二章~10話 タルヤの貸り
用語説明w
ギガントタイプ:身体能力に特化した変異体。平均身長2,5メートルほど、怪力や再生能力、皮膚の硬化、スタミナの強化、高い免疫、消化能力を獲得
エスパータイプ:脳力に特化した変異体。サイキック能力とテレパスを含めた感覚器が発達し、脳を巨大化させるため額から上の頭骨が常人より伸びる
タルヤ:エスパータイプの変異体。ノーマンの女性で、何かに依存することで精神の平衡を保っている
目が覚める
人間の欲求とは恐ろしい
健康であればあるほど、欲求が強くなる
つまり、食欲、睡眠欲、性欲だ
食欲と睡眠欲は、体を維持するために必要だ
だが、性欲はどうだろうか?
いつ始まるかも分からない選別、迫りくる死の恐怖
この精神的ストレスを癒すためには、性欲を満たしたくなるのかもしれない
…何を言いたいかというと
このステージ2はおかしい
この施設は、ステージ2の区画と複数のステージ1の区画からなっているようだ
それぞれのステージ1の区画で強制進化を完成させた完成変異体がステージ2に集められて生活している
そして、ステージ1は男女が完全に分けられていたが、ステージ2は男女が一緒に生活している
…その反動で、いたるところで男女の営みが行われているのだ
ランダムで始まる選別のストレスも後押ししているのだろう
俺達の個室があるエリアでも、時間に関係なく喘ぎ声が聞こえる
ステージ2では時間に関係なく好きに生活していいため、いつでもそういう声が聞こえるのだ
「ぁ……ぅ………」
つい耳をすませてしまう、情けない俺
ムラムラする…
ステージ1での体調不良から一転、ステージ2に来てからは体調がいい
いや、よすぎる
そして、圧倒的に少ない娯楽
女性の被検体に目が行ってしまう
診療室のナースさんに目が行ってしまう
殺し合いと殺し合いの間の時間
ストレスとストレスの間の時間
癒しに目が行くのは当たり前だろう
そして、それは女性も同じだ
ここの選別は、女であろうと問答無用で殺される
男女平等に死が訪れる
つまり、女性も同様にストレスに塗れ、精神の均衡を保つために異性を求めるのだ
つまり、誘惑が多すぎる
だが、性欲の発散に逃げるわけにはいかない
こんなところで、落ち着くわけにはいかない
一度性欲を発散してしまえば、その快楽からは逃れられない
死のストレスから目を逸らすために、性欲に逃げてしまうのが目に見えている
死に目を向けろ
仲間の死から目を逸らすために、俺は大崩壊の元凶を忘れた
そんなことはもう許さない
死から目を逸らすな
俺は、絶対に生きてここを出る
「…あ……ぁ……」
壁越しに聞こえて来る、艶めかしい声
クソが…
今すぐ隣にかち込んでやろうか…
いやいや、冷静になれ
俺が出て行った方が建設的だろう
俺は、平静を保つために個室を後にした
・・・・・・
運動場にでも行こうと廊下を歩いていると、前から男女が歩いてきた
ギガントの男とエスパーの女だ
こいつらも被検体同士でやってるのか
けっ…!
うらやましくなんか…
お前なんかよりフィーナの方が可愛い…
心の中で毒づいて通り過ぎようとすると、俺は足を止めた
そして、それは向こうも同じだった
俺は誰が恋愛しようが知ったこっちゃないが、お前は話が別だ
「ラ、ラーズ…!」
「タルヤ…」
エスパータイプの女はタルヤだった
このクソ女、俺を斧野郎に当てがって逃げやがった
お陰で殺されるところだったんだ
「ラーズ、ごめんね…? わ、私、必死だったから…」
「…それで済むと思ってるのか?」
どうするか?
