二章~9話 体術
用語説明w
ヘルマン:ドラゴンタイプの変異体。魚人のおっさんで元忍者、過去に神らしきものの教団に所属していた
「…これにて選別を終了します。これにて選別を終了します。戦闘を終えて各自必要な措置を行ってください…繰り返します。これにて…」
選別の終わりを告げる一斉放送が響く
生きている襲撃者達が、攻撃をやめて自分の足で戻っていく
こいつら、そう言えばどこから入って来てるんだろう?
斧野郎は倒れたまま反応がない
食堂にも死体回収の作業員が入ってきて淡々と清掃作業が始まる
斧野郎も運び出されていった
更にジョルジュの死体、示現流の剣士も運ばれていく
生きてる奴は、治療を受けられるのだろうか?
まぁ、敵がどうなるかまでは知ったこっちゃないか
俺は診療室に向かう
左肩を斧でやられた
もう血は止まっているみたいだが、治療だけしてもらいたい
次の選別がいつ始まるか分からないからだ
向かっている最中も、どんどん死体が片付けられている
ほとんどが襲撃者だが、中には被験体もいる
ジョルジュも含めて、今回は三人が犠牲になったようだ
全員が丁寧に運ばれていった
「…」
明日は我が身…
いや、ネガティブになるのはよせ
できることをやって備えるしかないんだ
診療室の区画に着く
みんな、欲望をむき出しにして並んでいると予想した
だが、予想は外れた
診療室は大盛況だったが、それは怪我人の治療でだった
腕がちぎれた者、目を失った者、ザックリと斬られている者…
全員がトリアージされ、重症度に応じて並んで待っていた
「あなたは軽傷ね。こっちに並んで?」
相変わらず、胸元が大きく開いたナースさんに案内される
この子は神族のようだ、頭上に霊体の輪がうっすらと光る
白衣のセクシー天使…
こんな環境で、こんな刺激を受けたらまずい
目の毒だから早く帰ろう
しばらく待っていると、包帯と軟膏、そしてカプセルワームをさっきの神族のナースさんが持ってきてくれた
「名前とコードを教えて?」
「D03、ラーズです」
「…あ、あったわ。じゃ治療しちゃうわね」
そう言って、ナースさんはカプセルワームを俺の左肩に貼り付けて、軟膏を小さい傷に塗る
最後に包帯で患部を覆って措置は終わりだ
ちなみにカプセルワームとは、比較的大きな傷や出血がある際に使う回復アイテムだ
芋虫みたいなぷにぷにしたカプセル型をしていることからその名がついたが、その正体は万能細胞の集合体だ
患部に貼り付けて使うことで、傷を埋めて血管を一時的に補完して止血、さらに雑菌の消毒ができる
患部の組織と同化し、時間が経てば自身の細胞と置き換わるのだ
軍時代は、回復薬とカプセルワームは一般兵の必需品だった
小さい傷や疲労には即効性の回復薬、出血にはカプセルワームという使い分けだ
「あー…、左肩の傷だから今日は注射が打てないわね。次の定期検診の時にしてもらってね?」
「は、はい」
ナースさんが顔を近づけてくる
なぜか敬語で答える俺
ナースさんの、女性の体臭や視覚情報で理性がぶっ飛びそうになる…!
