二章~1話 変異体の価値
用語説明w
この施設:ラーズが収容された謎の変異体研究施設、通称「上」。変異体のお肉も出荷しているらしい
変異体:遺伝子工学をメインとした人体強化術。極地戦、飢餓、疲労、病気、怪我に耐える強化兵を作り出すが、完成率が著しく低い。三種類のタイプがある
ヘルマン:ドラゴンタイプの変異体。魚人のおっさんで元忍者、過去に神らしきものの教団に所属していた
ステージ2に上がり、俺とヘルマンは区画を引っ越す
この施設はかなり広い
俺が最初に目覚めた病棟のよな区画、ステージ1の区画、そしてステージ2の区画と大きく分厚い金属の壁で仕切られている
もちろん、被検体が勝手に移動ができないように見張りの守衛はいるし、扉は固く閉ざされている
案内されたステージ2の個室は、ベッドと洗面台があるだけでステージ1の個室と変わりは無かった
その後、検査室のような部屋で研究者から説明を受ける
「D27、D03、おめでとう。お前達は正式に完成変異体と認められた。つまり百万分の一の確率に生き残ったということだ」
完成変異体の成功率は百万人に一人
俺達は、ようやくあの検査や選別から卒業できるというわけだ
「私達研究者の仕事は、お前達被検体の体を完成させるまで。今後は、ステージ2の教官がお前たちの指導を請け負う」
研究者がそう言うと、一人の男が入ってきた
…ゾクッ
空気が重く変わる
「…っ!!」
俺とヘルマンが同時に固められる
…闘氣だ
これは闘氣の威圧感だ
強さ…、生物としての格の違いとでもいうのか
実際にはないはずのプレッシャーで体が押しつぶされるような感覚を受ける
この男はBランクだ
男は軍服、腰にはサーベルを下げている
頭が光輪のように淡く光って見えるので神族だろう
「ようこそ、新しい完成変異体の諸君。君たちを歓迎する」
男はにこやかに話す
だが、嫌な視線だ
家畜を見るかのような視線
少なくとも、同じ人間の目線ではない
教官に資料を渡して説明を終えると、白衣の研究者が俺達を見る
「君たちはステージ1を生き残り完成変異体となった。この先の活躍を期待しているよ」
そう言うと、ステージ1の区画へと帰って行った
「私は、トラビス。ステージ2以降の教官という立場だ」
トラビス教官が、俺達をじっと見つめる
トラビス教官か
この値踏みするような目…、好きになれないな
「では、ステージ2について説明しよう」
トラビス教官が続ける
「ステージ2の目的は一つ。選別を生き残ることだ」
「なっ…!?」 「また選別だと!」
俺とヘルマンが同時に言う
ステージ2でも殺し合いをさせられるのか!?
「もちろんだとも。この施設で一番最初に説明を受けたと思うが、この施設の目的は完成変異体を作り出すことではない。変異体による強化兵を作り出すことだ」
「…」 「…」
変異体による強化兵
つまり、戦える完成変異体、訓練を受けた完成変異体を作り出すこと
「完成変異体は大変貴重な資源だ。だが、兵士として使えないのであれば意味がない。その場合は、兵士として使える人間を変異体とするための材料として使うしかない」
「…っ! 肉として出荷ということか…!」
ヘルマンが言う
「そうだ。君たちは完成変異体となったため、その体は大変貴重な素材だ」
トラビス教官が頷く
完成変異体の肉体の素材化
その細胞は変異体因子が活性化した状態にある
それを錬金術処理を行い食材として加工することで、食べた者の変異体因子を活性化させる効果が得られる
特にその心臓が効果的であり、一から変異体因子を活性化、覚醒、そして強制進化をさせるという工程の八十パーセント近くを省略できる場合もあると言われている
「つまり、兵士として使えない完成変異体は、強靭な兵士を変異体にできる食材として使った方が有効活用になる…、ということだ」
「…」
「食材として出荷しなくていいように、ここで存分に君たちの存在価値を示してくれたまえ」
またトラビス教官がにっこりと笑った
人の生き死にの話を笑いながらできる
このトラビスという教官は、Bランク特有の選民思想を拗らせているようだ
…存在価値、つまり戦って生き残れなければ食材にされる
ステージ2も、ステージ1と変わらないということだ
いや、ステージ1の選別は、あくまで強制進化を進めるための刺激としての位置付けだった
ストレスを与えることが目的であるため、おそらく命の保証はされていたのだろう
だが、ここでの選別は純粋な選別、戦えない者を食材にするための選別だ
