一章~34話 性欲
用語説明w
変異体:遺伝子工学をメインとした人体強化術。極地戦、飢餓、疲労、病気、怪我に耐える強化兵を作り出すが、完成率が著しく低い。三種類のタイプがある
エスパータイプ:脳力に特化した変異体。サイキック能力とテレパスを含めた感覚器が発達し、脳を巨大化させるため額から上の頭骨が常人より伸びる
クレオ:エスパータイプの変異体。獣人男性で人当たりがいい
食堂に行く
トラウマとの折り合いも付いた
ステージ2へ行くことも決定
シンヤの件も片付いた
ステージ1でやり残したことは…
「ラーズ!」
食事を受け取るために並んでいると、クレオもちょうどやって来たところだった
「お、クレオ。怪我してるじゃないか」
クレオは、腕に包帯、顔は腫れあがり額にも包帯を巻いている
「今日が選別だったんだ。普通の人間だと思ったらサイキッカーで、俺のナイフを奪われちゃったんだ。危なかったよ」
「サイキッカーもいるのか…」
俺達は席に着く
あとステージ1での心残りは、このクレオかな
クレオは俺に話しかけてくれた
ちょっとした雑談だが、実はかなり救われていた
一回、シンヤに強制されて俺を呼び出してから思うところがあったが、クレオの立場からすれば仕方が無かったのかもしれない
そう割り切って、一度だけ許すことにはしている
俺がいなくなったら、クレオは大丈夫だろうか?
クレオは人懐っこいから大丈夫か
…正直、俺はクレオに気をかける余裕はない
だが、クレオにはちゃんと伝えなければ
それが、話しかけてくれたクレオに対する筋ってもんだ
「な、聞いたか? またドラゴンタイプが一人、暴走して死んだらしいぞ」
「暴走?」
変異体因子の暴走
変異体因子が覚醒し、俺達被検体は強制進化を施されている
強制進化とは、デザインされた変異のことであり、これによってギガント・エスパー・ドラゴンの三タイプに体が変異する
しかし、何らかの理由によりこの変異が暴走することがある
体が生存不可能な、無作為な変異を起こす可能性があるのだ
「選別の最中に暴走を起こして、選別場から運び出されたときには心臓が変異して動かなくなってたって…」
「それは怖いな」
ステージ1は、強制進化の最中である段階
まだ変異が進み切っておらず、不安定な状態なのだ
「変異体因子が覚醒まで行く奴は貴重だからな。中には薬とかで無理やり覚醒させられた奴もいるんだ。そういう奴は、天然の覚醒者に比べて暴走のリスクは高いらしいよ」
クレオが、他人事のように言う
「ふーん…」
変異体因子の覚醒者は、十万人に一人という低確率だ
そう簡単に覚醒者は手に入らないため、変異体因子を無理やり覚醒させる違法な人体実験を行っている施設は存在する
そういう被検体も集められているのだろう
そして、暴走のリスクや法則性などを観察されるモルモットとなるのだ
「これだけ被検体を集めていれば、失敗作もいる。そして、治療されるわけでもなく、壊れて死ぬまで実験に使われるんだ…」
クレオの表情が暗くなっていく
「ここは慈善団体じゃないってことだよな」
「…うん、どっちかというと品種改良を行っている畜産業って感じだろ」
俺達は乾いた笑い声を出す
畜産業でおいしい肉を供給してくれるのはありがたい
だが、畜産される方としてはたまったものじゃない
「…なぁ、クレオ」
「ん?」
クレオが、ほとんど食べ終わった食器から顔を上げる
「俺さ、ステージ2に行くことが決まったんだ」
「え!?」
「さっきの検査の時に、正式に決まったみたいなんだ」
「そ、そうか…、よかったな…」
クレオは、言葉とは裏腹に表情が暗い
動揺している
気持ちは分かる
ステージ1の被検体は、皆同じ思いを抱えている
それは、自分が完成変異体になれるのか、ということだ
強制進化の進み具合は人それぞれだ
ステージ2に上がる者を見送る側は、当然不安になるだろう
