二章~24話 初の一本
用語説明w
ナノマシン集積統合システム:人体内でナノマシン群を運用・活用するシステム。ラーズの身体導入されているが、現在は停止措置を施されている
流星錘:三メートルほどの紐の先に、細長い重りである錘が付いた武器
ベッドで横になると、すぐに意識が落ちて行った
…そして、変な時間に目が覚める
この施設は、窓もない屋内だ
だが、夜になると廊下などの共用部は消灯されて「夜」となる
今は廊下が暗いので夜の時間であることが分かる
こんな時間に目が覚めたのは、早い時間に眠りについたからか
…違う
近くの個室から、夜の情事の声が聞こえてくるからだ
「…」 「…」
「-----!」
ギシギシ…ギシ……
くそったれ…
今すぐ部屋に突入してぶっ飛ばしてやろうか
他にやることはないのか!?
無いんだよ、それが!
訓練以外、飯を喰うこと、選別
他にやることと言えば、被検体同士の会話くらいだ
あー…俺も…俺だって……
やりたいヤリたいヤリタイ…
ナースさんの所に…いっそタルヤに頼むか…
いやいや、待て…!
一度でも女に逃げてみろ、本当に俺は耐えられるのか?
自分の心の弱さなんて、嫌というほど知っている
一度でも知ったらダメだ
俺にはフィーナがいる、フィーナがいるんだ……!!
コンコン…
「ラーズ、起きてるか? そろそろ行くぞ」
ヘルマンがドアを開けた
「あー…、すいません。今行きます」
だめだ
あれから寝付けなくなって、寝坊した
「ひどい顔だな、どうした? 眠れなかったのか」
「それが、夜中に隣の部屋からアノ声が聞こえてきて…」
「…気になるなら、ナースの所に行けばいいじゃないか。すっきりするぞ?」
「いや、それは…。それに、ナースさんの所に行くならタルヤにお願いしますよ」
タルヤを断って、ナースさんで処理とか気まずすぎるだろ
「いや、それはやめた方がいい」
「え、タルヤはダメですか?」
「…タルヤがどうとかじゃない。仲間同士で恋愛感情を持ったら危険だって意味だ」
「ああ…」
いつ殺されるか分からない選別
恋愛感情を持た後、人質に取られたら? 殺されたら?
それでも、生き残る意欲を保てるのか?
…そういうことだ
「無理にとは言わないが、処理は後腐れのないないナースにしておけ」
俺達は、食堂に向かった
「お、もう食べてるぜ」
「おはよう、遅かったわね」
タルヤとガマルはもう来ていた
「ラーズが寝坊してな」
「申し訳ない…」
俺達も食べ始める
次にいつ選別が始まるか分からない
早く訓練を始めなければ
「タルヤもガマルも、顔が疲れてるぞ? 大丈夫か」
ヘルマンが二人の顔を見て言う
「やっぱり、選別の後はな…」
「ええ、私も眠れなくて…」
二人が顔を見合わせる
殺し合い、殺される恐怖と殺す罪悪感
眠れなくなるのも当たり前なのかもしれない
むしろ、俺やヘルマンの精神状態がおかしくなってきているのだろう
俺達は、世間一般の水準で言えば倫理観が壊れている
この施設に来て、何回手を汚した?
生き残ることを最優先することに抵抗感がなくなってきている
「必要な時に眠ることも、身につけるべき強さだ。戦いの時に、実力を発揮できなければ訓練の意味もないからな」
「ええ…」 「うん…」
ガマルとタルヤは頷いた
ま、こればかりは自分でどうにかするしかない
寝ろと言われて寝れるもんでもないからな
「でも、ヘルマンも顔色がよくないですよ。疲れているんですか?」
「うん? まぁ、疲れはあるが、動く分には問題ないな」
「ヘルマンでも疲れることあるんだな」
ガマルが言う
「俺を何だと思ってるんだ」
仲間達との談笑
この時間は、この施設での数少ない癒しだ
ステージ1でも、ヘルマンとクレオとの会話に助けられた
クレオは元気だろうか?