致死率は跳ね上がるだろう
「そして、その選別についてだが…」
教官が続ける
「ステージ2の選別の時間はランダムだ。選別が開始されれば、区画内に襲撃者が侵入する。君たちはどんな方法を使ってでも、ただ生き残ればいい。逃げても戦っても、武器を使うことも問題ない」
「選別の場所は?」
「ステージ2の区画全てだ」
「す、全て!?」
「ただし、一つ条件がある。それが魔法の禁止だ。魔法を使える者は呪印を施させてもらう」
ステージ2の選別
時間に関係なく、選別開始の放送が入ればスタート
襲撃者がステージ2の区画内に放たれる
終了時間はランダム、長ければ十時間を超える可能性もある
区画内には刃物やこん棒などの近接武器が用意されており、好きに使っていい
魔法技能は禁止のため、魔法技能を持つ者は魔封じの呪印を施される
魔法以外のサイキック能力などは使用可能
逃げ回ることに徹することも可能
選別終了まで生き残ればいいというシンプルなルールだ
「選別以外の時間は好きに生活していい。選別の間は使えないが、医療室が複数用意されている。ここの看護師達は、予約を取れば好きに抱くことが可能だ。男も女も各種人種を取り揃えている。更に、被検体同士の恋愛も可能だ」
教官がにこやかに言う
これはクレオが言っていたな
本当に女を抱けるのか…
「…女以外に、ここでは何ができるんだ?」
ヘルマンが確認する
「必要な検査は受けてもらうが、それ以外は女を抱こうが、寝ていようが、基本的には自由だ。選別の時間以外なら、食堂では常に食事を取れる。運動場には武器が置かれているから自由に使っていいし、武器の補充や訓練もできる」
「武器と訓練…」
俺はまだ、この完成変異体の体になれていない
訓練は必要だ
こんな所で死ねない
訓練ができるならありがたい
「…説明は以上だが、お前たちに念を押しておくことがある」
教官の顔から、貼りついていたにこやかな笑顔が消えた
「このステージ2での致死率は90%だ」
「…っ!?」
十人に九人が、殺されているだと!
どれだけ難易度を上げるんだ!?
「…だが、死んだ者の内の何割かは、脱走を企てたことによる処刑だ」
教官は残念そうに言う
「…!!」
「私のような教官が複数いて、常に警戒に当たっている。そして当然、全員がBランクだ」
Bランク
闘氣を使う戦闘員で、闘氣で強化された圧倒的な身体能力と防御力を持つ
完成変異体といえど、闘氣が使えなければ絶対に勝てない
「つまり、私がその気になれば、君たちを肉にすることは簡単だということだ…」
ドスッ!
「…がはっ!?」
トラビス教官が一瞬のうちにサーベルを抜き、高速の突きで俺の腹を穿つ
は、早い、見えなかった…!
「うむ、皮膚の硬化もなかなか、何より腹に穴が空いたくらいでは致命傷とならない生命力。いい完成変異体だ」
そう言うと、教官は俺の腹からサーベルを引き抜いた
「ごふっ…」
口から血が逆流してくる
こ、こいつ、お試しで腹を刺すとかあるか…!
トラビス教官が俺に手を向ける
「…あっ……」
トラビス教官が、回復魔法を使って俺の腹の穴を治療した
「君たちは百万分の一の選別を生き抜いた完成変異体だ。私たちは、君たちが優秀な強化兵となることを期待している。くれぐれも馬鹿な真似をして失望させることのないように」
ゾクッ…
「…っ!?」
そう言って、教官はBランク特有の殺気を放ってサーベルを収めた
Bランクの教官には逆らえない
一瞬で食材にされる、トラビスの一撃でそれが分かった
この理不尽な施設で被検体の暴動が起きない理由、それがこの教官たちの存在ということか
「説明は以上だ、部屋へ戻れ。…最後に一つ。この後、間もなく選別が始まるが、君たちの参加は今回のみ免除されている」
そ、そうか、よかった
初日から選別とか勘弁してくれ
「ただし、居室のドアを開けた瞬間、選別に参加したとみなされる。選別中は絶対に居室のドアを開けないように」
そう言うと、トラビス教官は後ろを向く
「…地獄へようこそ。ここで生き抜けば、お前たちは強くなる」
最期にトラビス教官はそう言って去っていった
俺達は、職員に連れられて居室へ向かった
「ヘルマン、生き残りましょうね」
「…もちろんだ」
俺達はそれぞれ居室に入ると、ドアを閉める
…しばらく経つと、
ドガァ!
ガッ!
「ぎゃあぁぁぁぁっ!!」
ゴッ!
グシャッ!
争う音が数時間続いた
二章(ステージ2)開始です