢餓、疲労、病気、怪我に耐える強化兵を作り出すが、完成率が著しく低い。三種類のタイプがある
「ト、トラビス教官…!?」
タルヤが震えている
歩いてきたトラビス教官は、ガマルの胸からサーベルを抜いた
「ごふっ…!」
ガマルが大量に出血、崩れ落ちる
「ガ、ガマル! な、なんで…!?」
俺はガマルに駆け寄って、シャツを脱いで傷口に当てる
せめてもの止血だ
だが、胸の傷が大きすぎる
このままじゃ死ぬ
「そ、そうだ、トラビス教官! あんたは回復魔法が使えただろう!? ガマルに…」
「そいつは用済みだ。ルール違反をしたからな」
トラビス教官は、無感情な目で言う
「ルール違反…?」
「そうだ。そいつの役目は、お前たちの訓練をやめさせることだった。それなのに、何を勘違いしたのか自分まで参加してしまった。廃棄処分するしかないだろう?」
「…」 「…?」 「…え?」
俺達三人は、どういう意味か分からなかった
「ご、ごめ…、俺…、教官に言われて…、でも…、みんなで訓練…、楽しくて…俺も…変われる…かも…、ごふっ…って……」
ガマルの目から涙が溢れ出す
「こいつは、ステージ2の秩序維持のための犬。お前たちのように、ステージ2の目的にそぐわない者が出た場合に俺達教官に伝える役目だ。見返りにナースたちの便宜を図ってやっていたのに、馬鹿だよなぁ」
トラビス教官は、大げさにため息をついた
「そ、そんなことより回復…、くそっ、もういい! タルヤ、診療室に…」
「動いたら、即ガマルの命を刈り取る。これは、仲間の最期を看取らせてやろうという優しさなんだぞ?」
トラビス教官が冷めた目を向ける
「…!?」
トラビス教官の言葉を聞いて、タルヤが動きを止めた
トラビス教官の目に殺気は無い
だが、本気なのはわかる
こいつは、躊躇なく被検体を廃棄する
そして、精肉して出荷する準備をする
トラビス教官は闘氣を使うBランクの戦闘員
闘氣で体を包んだトラビス教官の体は、戦車の砲撃にも耐えられる防御力を持つ
完成変異体である俺達でも、近接武器だけではその防御力を破る術はない
…トラビス教官がいる限り、ガマルを助ける術が俺達には無い
「…い、いいんだ…。…俺は、お前たちを裏切って…スパイ……してた…」
ガマルが、言葉を絞り出す
胸の大穴からの出血が酷い
さすがに、この傷では変異体でも助からない
「…でも……そんな自分…生活…嫌だった……。だから…変われるかも……一緒に…訓練す…れば…って……」
「ガマル…」
「…楽しかった……頑張れて…ステージ3に…行けるかもって……。仲間…嬉しかった……潰せなかった……」
「ガマ…ル…」
タルヤの目からも涙が零れ落ちる
「お前たちは…生き残って……、黙ってて…ごめ……」
「ガマル、よく頑張ったな」
ヘルマンがガマルに声をかける
ガマルは、一瞬だけ笑った
そして、ぐったりと体から力が抜ける
「…」
ガマルの瞼を閉じさせてやる
ガマルが死ぬまで静かに見ていたトラビス教官が、腕時計を見た
「…心臓を損傷してから五分ってところか。まぁまぁだな」
トラビス教官は、ガマルが死ぬまで時間を計っていたようだ
死体の回収作業員達がやって来て、手慣れた様子でガマルの遺体を回収していく
「今日の選別はこれで終わりだ。ゆっくり休め」
トラビス教官が言う
「…」
「…お前たち三人は、この区画でステージ3に行く可能性が一番高い。くれぐれも、失望させるようなことをするなよ?」
トラビス教官が、闘氣を纏う
「…っ!?」
その瞬間、生物としての格が上がったかのように感じる
蟻が人にかてるとは思わないように、絶望的な差を本能が感じ取る
タルヤは恐怖で座り込んでしまった
「それと、お前たちの訓練に新たな被検体を入れることを禁止する。ルール違反のペナルティは、たった今見たとおりだ」
「…なぜ、訓練を禁止するんだ? 生き残る可能性をあげることなのに」
ヘルマンが口を開いた
いや、本当に何でダメなんだよ!
