一章~33話 完成変異体
用語説明w
この施設:ラーズが収容された謎の変異体研究施設、通称「上」。変異体のお肉も出荷しているらしい
変異体:遺伝子工学をメインとした人体強化術。極地戦、飢餓、疲労、病気、怪我に耐える強化兵を作り出すが、完成率が著しく低い。三種類のタイプがある
ヴァルキュリア:異世界イグドラシルのスカウト部隊。ラーズはヴァルキュリアの一人がこの施設に持ち込んだらしい
選別を終え、検査を受ける
今日は、珍しく女の研究者がいた
このステージ1で初めて見た女かもしれない
年配だが上品な佇まいで、それなりのポストの雰囲気だ
久しぶりに女性を見て、少し鼓動が高まっている気がする
やべーな、俺
俺一人に対して、五人の研究者が検査を進めていく
選別を終えて疲れ切ってたいのだが、相変わらず俺の事情は全く考慮に入れてくれない
三、四時間、次々と検査機器を使って俺の体を調べていく
レントゲン、CTスキャン、採血、体の各部の観察…
氣脈と経絡の検査、霊視による霊体チェック、魔素反応、サイキックの発動検査…
出血に対する治癒力、骨格の強度、各部の筋力、持久力の検査…
いつもと違う、これでもかというくらい検査された
研究者から問診を受ける
「体調の悪い所や、体の違和感はないか?」
「最近はないです」
「背中の触手を動かしてみろ」
「…」
意識的に触手をある程度動かし、力を入れて翼のように張る
いつの間にか、思い通りに背中の触手をピンと張ることができるようになっていた
鳥が翼を動かすってこういう感じなのだろうか?
いや、鳥の翼は俺達の腕と同じか
それなら西洋種のドラゴンが、足とは別に持つ背中の翼を動かす感覚だろうか?
「よし、つぎはこのペンをテレキネシスで持ってみろ」
「テレキネシス?」
テレキネシス
精神の力である精力を物理的な力に変換するサイキック
ドラゴンタイプは、背中の触手にテレキネシスを発動させて空中浮遊ができる
「…」
俺は精神を集中させて、久しぶりにテレキネシスの発動を試みる
…精力は感じとれるし、脳から発動している感覚がある
だが、上手くテレキネシスとして発動しない
久しぶりだからか?
この施設に来てから、頭痛や幻覚が酷すぎて、サイキックを発動させたことが無かった
脳を刺激して体調不調になりたくなかったからだ
「…」
しばらく続けると、研究者が机に置いたペンが少しだけ動く
だが、やはり浮かせることはできない
軍時代に使えてたのになんでだよ!?
「精力が出せているなら特に問題はないだろう」
それらの検査を行った後、研究者たち結論を出した
「…D03、おめでとう。今回の検査をもって、あなたをドラゴンタイプの完成変異体と認定するわ」
そして、上品な女の研究者が代表して俺に言う
「明後日から、ステージ2へ昇格。ステージ1は卒業だ」
男の研究者が補足する
「ステージ2…」
そ、そうか
ついにステージ2か
だが、ステージ3で死んだというギガントと戦ったばかりだ
この施設を出られるチャンスは近づいたが、この先も油断はできない
「ステージ2は、ここほどやさしくないわ。命の保証をできる範囲がぐっと狭まるから」
「…ここに命の保証があったとでもいうつもりですか?」
俺は、嫌味を込めて言う
「ステージ1は、強制進化を始めた未成熟な変異体に対して、適度なストレスを与えることを目的としているわ。ストレスは与えても、死なないようにメンテナンスはするし戦いを止めたりもする」
「…」
死の危険を認識させることによるストレス
この精神的な刺激が、強制進化を促す
だが、被検体が死んでしまては意味がない
そう意味で、選別でも被検体同士の喧嘩でも、死ぬまでには止めるということなのだろう
ステージ1の目的は、生きたまま精神的に追い込むこと
そして、不安定な強制進化の促進を目的とするステージなのだ
「ステージ2になると、強化兵としての生存訓練が始まるわ。最低限の命の保証をしているステージ1と違って、死のリスクは格段に上がる。気をつけなさい」
…いや、どう気を付ければいいんだよ!?
