二章~17話 実戦訓練1
用語説明w
変異体:遺伝子工学をメインとした人体強化術。極地戦、飢餓、疲労、病気、怪我に耐える強化兵を作り出すが、完成率が著しく低い。三種類のタイプがある
ギガントタイプ:身体能力に特化した変異体。平均身長2,5メートルほど、怪力や再生能力、皮膚の硬化、スタミナの強化、高い免疫、消化能力を獲得
エスパータイプ:脳力に特化した変異体。サイキック能力とテレパスを含めた感覚器が発達し、脳を巨大化させるため額から上の頭骨が常人より伸びる
ガマル:ドラゴンタイプの変異体。魔族の男性で、ナースさん大好き
「おはよう、ヘルマン」
「おはよう。疲れは取れたか?」
「ええ、ばっちりよ。ラーズもおはよう」
「おはよう、タルヤ」
俺達は廊下で挨拶を交わす
挨拶は素晴らしい
今日も頑張ろうという気になる
いつ殺し合いが始まるか分からない、こんな場所だからこそ余計にそう思う
俺達が食堂へ向かって歩き出すと…
「ぎゃあぁぁぁぁっ!!」
「…」 「…っ!?」 「な、何!?」
俺達三人が顔を見合わせる
おそらく被検体であろう悲鳴が響いた
だが、まだ選別は始まっていない
周りがバタバタと走り回っている
セクシーナースさん達が二人、悲鳴が聞こえた方に向かって行った
「あっ、ガマル!」
俺は、向こうから歩いてきたガマルを見つける
「おう、ラーズ、タルヤも。…あっちには行かない方がいいぞ」
「何があったの?」
タルヤが尋ねる
「ああ、鬱になった被検体のギガントが教官に殴りかかって殺されたんだ」
ガマルが、廊下の先を顎で示す
「えっ…!?」
「教官に襲い掛かるなんて自殺行為だ。もう狂っちまってたんだろうな…」
ステージ2の教官はBランクの戦闘員だ
Bランク…、つまり闘氣を使う戦闘員であり、闘氣を使えない俺達では、いくら完成変異体で相手にならない
実際に俺も、闘氣を纏った剣で簡単に腹を貫かれた
「誰なの?」
「ガオランっていうギガントタイプだ」
「ガオランって、タルヤと…」
俺は思わず口を挟む
俺がタルヤをヘルマンに紹介した日
ガオランというギガントが俺に絡んできて喧嘩になった
タルヤが体を許していた男の一人だ
「うん…。ガオランも殺し合いが怖いってずっと言ってたから…。私がいなくなって、おかしくなっちゃったのかも…」
タルヤが俯く
「…タルヤのせいじゃない、ここでは適応できない者から死んでいく。体は完成してるんだ、後は精神力を鍛えて適応するしない」
ヘルマンが言った
「うん…」
俺達は、ガマルと一緒に食堂に向かおうとすると、奥から足音が聞こえてきた
「お前達、この先の廊下はしばらく通行止めだ。食堂には向こうから回って行け」
血まみれのサーベルを持つ、軍服の教官だった
俺とヘルマンがステージ2に上がった時に説明を受けたトラビス教官
お試しで人の腹を刺しやがった危険人物だ
「…分かってると思うが、下らないことは考えるな。生きてここを出たければ、選別に生き残り続けてステージ3に上がれ。それ以外の手段はこうなるだけだ」
トラビス教官が赤く染まったサーベルを見せる
闘氣特有のプレッシャー
Bランクが守衛についている限り、力でこの施設から脱出することは不可能だ
俺達は、言われた通りに遠回りして食堂に向かった
「おい、聞いたか? さっき、教官に殺された奴が…」
「教官が血まみれの剣をこれ見よがしに持って歩いてやがったぞ」
「あのギガントでしょ? 最近、おかしかったものね…」
食堂では、すでに殺されたギガントの話で持ちきりだった
「どうせ、あのままじゃ選別で殺されてた。教官に苦しまずに殺された方が良かったんじゃないのか?」
「あいつらはいいよな…。本当にステージ3に上がっちまったし、あのまま行けば…」
「ハンクとアーリヤか? あいつらは別格だろ」
鉄拳のハンクとアイアンメイデンのアーリヤ
ギガントの男とエスパーの女で、付き合っているとかなんとか
あいつらが戦った痕を見たが、襲撃者が肉の塊になっていた
「あたしもいつか殺されちゃうのかな…」
「こんなところにいるくらいなら、いっそ気が狂った方が楽かもしれないよな」