「ステージ2の目的は訓練ではない、とだけ言っておく」
トラビス教官は、一方的に話を打ち切る
「それと、D27…ヘルマン。お前はすぐに診療室に行け。定期健診を受けるんだ」
「…分かった」
ヘルマンが答えると、トラビス教官は歩いて去って行った
・・・・・・
「俺は診療室に行ってくる。今日の訓練は休もう」
そう言って、ヘルマンは歩いて行った
「タルヤ、戻ろう」
俺もタルヤに声をかけて歩き出す
「ラーズ、待って」
「え?」
「訓練がしたいの。付き合ってくれない?」
タルヤが真剣な表情で言う
「今から? 少し休んだ方がいいんじゃないか」
「ううん、大丈夫。訓練がしたいの、生き抜くために。ガマルのためにも」
「…」
タルヤの意欲に押され、俺は頷くしかなかった
運動場に着くと、タルヤはナイフを持って素振りを始める
突き、斬り、逆手への持ち変え…
反復練習は、上達への近道だ
その動作に対する不安を無くすという効果もある
それを見ながら、俺はテレキネシスを発動する
精力をナイフに送り、重力に逆らう方向に力を発生させる
「…」
フワッ…
ナイフが簡単に浮き上がる
よし、いい感じだ
同時に、前後、左右、上下に動かし、回転もさせる
しばらく繰り返した後、次は自分の体の側でナイフを保持する
背中側ニ十センチほどの距離にキープする
そして、俺自身が移動してもナイフが付いてくるように浮力を調整する
一定距離を保って精力を使えるように、感覚を覚える
繰り返しやって、体と脳に焼き付けるのだ
三本目の手として武器を把持する
攻撃するためじゃない、持ち替えるためだ
両手で使う流星錘
遠距離で投げつけて、敵に接近されたとき
テレキネシスで体の側に浮かせていたナイフを持って斬りかかる
ナイフを使った直後に、テレキネシスで流星錘を保持して紐を浮かせておく
ナイフでの攻撃で敵との距離が開いたら、すかさず流星錘に持ち変えて遠距離攻撃を繰り出す
軍時代に使っていたテレキネシスの技能で、サードハンドと名付けていた
「へー、それがサードハンド。武器を側に浮かせておいて、好きな時に取り替える。面白い使い方ね」
タルヤが、俺のテレキネシスの使い方を見て言う
「俺はテレキネシスが弱かったから、タルヤみたいに複数のナイフを投げるとかはできなかったんだ。一本だけ投げるなら手で投げた方がいいし。でも、サードハンドは便利だったからおすすめだよ」
「ええ、便利ね。こんな感じ?」
タルヤは、テレキネシスで三本のナイフを体の側に浮かせている
そして、タルヤが動いても、そのナイフはぴったりと付いてくる
「い、いきなり…!? 完璧にマスターできてる!?」
「私はエスパータイプだから。でも、このサードハンドっていう発想は、思いつかないとできないわ」
タルヤがフォローする
ま、まあ、タルヤに教える分には別にいい
俺は軍時代、かなり時間をかけてマスターしたのだが…、別に気にしてないし!
「ねぇ、ラーズ。ナイフの相手をしてくれない? テレキネシス以外の戦い方もマスターしたいの」
タルヤが言う
タルヤの目が、いつもと違う
意欲が、意志の力が違う
「分かったけど、休むことも訓練だ。これが終わったら、ちゃんと休むと約束してくれ」
「…分かった」
俺とタルヤがナイフを構える
シュッ!
パシッ!
「踏み込むならもっとだ。中途半端はよくない」
パシッ
ドサッ
シュッ…!
「…まいったわ」
タルヤの後ろに回り、首にナイフを突きつける
「体ごと動き過ぎだ。もっとコンパクトに突いたほうがいい」
ドシュッ
ヒュンッ…
しばらく、ナイフでの組手を続ける
タルヤは、負けても組手を繰り返す
諦めないし、一回一回の組手を最後まであがく
ガマルの死を受けて、明らかに変わった
そんなことを考えながら、俺はまた左手の違和感を微かに感じていた




