二章~15話 五回目の選別
用語説明w
ヘルマン:ドラゴンタイプの変異体。魚人のおっさんで元忍者、過去に神らしきものの教団に所属していた
タルヤ:エスパータイプの変異体。ノーマンの女性で、何かに依存することで精神の平衡を保っている
訓練を終える
この数日間、選別が無かったおかげで、かなり訓練が進んだ
サイキックによる第七感の開発、推手による身体感覚、歩法の反復練習…
更に、武器もいろいろと手に取って練習してみている
「じゃあ、ラーズ。お疲れ」
「はい、おやすみなさい」
ヘルマンと別れて個室に入る
疲れたからさっさと寝よう
ピーーーーピーーーーピーーーー!!
「只今より………」
…来やがった
選別開始だ
訓練から戻ったばかりで武器も外していなかった
準備の手間が省けたぜ、ふざけやがって!!
「…行きますか」
「ああ、タルヤと合流しよう」
少しくらい休みたかった…
そんな気分を押し退けて、実戦モードに入る
これから殺し合いが始まる、切り替えろ、生き残れ!
選別が始まったら、運動場近くの廊下でタルヤと落ち合うことに決めている
廊下の左右を俺とヘルマン、探知をタルヤで任務分担できていてちょうどいいからだ
他の被検体達も、数人で別れて襲撃者と戦っているようだ
「ラーズ、ヘルマン!」
廊下の先にタルヤがいた
タルヤは、ナイフを構えて曲がり角の先を見ている
「タルヤ、敵か!?」
「ええ、一人よ!」
俺は、曲がり角を曲がる
「ヘルマン、そっちは俺が!」
「分かった、気をつけろ! タルヤ、けがは無いか?」
ヘルマンにタルヤを任せ、俺は廊下を曲がる
先には、手甲と脛当てを付けた兵士がいた
ボッ!
「うおっ!?」
兵士が、突然何かを投げる
横に避けるが、兵士は投げたものを引いて手元に戻した
あれは、鎖と分銅…、そして兵士の手には鎌
鎖鎌だ
初めて見るが、なかなか危険な武器だ
この武器の一番危険な要素は飛距離だ
こっちが六十センチほどのハンマーに対し、あっちは三メートル近くある鎖の先の鉄の塊で攻撃してくるのだ
ゴガッ!
「うおっ!?」
ドゴッ!
「のぉっ!!」
ガッ!
「おおぉぉっ!!」
手で鎖を回しながら、何度も分銅を投げつけて来る
回収できる投擲武器…、なんて凶悪なんだ!
ダメだ、このままではジリ貧だ
ナイフを投げ返すか…
いや、もう少しぎりぎりで躱して鎖を掴みさえすれば、手繰って接近できる
兵士が、また分銅を放ってくる
避けたいが、投げるタイミングにフェイントを入れてきやがるんだ!
ガッ!
俺は、左のトンファー型特殊警棒で分銅をガード
衝撃で手が痺れるが、このまま突っ込む!
「なっ…!?」
その矢先、兵士が自分から俺と距離を詰めて来た
まさか、接近戦で俺とやる気か!?
俺がハンマーを振り上げると同時に、兵士が鎖を引く
ゴガッ!
「…っ!?」
俺がハンマーを叩きつけると同時に、兵士の鎖が俺の体に巻き付く
ハンマーは兵士の鎌に当たったが壊すには至らず、俺は鎖に左手ごと巻き付かれて右手しか使えない
やべぇっ!?
鎖ってこんなことできるのか!
俺は咄嗟にハンマーの柄を短く持ち直す
コンパクトな動きで勝負だ
兵士の鎌が俺の顔を横から薙ぐ
下半身を下げてダッキング
カウンターで短く持ったハンマーを顔面に捻じり込む
ゴッ!
「ぎゃっ!」
だが、鎖が巻き付いていてうまく力が入らなかった
KOできず、もう一度鎌を振られる
ザクッ!
「がっ…!!」
左の二の腕に鎌が突き刺さる
鎌の刃の先端が槍のように突き刺さるため、骨を削った音がする
くそっ、鎌って下手すると剣よりも殺傷能力あるんじゃねーか!?
ゴガッ!
ゴシャッ!!