「あ、あ、ありがとうございました!」
俺は、自分自身の理性が全く信用できないためそそくさと立ち上がる
「明日の朝までは包帯外さないようにね。お大事に」
ナースさんの言葉に頷き、俺は個室へと戻った
・・・・・・
「あの診療所、刺激が強すぎるんだよ…」
俺は一人言をいいながら食堂へ向かった
食事のトレイを受けとると、テーブルの端に見知った姿があった
「ヘルマン、無事だったんですね」
「ラーズ、今回も生き残ったな」
俺達は、拳を合わせて生還を祝う
「今回の襲撃者は強かったな。どうやら、選別毎に敵のレベルにばらつきがあるようだ」
「確かに、今回の敵は強かったです」
俺は、自分の左肩を見せる
斧は強力な兵器だった
剣と同じように考えていたら痛い目を見た
「今回は何人殺ったんだ?」
「…二人です。一人は止めを刺しませんでしたが」
俺は、示現流の剣士と斧野郎の戦いを話した
「刀も斧も強力な武器だ。よく生き残ったな」
「ヘルマンはどうだったんですか?」
ヘルマンは俺よりも圧倒的に強いから、別に心配はしてないが
「俺は一人だ。鞭を使う奴を後ろから仕留めて終わりさ」
「さすがの安定感ですね…」
「そうでもないさ。ちょっと体調が悪かったから、無理せず気配を消して隠れてただけだからな」
「体調ですか?」
「さっき診療室に行ったよ。完成変異体になったばかりで、まだ変異体因子が安定してないと体調が崩れる場合があるってよ。ラーズも気を付けろよ」
「はぁ…」
ステージ1の初期、地獄の体調不良を思い出す
もう、あんな状態になるのは嫌だ…
俺達は、食事を終えると運動場に向かった
選別を生き残るには力が必要だ
少しでも、生き残る力をあげなければ、次は殺されるかもしれない
ヘルマンに訓練をお願いしたら、快く引き受けてくれた
「そう言えば、ヘルマン。俺達もドラゴンタイプなので、サイキックの訓練もしなきゃダメじゃないですか?」
「まぁ、確かにな…。急にどうしたんだ?」
「いや、今回殺されたジョルジュってドラゴンタイプがテレキネシスや飛行能力を使ってたんですよ。俺達も使えたらいいなって思って」
「でも、サイキックの訓練ってどうやるんだ?」
「さぁ…」
「…」
ヘルマンは独学で飛行能力を使っていたが、数十センチを浮遊するだけだ
俺も、軍時代に使えていたテレキネシスがなぜか使えなくなっている
改善策が分からん…
とりあえず後回しか
「よし、やるか」
「はい、お願いします」
結局、直接的に強くなれる武術と武器術の訓練をする
また、目を覆っての推手からだ
手の甲を合わせる
手から感じる触覚集中する
動きの察知、重心の変化、力の入り具合
同時に自分の状態を把握
息遣い、大地の振動、空気の動きからヘルマンの体の位置と動きを浮かび上がらせる
が…
「ぐあっ!?」
腕から崩されて、体が反転する
その後も、崩される、崩される、崩される…!
力で引っ張られたわけでもない
ヘルマンはほとんど力をいれていないように思える
それなのに、何でこんなに崩されるんだ!?
だいたい、末端の腕を捕まれただけで体全体をコントロールされるっておかしいだろ!
「があぁぁっ!!」
立った状態で手首を極められ、俺は膝を着く
完全に動きを制圧された
「どうした、突然集中力が途切れたぞ?」
「…ちょっと、何でこんなに好き勝手やられてるのか理解が出来なくて。解説して下さい」
「俺とラーズの技術にそこまで差は無いぞ? 相手の動きに対する意識の差だ」
「意識ですか?」
「ま、こればっかりは対人練習を繰り返すしかないな」
だ、ダメだ
ダメダメだ…
俺はそれなりに格闘技をやってきたが、立ち関節なんか極められたことないぞ
もはや、何が悪いかもわからん
俺達は水を飲みながら一息つく
「よし、それじゃあラーズにいい技を伝授してやるか」
ヘルマンが言う
「いい技ですか?」
「ああ、おそらくラーズに足りないものだ」
「足りないもの…、あの発勁の打撃ですか?」
ヘルマンは、突きや蹴りだけでなく、肩や背中、どこからでも威力の乗った打撃を打てる
「違う違う。打撃なら、ラーズは充分に強いだろう」
「え? それじゃあ何を教えてくれるんですか?」
「步法だ」
步法
武術では、歩き方と姿勢をとても重要視する
そして歩法とは、歩くという行為が、相手の姿勢を崩す動きに繋がっている動作だ
鍛練方法として決まった形があり、繰り返し練習することで身に付いていく
ヘルマンが、紐で円を作って床に置く
「今から教えるのは、八卦掌という武術の步法だ」
「八卦掌…」
確か、円の動きを基本とした武術だったはずだ
「俺を信じられるなら、この步法をひたすら繰り返せ」
「…分かりました」
ヘルマンの強さには疑問は持っていない
「よし」
ヘルマンは頷いて、俺に型を教えてくれた