二章~20話 ホバーブーツの弊害
用語説明w
ホバーブーツ:圧縮空気を放出して高速移動ができるブーツ
選別が終わった
「なんか左腕に違和感があるな…」
俺は左腕をゆっくりと回す
「その二の腕の傷じゃない?」
タルヤが俺の腕を見て言う
レイピアや女の爪が刺さった傷がいくつかある
血は止まっているが、まさか毒でも塗ってたんじゃないだろうな
「俺も診療室に行くから一緒に行こう」
ヘルマンが、襲撃者達の死体を運んでいく作業員を見ながら言う
「ヘルマンも負傷を?」
「ハンマーを肩に受けただけだ。ただ、定期検診で呼ばれてるからついでに診てもらう」
タルヤも切り傷があり、俺達は連れだって向かった
…診療室は、いつもよりも人が少なかった
「今日は五人も殺られたらしいぜ」
「そんなにかよ!? 多すぎだろ」
「八人くらいで集まってたんでしょ? 敵が集まってきて包囲されちゃったみたいね」
そんな話し声が聞こえる
「おい、さっさと運んで冷凍庫に入れろ! 肉が痛むだろ!」
遺体の回収作業員達の声が聞こえる
…今日は加工と出荷で忙しそうだ
診療室では、片腕を斬り落とされたギガントタイプがいるらしく、ナースさん達が処置で大忙しだった
俺とタルヤに回復魔法、ヘルマンは採血した後に薬を処方された
他にもけが人がいるため、俺達は早々に退散することにした
食堂
「疲れた…」
タルヤが言う
「そうだな。今日は休息日にして次の選別に備えよう」
ヘルマンが水を飲みながら言う
「…それにしても、最後のラーズの動きはなかなか良かったぞ」
「…」
ヘルマンはそう言ってくれるが、最後の攻防はたまたまだ
俺の攻撃は当てられる
だが、攻撃も受けてしまう
相打ちでは、怪我で動けなくなるか死ぬ
つまり、負けと大差ないのだ
被検体同士の喧嘩では手ごたえがあった
にもかかわらず、選別では被弾を許してしまう
いったい、何がダメなんだ…?
分からない、どうしたら…
「ヘルマンはラーズを買っているのね。ステージ1からの付き合いなのよね?」
タルヤが尋ねる
「…うん、ヘルマンとはステージ1で会った。戦闘術を教えてもらえるし、一緒にステージ2に上がれるしで運が良かったよ」
「ラーズはいろいろ惜しくてな。つい教えたくなってしまったんだ」
ヘルマンが笑う
「惜しくて?」
タルヤが聞く
「うーん…、例えば、大きなダイヤの原石が手に入って、タルヤが宝石のカッティング職人だったらどうしたい?」
「それは、もちろん最高のカットをして宝石にしたいわ」
「ああ、そんな感じだ。ラーズには、武術の基礎と格闘技の技がある。だが、嚙み合っていないんだ」
「…それで、教えたくなったってわけね?」
タルヤが納得した
いや、勝手に納得されても?
「…俺の格闘技って惜しいんですか?」
選別では、全然活かせていない
よく生きてるよな、俺…
「いや、大したものだと思う。特に、実戦的な技術は師事した人間がいたんじゃないか?」
「ああ、それは…」
俺が軍時代に師事したのは、元暗殺者という経歴の達人だった
俺が所属していたシグノイア防衛軍の隊員で、指導のために俺の小隊に来てくれたのだ
だが、Bランク戦闘員との戦闘で帰らぬ人になってしまった
俺の生き方に多大な影響を与えてくれた人だった
「やはりそうか。おそらくだが、途中で亡くなってしまったために、本来の使い方を教えられなかったのだろうな」
ヘルマンが頷く
「使い方って何ですか?」
「武術とはお互いに一撃必殺だ。敵の挙動を察知、あらゆる情報を得て敵の動きに反応する。刃物相手にボクシングのガードやレスリングのタックルがナイフ相手に使えないのと同じで、武器や殺し合いの中で格闘技の戦い方をやっていたらいつか死ぬぞ」
「それは…」
「だが、ラーズは目がいい。そして視覚に頼らない、気配を掴む方法を会得している。格闘技の技術が身に付いていて体も反応する。後は、対武術用にカスタマイズするだけだ」
「カスタマイズ…」
「具体的には、喉や金的、目なのど大ダメージを与える場所を常に狙う…、一撃で殺すために、リスクの負いどころを見極めるというか…、武術の呼吸を見極めるべきだな」
