二章~19話 六回目の選別
用語説明w
流星錘:三メートルほどの紐の先に、細長い重りである錘が付いた武器
ヘルマン:ドラゴンタイプの変異体。魚人のおっさんで元忍者、過去に神らしきものの教団に所属していた
タルヤ:エスパータイプの変異体。ノーマンの女性で、何かに依存することで精神の平衡を保っている
ピーーーーピーーーーピーーーー!!
選別が始まった
昼食前であり、腹は減っているがコンディションはいい
負担が少なく被検体の俺達には有利な時間だ
「…また、始まったのね」
タルヤが緊張した顔をする
「タルヤ。選別で生き残るのに、一番必要なものが何か分かるか?」
ヘルマンが歩きながら言う
俺達三人は、また運動場に近い廊下に陣取るために向っているのだ
「え、何かしら…?」
「言い方を変えよう。…人を殺すのに、一番必要なものは何だ?」
「…」
ヘルマンの言葉に、タルヤが黙る
選別に生き残る、つまり襲撃者を殺すということ
俺達の腕では、殺さずに生き残ることは不可能だ
「答えを言おう。それは覚悟だ」
「覚悟?」
「そうだ。人を殺すのに躊躇しないこと。無感情にナイフを急所に突き刺し、ハンマーを叩きつけ、人の嫌がることをためらいなくやることだ」
「…はい」
タルヤが頷く
「俺とラーズはそれが出来ている。タルヤはそれが出来ていない。俺達とタルヤの違いはそこだけだ。生き残るために、選別の間だけサイコパスになれ。共感性を捨てろ」
…確かにその通りだ
なぜ、強化人間である被検体が襲撃者に殺されるのか
それは殺意の差だ
殺すためにやって来る襲撃者、殺されたくないと思っている被検体
この覚悟の差で、身体能力の差を埋められてしまっている
殺されたくないでは足りない、生き残るために殺す
殺気を持つ相手に躊躇したら、俺達は殺される
覚悟を極めろ
最高率で最大のダメージを狙え
…頭を切り替えろ
「右から一人、反対側、遠くに二人…」
タルヤがテレパスで索敵する
…俺の耳と鼻で、右から一人が近づいてくるのが分かった
タルヤのテレパスの索敵、範囲広くくね?
どうやってやるんだろう、今度聞いてみよう
「右、俺が行きます」
俺は、二人の頷きを見て歩き出す
廊下の先は暗くなっているが、俺は暗視も効くようになった
暗くても遠くが見える
ドラゴンタイプの五感、凄い
俺は左手にナイフ、右手に流星錘を持つ
新武器のデビュー戦だ、殺し合いにも関わらず少しわくわくする
「お、いたな」
現れたのは、軽装甲アーマーを着た男
武器はしなる細い剣、レイピアだ
俺は流星錘の紐の端を、右手の二の腕に結び付けている
長さは三メートルある
流星錘は、剣や槍の間合いに対抗するための武器
そして、防具の上からでもダメージを見込める打撃武器だ
ゴガッ!
「なっ…!?」
コンパクトに錘を投げつける
左肩に命中し、レイピア使いが仰け反る
レイピア使いが咄嗟に流星錘の紐を掴もうとするが、その前に錘を引く
だが、その引きに合わせてレイピア使いが前に出た
ドヒュヒュヒュッ!
「くっ!」
三連突き
とてつもない速さでレイピアが突かれる
レイピアの有効性は、その手数だ
鎧を着ていない場合、鋭い刃による手数は脅威となる
ハンマーや大剣のような強力な攻撃が無くても、防具のない人体は簡単に壊れる
逆に、素早く鋭いレイピアは、防具のない俺達被検体にとっては天敵だ
「な、なんだと!?」
だが、レイピア使いが驚愕している
俺の皮膚は、左の二の腕に少し刺さった
だが、掠った程度の場所は斬れていない
変異体の皮膚は切れにくく割け辛い
ジャングルなどの虫や、蛇などの牙に対して抵抗するための変異だ
同時に、多少の耐刃性能ともなる
俺は戻って来た錘の紐を、一メートルほどの長さで持って振る
短く持つことで、より早く錘を振ることができるのだ
ゴギャッ!
「ぐあぁっーー!!」
レイピア使いの持ち手を砕き、レイピアを叩き落す
同時に体を回転させ、錘に回転運動、遠心力で加速させる
ゴッ!!
「…っ!?」
裏拳のように振った鉄の錘が側頭部にめり込み、衝撃でレイピア使いの眼球が飛び出す
耳からドロッとした血を出しながら、レイピア使いがゆっくりと倒れた
「…」
勝った…
俺は倒れたレイピア使いを見下ろす
このレイピア使いは強かった
おそらく、剣で挑んでいたら負けていたかもしれない
射程距離で勝る流星錘
防具の上からでも叩きつけられる打撃武器
俺の腕では、防具を使う相手には射程という有利な要素が必要だ
これなら、多少は安定感を得られるかもしれない
「ラーズ、敵が! 来て!」
自己満足をしていると、奥からタルヤの声が聞こえた
テレパスで、俺の戦いが終わったことが分かったようだ
俺が走って戻ると、ヘルマンが奥で戦っている
敵は二人だ
そして、タルヤの側には襲撃者の死体が一体ある
首を切り裂かれ、背中にはタルヤのナイフが刺さっている
タルヤが気を引いて、ヘルマンが止めを刺したようだ
ヘルマンと戦っていた襲撃者の一人が、こっちへ来た
「俺がやる! タルヤは索敵とフォローを」
「わ、分かった」
近づいてきた襲撃者は、何も持っていない女だ
まさか、素手でやるってのか!?