「あ、あいつ…」
ガマルが、食堂に入って来たギガントを見る
「どうしたの?」
タルヤが聞く
「あいつ、俺の近くの部屋の奴なんだけど、強化人間らしいぜ」
「強化人間って…、私達みんな変異体じゃない」
「違う違う、別の強化人間だって。脳にマイクロチップを移植して電気的に接続した、ドローンや無人兵器を遠隔操作する脳内インターフェース導入型らしい」
「へー。強化手術を受けた上に、変異体にもなるなんて凄いわね」
それを聞いてヘルマンが俺を見た
「ラーズも強化手術を受けてるって言ってなかったか?」
「ああ、ナノマシン集積統合システムですね」
「へー、どんな手術なの?」 「使えるのか?」
ガマルとタルヤが聞いてくる
「ナノマシン群を使って治癒力を上げるって言う手術だね。ただ、強制進化に悪影響があるとかで、停止させられてるんだ」
「そうなんだ…」
タルヤが残念そうに言った
・・・・・・
食事を終えて、俺達は運動場へ
やはり、他の被検体達から変な目で見られている
だが、努力することで損することは特にない
俺達は、それぞれ反復練習を行う
俺は歩法と木人での打ち込み
「タルヤ、このチャクラムや投げナイフを使ってみろ。サイキックで同時に扱うなら、小さくて軽い投擲専用の物の方が省エネだ」
「分かったわ」
「サイキックと併用して、接近しての急所攻撃、手による投擲の練習をしろ。全てを避けられる奴は、まずいないだろう」
「もし、避けられたら?」
「そのレベル相手なら、諦めて殺されるしかない」
「…っ!?」
ヘルマンとタルヤが話している
「ガマル、攻撃する時に体勢を崩すな。お前はドラゴンタイプで、常人よりも力が強いんだ。全力で攻撃する必要はない」
「わ、分かった…はぁ…はぁ…」
ドゴッ!
「ぐはっ…!」
「ほら、集中を切らすな。お前が隙を狙うということは、相手も隙を狙ってるんだぞ」
「うぅ……」
ヘルマンが、それぞれを指導していく
今日は急ピッチだな
このままじゃ、タルヤはともかくガマルは殺される可能性が高いからだろう
「よし、次はラーズだ。組手をやろう」
「はい、お願いします」
「いいか、一撃必殺を狙え。格闘技の集中力と、武術の集中力は違う、切り替えろ」
「はい!」
格闘技の試合時間で一撃必殺を狙えば、疲れてしまってペース配分を守った相手に負ける
逆に、格闘技の集中力で武術の相手と戦えば、捨て身の一撃必殺で殺される可能性が高い
ケースバイケースだ
ヘルマンと俺は、それぞれナイフを構える
刃物同士の集中力
受けることはできない
研ぎ澄ませ、反応し、且つ考えろ!
ヘルマンの肩がピクリと動く
反応してナイフの振り下ろし、ヘルマンのナイフを狙う
ヘルマンがナイフを引いて、すぐに突き
踏み込んでカウンター…
ドスッ!
「ごふっ…!」
ヘルマンのナイフはフェイント、ヘルマンの肘が俺の水月に刺さった
同時に、俺のナイフを持つ手を取られ、関節を極められて投げられる
「ラーズ、前後の動きに頼り過ぎだ。ホバーブーツの高機動力を忘れろ、相手はモンスターじゃなく人間なんだ」
「ぐっ…は、はい…」
き、効いた…
「人間の歩幅はせいぜい一メートル、間合いに入ったら相手を仕留めろ。そのための歩法だ」
「も、もう一度…ぐ…」
腰を持たれて上手投げ
手首を極められる小手返し
歩法からの体当たり
間合いに入ってからの一瞬の攻防で、必ず俺が吹き飛ばされる
格闘技とは違う、実戦武術
決められたルールが無いということは、攻撃方法の選択肢が膨大になるということだ
金的、喉、目、耳…急所への攻撃
そして、武器による攻撃
疲労が溜まる、集中力が削れる、周囲の音が消える…
ヘルマン以外の情報が消えた
全ての挙動を感じる
呼吸を盗み、意識を散らし、全神経が集中していく
導かれるように、体が動く
目的はヘルマンへの一撃
半歩足を入れて、膝をヘルマンの膝の横に添える
ナイフを突き出し、手を離す
「…っ!?」
跳び出したナイフがヘルマンの顔に
避けたかどうかを気にしない
ヘルマンの挙動を感じながら、胴タックル
後ろに回りながら、勢いそのままにスープレックス!
ガッ!
そして追撃、拳を振り下ろす
ザクッ!
ボッ!
ヘルマンが俺の足を斬りつける
だが、力押しで顔面に拳を寸止め
「…まいった、一本取られたな」
「は、初めての一本です……」
俺は、その場にへたり込む
へ、ヘルマンから一本…
やった、とんでもない達成感だ!
今、俺はどうやってヘルマンから一本を取った?
何を掴みかけたんだ?
「その集中力の使い方を忘れるな。今の格闘の技の使い方は良かったぞ」
ヘルマンが起き上がる
「凄い…」
「何をやったのか分からなかったよ」
タルヤとガマルが、俺達の組手を見て目を白黒させていた
「ほらほら、手が止まってるぞ」
ヘルマンは二人を促すと、運動場の武器が入った箱から流星錘を取り出した
「よし、ラーズ。次は、俺が知っているひも状の武器の使い方を教えておく」
「はい、お願いします」
「それと、この先端の錘にちょっと手を加えてだな…」
俺達は、訓練を続けるのだった