一章~3話 背中の触手
用語説明w
この施設:ラーズが収容された謎の変異体研究施設、通称「上」
変異体:遺伝子工学をメインとした人体強化術。極地戦、飢餓、疲労、病気、怪我に耐える強化兵を作り出すが、完成率が著しく低い。三種類のタイプがある
ドラゴンタイプ:身体能力とサイキック、五感が強化されたバランスタイプの変異体。背中から一対の触手が生えた身体拡張が特徴
星が落ちて来る
大地が揺れる
崩れ、吹き飛び、何もかもが無くなる
気が付くと、俺は一本道を歩いていた
「みんなは…」
ここはどこだ?
早く戻らないと…
急ぐ
急ぐ
だが、一向にたどり着かない
どうなってるんだ?
横を見ると、俺の信頼する仲間達
なぜか顔が見えない
大きな影
小さな影
「みんな、早く隊舎に戻りま………?」
俺は声をかけようとして気が付く
みんなの足元が沼になっている
沈んでいく
どうして?
みんなの影が、沼に沈んで消えていく
「ーーーーーーーーっ!!」
…天井が見える
自分の叫び声で目が覚めた
「はぁ…はぁ…」
自分がどこにいるのか分からない
汗だくで、体がぐっしょりと濡れていた
俺は…
・・・・・・
嫌な夢を見た
大切な仲間の夢
…失ってしまった仲間の夢だ
「げぇ…ぁ…ぁ……」
空っぽの胃から、胃液が上がって来る
俺だけが生き残った…
その罪悪感が、俺を攻め続けている
検査室に呼び出され、白衣の研究者から検査を受ける
「体調はどうだ?」
「吐き気があります…頭痛も…」
「ふむ…」
研修者は、検査と問診を続ける
この施設は、変異体という強化兵の研究施設だ
変異体とは、人体強化術の一つ
変異体因子が活性化し、覚醒したも者に対して適切な処置を施すことで変異をコントロールして人体を強化する
この変異のコントロールのことを強制進化という
変異体因子の覚醒者に対して強制進化を行うことで、完成変異体とする研究施設がここなのだ
「お前の体は、まだ強制進化の最中だ。自由時間は少しでも体を動かして体の代謝を上げることを心掛けろ」
「…」
「お前の強制進化が終わり、完成変異体になれればここを出られる可能性もある」
「…それはいつなれるんですか?」
「それはお前次第だな」
「ここの施設はどこにあるんですか? 外との連絡は…」
「…お前、何か勘違いしていないか?」
研究者は、そう言って手を挙げる
バキッッ!
「…がはっ!!」
突然、衝撃が俺の視界を揺らした
…控えていた守衛がこん棒でぶん殴ったようだ
這いつくばった俺の口から血と涎、そして歯の欠片が吐き出された
「う…、な……?」
「ふざけたことをぬかすな! 強制進化が終わるまで、お前は実験動物だ。立場をわきまえろ!!」
守衛が、更に俺の腹を蹴り挙げる
ドボォッ!
「がっ…!!」
その後何度か強烈な打撃を受け、研究者は一言もしゃべらずに無言で検査を続けた
…痛みに耐えながら検査が終わり、俺はやっと検査室を出ることを許された
腹を押さえながら、俺は廊下を歩く
口の中の血は止まっているようだが、腹への一撃が効いている
「…人をモルモット扱いしやがって……」
どうやらここの研究者は、予想以上に俺達被験体を実験動物としか見ていないようだ
気持ちがいいくらいに徹底していやがる
…俺は、この先いったいどうなるんだ?
いつ、ここを出られるんだ?