女だからといって、あれは許せない
リスクは俺の命だったからだ
「おい、何だお前は!?」
「あ?」
「タルヤは今日、俺が抱くんだ。引っ込んで…」
「…」
ギガント男の、あまりに見当違いの発言に、一瞬頭が真っ白になる
「ガオラン、違うわ。ラーズは…」
「タルヤ、俺が守るから待ってろ」
ガオランというらしいギガントは、タルヤの話を聞かずに俺の前に出る
完全に頭に来た
この勘違い野郎、お前も殺されかけてみればいい
「引っ込んでろ!」
俺は、ガオランの前足にタックル
「うおっ!?」
ガオランがバランスを崩すも、倒れずに耐える
そして、拳を振り下ろしてくる
ギガントタイプは背が高い
普通に戦うと、顔に強い打撃を当てることが難しい
だが、低い姿勢の俺に攻撃を加える場合はどうだろうか?
ドガッ!
俺は手を放して拳を避ける
床を殴りつけたガオランの顔が下がっている
俺は左足をガオランの左ひざに添える
そこを支点に、腰を回す
ゴギャッ!!
「ごっ……!!」
俺の右ハイキックがガオランの顎を撃ち抜く
同時に、骨にひびが入る感触もあった
変異体とはいえ、顎を横に打ち抜かれれば脳が揺れる
ガオランは意識を飛ばし、仰向けに倒れた
「…ひっ……」
それを見て、タルヤが悲鳴を上げる
「…邪魔をしたからこいつはやった。けど、タルヤを殴るつもりはないよ」
「…」
「ただ、あのやり方は許せない。助けを求めるなら、協力を求めればいい。共闘すればリスクを下げて戦えていた」
「あ…」
「退路を勝手に断たれた環境で戦わされれば、勝てる闘いだって勝てなくなる。いったい何がしたかったんだ?」
「こ、こ、怖かったの…! 死にたくなかったの! 怖くて何も考えられなくなって…、必死に…。ごめんなさい!」
「…」
今度は俺が黙ってしまう
「私、もう嫌なの…! いつ殺されるかも分からない、どこに敵がいるのかも分からない…! そんな時間が何度も何度も! 怖くて仕方ないの…」
タルヤの目から涙が溢れ出す
死の恐怖
いつ襲われるかも分からないストレス
…そうか、タルヤは壊れかけているんだ
常に男を探しているのも、そうしないと精神が壊れてしまうからか
まるで、ステージ1の俺を見ているようだ
俺は座り込んで泣き出してしまったタルヤを見下ろす
「…タルヤ、分かった。許してあげる」
「…ひっ…ひっ……ほ、本当…?」
タルヤが、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた
「だけど、今回だけだ。俺は生きて帰らなきゃいけない、これ以上命のリスクを上げられないからね」
「…うん」
「そして、タルヤは俺に一つ借りができた。それを返してほしいんだ」
「借り…。うん、わかった」
そう言って、タルヤが立ち上がる
「え、分かったって…」
「ラーズの部屋でいい? お詫びだから、何回でもエッチしていいよ」
「…違うわ!」
だいたい、泣き腫らした女とそういう感じになるかよ!
「…え?」
意味が分かっていないタルヤ
「俺は、タルヤにサイキックの練習に付き合ってって言いたかったんだよ。エスパータイプなら得意だろ?」
「サイキックの練習?」
「そうだよ。俺も選別を生き抜く力が足りない。タルヤもそうだろ? だから、一緒に練習して生き残る力をつけよう」
殺されはしたが、ジョルジュのテレキネシスは凄かった
俺のテレキネシスは、相変わらず上手く発動しない
改善にはエスパータイプのアドバイスが欲しい
「…生き残る力……。そんなこと言われたの初めて…」
「負けたら肉にされちまうんだろ? それなら、少しでも生き残る可能性を上げるべきだ。タルヤも、戦闘術を身につければ戦かう方法が増えるだろ」
「うん…、分かった。やってみたい…」
タルヤが笑った
頑張り方が分かれば、それが希望に繋がることもある
ヘルマンの体術、タルヤのサイキック、生き残る術は多ければ多いほどいい
「…ラーズだったら、エッチもいつでもいいからね?」
「…っ!?」
心が揺らぎそうな自分が怖い
いや、俺にはフィーナがいる…、フィーナがいる……、フィーナがいる………