閑話5 クレハナの実家
用語説明w
龍神皇国:惑星ウルにある大国。二つの自治区が「大崩壊」に見舞われ、現在復興中
クレハナ:クレハナ:龍神皇国の北に位置する小国。フィーナの故郷で、後継者争いの内戦が激化している
大崩壊:神らしきものの教団や龍神皇国の貴族が引き起こした人為的な大災害。約百万人に上ぼる犠牲者が出た
フィーナ:ラーズの二歳下の恋人。龍神皇国騎士団にBランク騎士として就職している。魔法に特化した大魔導師
ドース:クレハナのウルラ領の領主で、第二位の王位継承権を持つ。フィーナの実父
ヤマト:龍神皇国騎士団の騎士、特別な獣化である神獣化、氣力を体に満たすトランスを使う近接攻撃のスペシャリスト
クレハナ
龍神皇国の北に接する小国
現在は、三つの勢力に別れて内戦状態にある
クレハナは、約百年前に存在した大国、龍神皇帝国が分裂した際に独立した王国だ
代々王家が治めているのだが、王家とは具体的には三つの領主の家系を意味する
それが、ウルラ家、ナウカ家、コクル家
代々、次代の王はこの三つの家系の中から選ばれることになっている
しかし、今代の王が病によって急逝
次代の王を指名していなかった
そこで議会は、王位継承権第一位であるナウカ家のシーベルを王に指名
本来はこれで丸く収まるはずだった
しかし、突然ある声明が発表される
なんと、王の遺書が見つかったというのだ
遺書は今際の際に王が走り書きをしたメモであり、シーベルに王位は渡さない、という内容だった
しかし残念ながら、具体的に次の王の名前を書く前に息を引き取ってしまっていた
筆跡鑑定や発見状況を精査した結果、この遺書は王の自記筆で間違いないと結論付けられ、議会はシーベルの王位継承を撤回した
その日、起こったことは三つ
・第二位の継承権を持つ、ウルラ家のドースが王位の継承を宣言
・第三位の継承権を持つ、コクル家のツエルが王位の継承を宣言
・第一位の継承権を持つ、ナウカ家のシーベルが議会の陰謀を訴えて王位の継承を宣言
そのまま武力による小競り合いが勃発し、数年後には内戦状態へと突入した
もう十数年も前の話である
クレハナ南部
ウルラ領内 灰鳥城
白と黒を使ったモノクロデザインの城
重要文化財であり、ウルラ領の主城だ
ここは統治の中心であり、領主のドースが住んでいる
つまり、ドースの実の娘であるフィーナの実家でもある
フィーナは、久しぶりに灰鳥城に帰省している
…そして、その事を少し後悔し始めていた
「フィーナ、どうだろう?」
「絶対に嫌」
「ウルラ家の宝は忍者とその技術だ。優秀な忍者とは会っておいて損はない」
「お見合いなんて絶対にしないから!」
ドースが勧めているのは、ウルラ領が保護している忍者で、その中でも最強の名に最も近いと言われる忍、五遁のジライヤとのお見合いだ
ウルラ家は、クレハナの国力の要として忍の里と忍者達を保護してきた
力のあるジライヤとフィーナが結婚すれば、ウルラ家に協力する忍者の数は更に増えるだろう
クレハナを制するためには、戦力の増強が必須だ
…だが、そんな事情はフィーナに関係ない
フィーナは怒っている
どうしても一度、灰鳥城に来てくれと実の父親に言われて来てみれば、結局は内戦と権力作りの話だったからだ
「これは、騎士として働くフィーナにとってもいい話だ。秘伝の複合遁術を習得できるチャンスなんだぞ」
ドースが熱心に続ける
忍者が使う忍術には、大きく分けて二つある
遁術とそれ以外の忍術だ
そして、遁術とは属性を持つ特技であり、基本の遁術は属性を一つ利用して発動する
遁術と通常の特技との違いは、発動術式を体に書き込むことである
そして忍術には、里に固有の秘伝の忍術や遁術というものが存在する
その秘伝の一つに、「複合遁術」というものがある
本来、遁術とは一つの属性で発動するのだが、この「複合遁術」とは複数の属性を組み合わせたものであり、通常の遁術とは比べ物にならない性能を誇る
…それを教えて貰えるというのが、ドースの言い分だ
確かに複合遁術を習得できれば、フィーナの騎士としての実力は上がる
それほど、秘伝の複合遁術とは有用なものが多い