不安がどんどん大きくっていった
運動場
俺は、廊下を通って運動場に来てみた
初めて来たが、ここは広い体育館のような場所だ
壁際にベンチがいくつか置かれ、他の被検体も何人か来ている
走ったり、筋トレしたり、中には魔法やサイキックの訓練を行っている者もいた
ここの施設にいる被検体は、全員が変異体因子の覚醒者だ
俺と同じように強制進化を施されているのだろう
変異体には、三種類のタイプが存在する
ギガントタイプ・エスパータイプ・ドラゴンタイプだ
・ギガントタイプ
身体能力に特化した変異体
肉体の巨大化が特徴で、平均身長は2,5メートルほど
強化された身体能力はパワードアーマーを凌駕、更に再生能力なども確認されている
コードはG
・エスパータイプ
脳、特にサイキック能力とテレパスを含めた感覚器に特化した変異体
脳を巨大化させるため、額から上の頭骨が通常の1.5倍程度に伸びる
更に、サイキックの源である精力の総量が上がるため、結果的に魔力の総量も上がる
優秀な魔法の使い手になることが多い
コードはE
・ドラゴンタイプ
ギガントとエスパーの中間的な性能、身体能力とサイキック、五感が強化が成された変異体
見た目は普通の人間と変わらないが、背中から一対の触手が生えている
この身体拡張が最大の特徴であり、この触手にサイキックを通すことで、ある程度の飛行能力を得られる
この触手をドラゴンの翼に見立てて、その名が付いた
コードはD
身体能力特化のギガント、脳力特化のエスパー、身体拡張とバランスのドラゴンといったところだ
この運動場の中には、十人ほどの被検体がいる
ギガントが三人、エスパーが五人、普通の人間が二人…
あの普通の人間がドラゴンタイプなんだろうか?
ここの被検体は、全員が白色の上下の服を着ている
この服を着ているということは、被検体で間違いないということだ
もちろん、俺もこの白色の服を着ている
というか、この服しか与えられていない
俺は、なんともなしにベンチに座る
この施設に来て、どのくらいたった?
俺はどうなるんだ?
いつ帰れるんだ?
…冷静に考えると、簡単に帰れるとは思えない
なぜなら、俺は人を殺せと命令された
そんな頭がおかしいこの施設が、そう簡単に俺達被験体を外に出すわけがない
不安が次から次へと生まれ、大きくなっていく
「…そもそも、俺はどうやってここに来たんだ……?」
俺は気が付いたらこの施設にいた
どうやって来たのかを全く覚えていない
俺は、何があったかを思い出そうとする
「…うっ……」
そして、また吐き気に襲われる
分かってる
この吐き気は、体調が悪いわけではない
俺の記憶と後悔のせいだ
失った
もう取り戻せない
戦友、仲間、国…、全てを失った
この記憶に触れると、体が拒絶反応を示す
「部屋に戻ろう…」
とてもじゃないが、体を動かせる気分じゃない
運動場の被検体達は、互いに我関せずで各々が思い思いに行動していた
一番多いのはエスパータイプか…
変異体の種類ってのは片寄るものなんだろうか?
…ふと、昨日会ったクレオの言葉を思い出す
「お前のタイプは?」
そういえば…、俺ってギガント、エスパー、ドラゴンのどのタイプなんだ?
俺は、部屋に戻るとさっそく服を脱いでみる
部屋にはベッドと簡単な洗面台、そして鏡がある
俺の姿は記憶にある通りで、普通の人間と変わっていないように見える
だが、背中を向いてみると…
…ええぇぇぇぇぇ!?
な、何これ!?
気持ち悪っ!!
肩甲骨の間の背骨から、ベルトのような触手が左右に一対垂れ下がっていた
その根本は肩甲骨に癒着しているようだ
体を左右に振ってみるも、当然ながら取れない
ぶらぶらと揺れる触手を、俺は恐る恐る触ってみる
「…」
少しだけ、感覚がある
髪の毛や爪を触られている感じだろうか?
それよりも強い感覚だが、手足や指ほどの感覚は無い
「俺はドラゴンタイプってことか…」
俺は一般的な成人男性だった
当然、背中にこんな触手は無かった
間違いなく、この施設で新たに作られた? 付けられた? ということだ
ドラゴンタイプ
ギガントタイプには劣るが強化された身体能力、エスパータイプには劣るが強化された脳力、そして鋭い五感を持つバランスタイプだ
俺のコード番号はD03、ドラゴンタイプのD…
やはり、間違いなくドラゴンタイプなのだろう
変異体はかなり珍しい存在のため、俺も詳しくは知らない
だが、一度だけドラゴンタイプの変異体と戦場で戦ったことがある
…確か、この背中の触手を使って空を飛んでいた
サイキックを使って浮力を出せるんだっけか?
「…うぅ……」
俺は、力を入れて触手を動かそうとしてみる
「…」
だが、触手はピクリとも動かない
この触手は、軟骨のような適度なしなやかさを持っており、折れ曲がっても痛くない
寝ていても今まで気が付かなかったくらいだ
今のままでは、ただの背中に着いた紐だ
いずれ動かせるようになったら、俺も空とか飛べるのだろうか?
…こんな体いらない
そんなことはどうでもいいから、早く帰りたい
俺は、また気分が悪くなってベッドに横になるのだった