「ラーズ! れ、霊体が…!」
タルヤが、震えながら指を差す
俺は霊力が希薄なため、よく分からない
だが、この女の精力が異常な動きをしているのが分かる
まるで、もう一つの意識が入り込もうとしているかのようだ
「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!!」
突然、女が叫び出して四つん這いになる
涎を垂らし、腕が発達し、牙をむきだす
こ、こいつ、骨格が変化した!?
「ひょ、憑依霊だわ…! なにかの霊体を取り憑かせて、身体能力を上げる霊属性特技よ!」
「憑依…!」
俺は、学生時代にゴーストハンター初級の資格を取った
その時に憑依霊のことも少し勉強したが、こんな骨格まで変わる憑依なんか聞いたことないぞ!?
俺は霊力が無いため霊体の状況は分からないが、こんな無茶な憑依をしたら普通は霊体がグチャグチャになっていまうはずだ
「ぎゃーぁぁぁーーー!」
奇声を上げながら、女が四つ足で突っ込んでくる
先手必勝!
下手投げで流星錘を投げつける
超反応で横に飛び退く女
すぐに錘を引き戻すが、女の突っ込んでくるスピードが速い
手元に錘が戻った時には、女の牙が肉薄していた
ゴガッ!
ガブッ!
俺の右肘の打ち下ろしが女の額を裂く
同時に、俺の左腕に女の牙が突き刺さる
ダメだ、動きが読めずに攻撃を喰らっちまう!
地面に落ちた女に追撃の蹴り上げ
ドッ!
「ごふっ…!!」
蹴りと同時に、衝撃が俺の腹を打ち抜いた
な、何が起こった!?
「ラーズ! 霊力の叩きつけよ、気を付けて!」
タルヤが後ろから叫ぶ
く、くそ…、霊力が希薄な俺には、霊力の攻撃が認識できない
霊力は、密度を上げないと肉体や物質には作用しないが、人体の霊体には容易に干渉する
霊体構造にダメージを受ければ、連動して肉体にもダメージが現れるのだ
「…ラーズ、推手を思い出せ。そいつの動き、挙動、反応から意識を読み取るんだ」
ヘルマンが、襲撃者を倒して戻って来た
両手のジャマハダルから血が滴っている
「ヘルマン、早く加勢を…!」
タルヤがヘルマンに言う
だが、ヘルマンは首を振る
「ラーズ、格闘技の常識を捨てろ。瞬間的にそいつを仕留めるんだ」
…格闘技の常識?
「ぎゃああぁぁぁぁあぁぁあああ!!!!」
考える余裕を奪うかのように、奇声を上げて女が走ってくる
獣のような動きで、肉薄する女
パンチで距離を取る
殴られながらも女が爪を突き刺してくる
ダメだ、この戦いは殺し合いだ
つまり、被弾を許せば、相打ちになって生き残れない
…ダメージを受けない戦い方をしろ!
一瞬下がった俺に、女が腕を振り回して殴りつける
ゴッ!
「ぐぁ…!」
変則な動きに、どうしても攻撃をもらってしまう
少し脳が揺れちまった…!
ダメだ、被弾を許してしまう
何でこんなに押されてしまうんだ…!?
「ラーズ、勝負に出ろ!」
ヘルマンの声で、俺はラッシュに出る
ワン・ツー・スリー・フォー・膝・ハイキックを叩き込み、女を押し戻す
「ぎゃあぁぁぁぁっ!!」
女が牙をむき出しにして跳んだ
まずい、この攻撃を受けたら押し倒される
追撃で殺される
この女はこの攻撃で決める気だ
集中しろ
俺の命を賭けろ
この攻撃で決めてやる
…爪の軌道を読んで躱す
躱しながら女の顔に手を添えて、空中で崩す
「おらぁっ!!」
ゴガッ!
そのまま、床に後頭部から叩きつける
そして、痙攣している女の首を体重を乗せて踏み折った
「あっ…」
息の根を止めると、女の体が萎み始める
俺には見えないが、何かが抜けて行っているようだった
「憑依霊が抜けて行ったわ…」
タルヤが言う
…女の死体を見ながら、改めて思う
俺の戦闘術は、何かが足りない
俺の格闘技は武術になっていないのか
被弾をどうしても許してしまう
「…」
あの爪に毒があったら?
爪ではなく武器だったら?
ナイフだったら? 槍だったら?
そもそも、武術とは何なのか
格闘技との違いは何なのか
…何が足りないのかが分からない
俺は歯ぎしりをする
「このままじゃ、いつか殺される…。何がダメなんだ……?」
改善方法が分からない
苦しい…、辛い
「戦い方は悪くない。武器を持った相手には、まずは観察だ。そして、絶対に攻撃されない場所、タイミングで攻撃…」
ヘルマンと話していると、選別の終わりを告げる放送が入った
…殺し合いの反省を始めた二人を、タルヤが眺めている
足元には死体
その横で話し込む、ヘルマンとラーズ
たった今、人を殺したのに何も感じていない
殺すことが当たり前になってる?
…怖い、でも頼もしい
自分も、いつか二人のように死に慣れるのだろうか?
タルヤの気持ちは、生き残った安堵と、今後の恐怖で複雑な感情が渦巻いていた