変異体は兵器だ
劣悪な環境下で生き延びることができ、常人に比べてはるかに高い身体能力を持つ
病気やケガにも強く、治癒力も高い
更に、タイプによって、近接攻撃、諜報能力、魔法などに特化した体
強制進化が終わって完成変異体となれば、つぎは兵士としての能力を身につける番ということだ
「…あの、俺はこの施設にどういう経緯で来たんですか? 記憶が曖昧なんですけど…」
「お前か? ちょっと待てよ」
男の研究者が情報端末で何かを調べだす
ステージ2に行くことが決まると、研究者の待遇も変わるんだな
「…お前はヴァルキュリアが連れて来たとなっているぞ」
「ヴァルキュリア?」
ヴァルキュリア
この世界と重なる、イグドラシルと呼ばれる異世界の住人だ
神話に出て来る、戦場で死んだ優秀な戦士の魂を迎えに来るという女性神の元になった存在
現在のヴァルキュリアとは個人名ではなく、イグドラシルに存在する国家のスカウト部隊の名前
このペアにも優秀な戦士の魂をスカウトに来ているというわけだ
異世界イグドラシルではラグナロクと呼ばれる三つの国が争う戦争が起こっており、戦士のスカウトが急務のようだ
「…あのヴァルキュリアか?」
俺は、大崩壊の直後に一人のヴァルキュリアに会っている
大崩壊に巻き込まれた衝撃で負傷し、手助けをしてもらった
代わりに、戦死したであろう優秀な戦友の情報を渡すという交換条件で、生者に干渉しないというヴァルキュリアにルールを破らせたのだ
だが、ヴァルキュリアにあったのはその一回だ
その後、復讐のために戦い続け、変異体因子の暴走で意識を失うまではヴァルキュリアに会っていない
倒れた後、勝手にこの施設に売られたってことか?
「お前の体は、変異体因子の暴走でぐちゃぐちゃ変異していたようだ」
「暴走…」
それは覚えている
死ぬような大怪我を負い、変異体因子の暴走による超代謝でギリギリ生き延びた
「外科手術で脳を体から丁寧に剥離し、体をお前の遺伝子情報と変異体因子作用を使って再構成したらしいな。その措置を成功させた自慢話がレポートに自慢気書かれているぞ」
研究者がバカにしたように言う
こいつら研究者同士でも、他人の成功体験で嫉妬があるんだろうか?
「…俺は今後どうなるんです?」
「お前は、ヴァルキュリアから正式に買い受けられている。変異体の強化兵士として完成すれば、処遇は所有権を持つヴァルキュリアが決めることになる」
「…俺の所有権を、いつヴァルキュリアが取得した? 拉致されたようなものなんだぞ!?」
「それは、ヴァルキュリアと話し合うことだな。どっちにしろ、ここを出るためにはステージ2に進むしか方法はない」
研究者が事務的に言う
ここの被検体は、こういう理不尽な状況の奴ばかりなのだろう
いろんな理由で自分の所有権を勝手に他人に持たれている
くそったれが!
「それじゃあ、ステージ1での検査は終わりよ。明日は一日休みだからゆっくり休んで、ステージ2に備えなさい」
「何度も言うが、ステージ2の致死率は高い。お前の変異体としての完成度は高い、簡単に死ぬんじゃないぞ」
「お前は肉にするのはもったいない。ちゃんとここを卒業しろよ」
研究者に好き勝手に言われながら、俺は検査室を出る
…生き抜いてやる
いつかここを出て、俺の所有権とやらを取り返す
通常の法治国家であれば、人間の所有権の所在など議論にすらならないのだ
改めて思う
変異体の俺達に対して、こんな好き勝手な扱いをしておいて、よく暴動が起きないもんだと思う
俺達変異体は常人とは比べ物にならない身体能力を持っているのだ
ステージ1では、体調不良者が多い
だが、ステージ2であれば完成変異体が集まっている
ヘルマンやシンヤレベルの被験体であれば、パワードアーマー守衛といえども一対一なら普通に制圧できるだろう
それだけ対策をしているってことなんだろうな