連続でハンマーの先端を叩き込み、三回目に空を切った
兵士が膝をついて、床に倒れたのだ
「…はぁー…はぁー…」
…危なかった
変異体の骨の強度が無かったら、腕の骨を折られていたかもしれない
痛みで硬直、片腕の不利、死ぬ条件が揃いすぎていた
近距離と遠距離の攻撃の両立、鎖による捕縛…
鎖鎌、とんでもない兵器だった
「きゃあぁっ!」
後ろから、タルヤの悲鳴が聞こえた
廊下の曲がり角を急いで戻ると、ヘルマンが二人の襲撃者と対峙、タルヤが剣を持った襲撃者と向き合っていた
タルヤは腕から血を流している
「タルヤ!」
俺は、投げナイフで剣を持った襲撃者を攻撃
「くっ…!?」
襲撃者が、驚きながらも投げナイフを剣で弾く
俺が追撃をしようとすると、タルヤがそれよりも早く動いた
ナイフでの突き
襲撃者が剣で受ける
その瞬間、テレキネシスで操るナイフが、足元から襲撃者の太ももに突き刺さる
「ぎゃあっ!!」
襲撃者が、痛みに声を上げた瞬間、俺がハンマーを襲撃者の頭に叩きつけた
手に持ったナイフに意識を集中させて、足元に浮かせていたナイフを隠す
そして、動脈が通っていて、防具をつけていることが少ない太ももの内側を狙う
ヘルマンが教えた暗殺術の成果た
俺はタルヤに笑いかけると、ヘルマンの方へ行く
「ヘルマン、一人請け負います」
「ラーズ、奥を頼む! タルヤ、後ろの索敵を頼む、挟み撃ちされたらまずいぞ!」
手前の斧を持った襲撃者にヘルマンがジャマハダルで攻撃
俺はすり抜けて奥の襲撃者を狙う
武器での近接戦闘
これのおかげで、慎重な立ち回りと観察眼が身に付いた気がする
素手同士の時は、相手の体格、動きを見て使う格闘術を推測していた
だが武器の場合は、その特性や流派による使い方を見極める必要がある
より、詳細な観察が必要となるのだ
こいつは、両手に見慣れない武器を両手に持っている
細い鉄の棒に二つの鍔のような突起がある、一見剣のように見える三又の棒
…釵だ
俺は空手をやっていたため、型で見たことがある
十手のように持つ武器かと思いきや、実際は持ち手部分を相手に向けて、長い棒を肘側に添えて持つ
突きを釵の柄で、肘を釵の刀身で、鍔をナックルガードのようにして使う
そして攻撃の中で釵を持ち替えて、十手のように刀身部分を叩きつけて警棒のようにも使う
対武器の防御にも使える器用な武器だが、その分習得は難しい
釵使いが間合いを詰めて来る
先手必勝!
俺は恐れずにハンマーを叩きつける
「うおっ!?」
釵使いは、体捌きでハンマーを躱す
カウンターで釵の柄での突き
ドスッ!
「ぐはっ…!」
わき腹を突かれ、肋骨が折れた音がした
返しで、裏拳のようにハンマーを振るうが、体を沈みこませて避けられる
捻る動作で激痛が走る、息が出来ねぇ!
俺は、カウンターを警戒して距離を取る
ガキッ!
「ぐっ…!」
だが、釵使いの追撃
踏み込んでからの肘、釵の刀身が叩きつけられる
何とかトンファーでガード
…こいつ、強いな
ハンマーだと、素早いコンビネーションについていけない
俺はハンマーを振りかぶり、殴りかかるふりをして投げつける
トンファーで突きながら、ナイフを取り出す
釵使いが、ハンマーを防御してトンファーを止める
ドガッ!
「ぐっ…!?」
追撃でローキックを叩き込む
武器で意識を散らせれば、下段攻撃までの対応は難しいだろう
そのまま接近戦
トンファーで突き
釵でガードされる
もう一つの釵で腹を突かれる
痛みに耐えて胸辺りをナイフで刺す
肘を振って釵の刀身で顔を叩かれる
トンファーで顔面をフルスイング
ゴッ!
ドガッ!
バキッ!!
お互いの攻撃がぶつかり合う
くそっ、この武器構成じゃやっぱりダメだ
完全に泥仕合になっちまった
ぐっ…、意識が飛びそうになる
殺らないと殺られる
綺麗じゃなくていい、がむしゃらに叩き込め
押し切られたら負ける
「おあぁぁぁっ!」
「があぁぁぁっ!」
お互いに攻撃を重ねていく
ダメージと疲労が蓄積していく
死にたくない
こんなところで死ねない
「うおあぁぁぁぁぁっ!!」
ふざけるな
こんな場所で死んでたまるか!
まだ俺は何もできていない!
何もはじめていないんだ!
「あぁぁ………!」
殺す
押しきる
叩き潰せ
………
……
…
ドゴォッ!!
「………がはっ!?」
突然、凄まじい衝撃が起こる
俺の体が、廊下の壁に叩きつけられた
「な…ごふっ……」
と、とんでもない衝撃だった
目の前にはヘルマンが立っていた
中腰の構えだ
ヘルマンが発勁…?
「…正気に戻ったか、ラーズ?」
ヘルマンが、俺の顔を見下ろす
「あ…え…?」
「…ラーズが、襲撃者を殴り続けて止まらなかったの。私たちまで攻撃しようとしたのよ?」
タルヤが、俺の胸に手を当てる
「え…?」
「あなたの中のトリガーが引かれて、人が変わったようだったわ」
「…」
「選別は終わったわ。医務室に行きましょう」
「そうだな」
ヘルマンとタルヤが俺に肩を貸してくれる
記憶が飛んでいて覚えていない
とりあえず、ヘルマンの本気の発勁の威力が凄すぎた
体が動かねぇ…