「…」
被検体達が、それぞれ話している
選別に強制参加で、協力し合うこともできるため、ステージ1よりも被検体同士の仲がいいように思える
「私も不安だわ」
タルヤが暗い顔をする
「周りの雑音に耳を貸す必要はない。やれることを全てやって備える。それでだめなら、胸を張って死ねばいいんだ」
ヘルマンが何でもないように言う
だが、絶対に死なない方法なんかない
絶対に生き残る方法もない
少しでも生き残る可能性を上げる、そのための努力をする
その努力が、今の俺達を前向きにさせるのだ
「…そうね。早く食べて運動場に行きましょう。サイキックと戦闘術、早く身につけないとね」
タルヤが頷いた
うむ、タルヤが前向きになっている
前の、後ろ向きな病みビッチだった姿がウソみたいだ
「タルヤ、変わったな」
そんなタルヤを、ガマルが不思議そうに見る
「ええ。頑張り方が分かるって、とてもうれしいことよ」
「ふーん…」
食事を食べ終えて、まったりする
俺達は、選別での反省点を自然と話し始めた
「最近の襲撃者、強くないですか?」
「確かにな。それに、いろいろな近接武器を使うから、対策が立てにくいのも厄介だ」
「ラーズは毎回怪我してるものね」
確かに連続で負傷しているが、最後の怪我はヘルマンの一撃だからね?
…ヘルマンが、すっと目を逸らした
「そういえば、俺は新しい武器を使い始めることにしました。攻撃範囲が広いから、戦闘中に俺に近づくときは声をかけて下さいね」
「ほう、何を使うんだ」
「流星錘っていう、紐の先に鉄の棒が付いた奴です」
「へー、後で見せて」
タルヤが言う
「よし、そろそろ行こうか」
そう言ってヘルマンが立ち上がった
「お前ら凄いな…。こんな場所で、よく頑張る気になるよな」
そんな俺達に、ガマルが驚いている
「ねぇ、ガマルも一緒に練習しましょうよ。生き残る可能性が上がるわよ」
タルヤがガマルを誘う
「うーん…そうだなぁ、考えてみるよ。今日は、ナースちゃんの予約を入れてるからさ…」
ガマルが、ちょっと気まずそうに言う
お前の一貫性は、もはやかっこいいぞ
俺達が食器を下げていると、周りから話声が聞こえて来た
「あいつら、最近運動場で練習してる奴だろ?」
「よく、そんなことやる気になるわよね。頑張ったって、どうせいつか死んじゃうのに」
「ま、あがきたきゃあがけばいいんじゃないないか? 無駄なのにな、くっくっく…」
どうやら、訓練をしている俺達は他の被検体に注目されていたらしい
そういえば、運動場で他の被検体を見たことって無かったよな…
すると…
「おい、お前ら」
「ん?」
ギガントタイプとエスパータイプの被検体が声をかけて来た
「なんの練習してるのか知らねえが、目障りなんだよ」
「…余計なお世話だろ」
「あぁっ!?」
完全に喧嘩を売りに来た二人に、つい買い口調で答えてしまった
「…ちょうどいい、ラーズとタルヤで相手をしてみろ」
「え?」 「え!?」
俺とタルヤが同時に驚く
「訓練もせず、日々の恐怖を快楽でごまかしている馬鹿共に、お前達がどれだけ強くなったか試させてもらえ」
「俺達が誰だか分かって…」
「恐怖に負けているくせに、口だけはよく回るみたいだな」
「なっ…!? てめぇっ!」
ギガントが拳を振り上げる
だが、ヘルマンは簡単にギガントの拳をいなして距離を取る
「ラーズはギガントだ、但し条件を付ける。全ての攻撃を後の先に徹しろ。ジャブやフェイントは禁止だ」
「後の先…!?」
「次はタルヤ、エスパーをやれ。お前の条件は、止めは格闘術で刺すことだ」
ヘルマンがタルヤを見る
「か、格闘術!?」
「二人とも自信を持て。反復練習をしてきたんだ、体が技術を覚えている。試してみろ」
ヘルマンはそう言って、俺達の後ろに下がってしまった
周囲の被検体が、数少ない娯楽を見に集まって来ている
いや、待て!
俺の訓練って、円の周りを回る歩法と推手だけだぞ!?
これで、何ができるようになってるんだよ!?
タルヤも自信が無さそうにしているが、覚悟を決めて椅子を一つテレキネシスで持ち上げた
カーン…
俺達の意識の中でゴングが鳴った