また、魔法に特化したフィーナが特技である遁術を身に付けることは、フィーナが魔法以外の強みを得られるということでもある
・・・・・・
灰鳥城の前には、魔法のじゅうたんが待っていた
前には操縦席が一つあり、操縦者が静かに座っている
後ろには広いソファーのような座席が置かれており、そこに一人の獣人男性が座っていた
筋骨隆々、好戦的な表情、一見して戦いを生業とする者であることが分かる
男の名前はヤマト
龍神皇国騎士団に所属する騎士で、虎王の二つ名を持つ
フィーナの同僚であり、現在はクレハナの治安維持部隊として派遣されている
獣化とトランスで戦闘力を爆発的に上げることができる、戦いの天才だ
「灰鳥城のお姫様のお帰りだ」
ヤマトが、城から出てきたフィーナを見て体を起こした
「…姫じゃないし」
フィーナがプイッと顔を背ける
「遅いじゃねーか。時間通り待ってたのに」
ヤマトが不服そうに言う
「ごめん。クレハナのお父さんとの話が長引いて…」
フィーナは、謝りながら魔法のじゅうたんに乗り込んだ
「出発します」
操縦者が魔法のじゅうたんをゆっくりと動かし始めた
「…で、どうだったんだ? ラーズの居場所は分かりそうなのかよ」
ヤマトがフィーナに尋ねる
「…うん。いる可能性が高い場所は知ってるみたい」
「娘の頼みでも教えてくれないのか?」
「教える条件は、私が騎士団を辞めてクレハナに戻ることだって」
「…」
現在、ラーズは行方不明となっている
シグノイアとハカルを襲った大崩壊に巻き込まれ、行方が分からなくなってしまったのだ
龍神皇国の騎士団が探しているが、未だに行方は分かっていない
しかし、ここに一つの手がかりがあった
ドースは以前から、『ラーズ君がいる可能性の高い場所を知っている』とフィーナに伝えていた
なんと、ドースは行方不明になる直前にラーズと会っていたと言うのだ
今回フィーナがクレハナに戻ったのは、その真偽を確かめるという目的でもあった
「…確実にいるとは限らないんだろ?」
「もちろん、ラーズが見つかったらクレハナに戻るっていう条件でいいって…」
「…」
ヤマトは腕を組んで考え込む
フィーナは第四位の王位継承権を持つ、ウルラ領の姫だ
だが、現在はウルラ家を出て龍神皇国の一般家庭であるオーティル家の養子になっている
これにより、王位継承権を失っている状態だ
内戦により、暗殺や権力争いに巻き込まれる可能性が高く、まだ幼かったフィーナは身の安全のために王家を出奔したのだ
だが、ドースはフィーナをいずれウルラ家に戻すつもりであった
そのため、王家の女子が伝統的に通うことになっているハナノミヤ聖女子大学に通うという条件を出した
この時、すでにクレハナが内戦状態だったため、ハナノミヤ聖女子大学はシグノイアにある分校が本校扱いとなっていた
ちょうど、兄妹となったラーズがシグノイアのトウデン大学に通うことになったため、シグノイアに同居してそれぞれ大学に通うことになったのだ
「…どうする気だ? まさか、騎士団を辞める気じゃないよな」
「辞めたくなんかない」
「そうか」
ヤマトがホッとする
フィーナはクレハナの王位などに興味はない
騎士として、自分の力で生きていきたい
そして、ラーズと生きていきたい、オーティル家の一員として生きていきたいと思っている
だが、ドースを一人にする心苦しさ
クレハナの民が内戦で苦しんでいることへの苦悩もある
「でも、このままラーズが見つからないなら…。私が我慢して、ラーズが見つけられるなら…」
フィーナが空を見上げる
「フィーナ…」
龍神皇国行きの電車が待つ駅が見えてきた
「…ヤマト、クレハナをお願いね。あと、怪我しないように」
フィーナは、治安維持部隊としてクレハナに派遣されているヤマトに心配そうに言う
「ああ、分かってる。フィーナもラーズのこと頼んだぞ。絶対に見つけ出せよ」
「うん、もちろん」
フィーナ、ヤマト、ラーズは同じ騎士学園の同級生で、同じパーティを組んでいた仲間だった
お互いに、一日も早い再会を願っている
フィーナは、ヤマトに見送られて改札を通る
…ラーズはまだ見つかっていない