「クレオは、ここに来てどれくらいになるんだ?」
「俺は、半年くらいかな」
「それなら、短い方じゃないか。すぐにステージ2に上がれるよ」
「だといいけどな…」
クレオが言うには、ステージ2に上がれる者は二パターンあるらし
俺みたいに、短期間で進行が進むタイプとヘルマンみたいに停滞を経験してから進むタイプだ
一年以内に強制進化が終わらなければ、停滞する可能性が高いようだ
こればかりは、本人の体質などによるのでどうしようもない
完全に適正によるのだ
「…いいなぁ、ラーズは。ステージ2、俺も行きたいな」
「でも、ステージ2の方が致死率高いって研究者に脅されたぜ」
「うん、そんな噂は聞くんだけど…」
クレオが、少し恥ずかしそうに言う
「ステージ2に何かあるのかよ」
クレオが頷く
「…ステージ2では、女を抱けるらしいぞ」
「は?」
ステージ2では、男女の被検体が一緒に訓練を行うようになるらしい
それに伴って、性交の解禁、男も女も好きに恋愛をしてよくなる
更に、被検体同士だけでなく、娼婦や男娼が用意されており、性欲を発散することができるとか
「…そういえば、ここに来て性欲なんて欲求を完全に忘れていたな」
繰り返される選別のストレス、体調不良、人体実験の苦痛
部屋で意識を手放せる、睡眠が唯一の救いだった
「ラーズって、ここで何の説明も受けてないのか?」
「へ?」
「ステージ1の被験体は、性欲を抑制されているんだぞ」
「なっ…!?」
クレオの衝撃的な発言に、動きが止まる
性欲が抑制だと!?
確かに、ここに来てから俺のあれが元気になった記憶が無い
「性欲や恋愛によって、心が安定するのを防いでるんだってさ」
変異体は、今の環境によりよく適応したい
つまり、現在の自分に足りないところがある、変わりたいという欲求によって変異した姿だ
恋愛やセックスは、心を安定させてしまう、通称愛のホルモンと呼ばれるセロトニンなどが分泌されてしまう
つまり、自己肯定感を増して現状に満足させてしまうのだ
これにより、強制進化を妨げてしまう可能性がある
これによって、ここの食事には性欲自体を抑制する薬が入れられている
「ここって、改めてとんでもない施設だな。俺達はやっぱりモルモットで家畜なんだ」
「ラーズは、ステージ2でやりまくれるからいいじゃないか。俺も早く上がりたいな」
性欲が抑制されている割には、クレオはやる気満々だな
俺なんか、正直性欲が無いことにも気が付いていなかったのに
…このまま、勃たなくなっていたらどうしよう
俺は、不安を振り払う
「どうせ、ステージ1では時間があるんだ。クレオの得意なサイキックの訓練を続けて、ステージ2に備えろよ」
「えぇ!? エスパータイプは、ドラゴンやギガントタイプと違ってサイキック実験が多いんだぞ」
「だけど、頑張ってステージ2に上がっても、そこで死んじゃったら意味が無いんだぞ」
「うーん…、まぁ、確かになー」
「練習を続けていれば、選別でも簡単に勝てるようになるんだし」
それに、努力で得るものは結果だけじゃない
努力したって、相手に勝てないことはある
それなら意味がないのか?
俺の経験では、努力の対価とは自信だと思っている
辛くても、嫌でも、自分の意志で続けられた
負けても、失敗しても、努力を続けていけば乗り越えられる
そんな無敵感を得られる
心の強さを得る
人生において、この価値に匹敵するものがあるだろうか?
軍で受けた訓練は辛かった
だが、乗り越えてみれば、俺には自信が宿っていた
負けたって、失敗したって、負けるもんかと思える
ここの施設で頑張れているのも、この時に得た自信によるものだ
「クレオ、ステージ2で待ってるからな。早く上がって来いよ」
「うん、わかったよ。俺がステージ2に上がったら、すぐにおすすめの女の子紹介しろよ」
俺は、苦笑しながら頷いた
次回で一章終了になります