「武術の呼吸…」
難しいな
イメージが湧き辛いが、やりたいことは分かる
「ね、ラーズって軍隊にいた時はどんなだったの?」
タルヤが聞いてきた
「軍時代? ただの一般兵だったよ。一応、ホバーブーツを使えるっている特技と、サイキックに発現したことが特徴かな」
「サイキックの発現は軍隊にいたころなのね。…ホバーブーツって何?」
「ああ、それは…」
ホバーブーツ
圧縮空気を風魔法で封入し、エアジェットとして噴出することで高速移動ができるブーツ
靴底から放出することで若干浮いているため安定感が悪く、使うためにはかなりの習熟が必要だ
「へー、面白そう」
「最初は吹っ飛んで怪我だらけになるけどね。モンスターと戦う時に、機動力で勝てるのは大きかったよ」
大学のバイト時代に怪我だらけになりながら練習した技術だ
…まさか、軍に就職して俺の命を助けてくれるなんて思わなかった
「モンスターと戦う時に、ホバーブーツはどうやって使っていたんだ?」
ヘルマンが口を挟む
「それは…、一気に間合いを詰めたり、攻撃を避けたり、離脱したりですよ。軍では銃もありましたし、おかげで安定して戦えていましたよ」
遠距離攻撃でモンスターを攻撃
近寄られたらホバーブーツで距離を取る
チャンスには一気に接近してグレネードや近接武器
高機動力は、俺の戦闘に無くてはならないものだった
「…それだな」
だが、ヘルマンの顔が険しくなる
「え?」
「お前が、今のダメな戦い方になった理由はホバーブーツへの依存だ」
「ホバーブーツの依存…、っていやいや! ヘルマンは俺がホバーブーツ使う所を見たことないですよね!?」
「機動力の使い方の話だ。お前のフットワークは単純すぎる。変異体の脚力を生かしての飛び込みと離脱、出入りしかしていない。それはホバーブーツの影響だろう」
ヘルマンが腕を組む
「出入り…?」
「それなのに、フットワークや体捌きはできている。おそらく師事した際に教わったり格闘技で習得しているのだろう。だが、ホバーブーツの機動力が高すぎて、歩法や体捌きを使わなくても勝つ事ができていたんだ」
「…」
フットワーク、体捌き
それは、格闘技や武術では最も大切な教え
武術の名門などでは、歩法や体捌きは内弟子にしか教えなかったと言われるくらい重要なものなのだ
「今後は、距離の把握と見切り、体捌きと歩法を重点に訓練をしよう。ラーズの場合は、もっと自分の体を信頼した戦い方をするべきだ」
「自分の体…」
「はいはい、そろそろ帰って休みましょ。続きは明日、休憩だって訓練の一つでしょ」
タルヤがあくびをしながら口を挟む
「ああ、そうだな。だが、タルヤ、このフットワークや体捌きはお前にも…」
ヘルマンが頷きながらもタルヤに言う
「分かってるわよー。でも、続きは明日の運動場にしてよ」
そう言って、タルヤは立ち上がる
「…そうですね、休みますか」
俺達は、それぞれ個室に戻った
個室に戻ってシャワーを浴びる
殺した後のシャワーはいい
何かリセットができた気になる
もちろん、何も変わってないことは分かる
気分の問題だ
俺はベッドに横になる
ホバーブーツ
軍時代の俺のアイデンティティーだった
この装備のおかげで、俺にしかできない戦い方ができた
そして、一般兵の最高ランクであるCランクまで上がることができたんだ
銃や大剣、ロケットランチャーや小型杖、モバイル型魔法発動装置、霊札…
いろいろな武器やアイテムを使って戦ってきたが、ホバーブーツが一番俺の戦い方を支えてくれていたと思う
だが、そのホバーブーツが原因で、フットワークがダメになってるとは…
正直、ちょっとショックだった
だが、武術にはコツがある
それは素直さを持つことだ
指摘を受け入れて分析してフィードバックする
改善点が見えたのなら、それは素晴らしいことだ
実際に、武器相手に俺は負傷をし続けている
改善が必要だ
俺は考えながら眠りに落ちて行った
…眠るべき時に眠ることも大切だ