一章~32話 選別十回目
用語説明w
この施設:ラーズが収容された謎の変異体研究施設、通称「上」。変異体のお肉も出荷しているらしい
ドラゴンタイプ:身体能力とサイキック、五感が強化されたバランスタイプの変異体。背中から一対の触手が生えた身体拡張が特徴
ギガントタイプ:身体能力に特化した変異体。平均身長2,5メートルほど、怪力や再生能力、皮膚の硬化、豊富なスタミナ、高い免疫、消化能力を獲得
選別場
おそらく最後の選別だろう
…個室に呼び出しの研究者が来たとき
てっきりステージ2へ行くことが決まったのだと思った
これで、選別という殺し合いをしなくていいと喜んだのに…
いや、切り替えろ
心が折れる
今回の敵は、異形の人間?だった
ギガントタイプのような巨体が醜く歪んでおり、肉腫が身体中にでき、更に肉が腐っているように見える
「今回の選別が、ステージ1の卒業テストだ。…生き残れよ」
「いやいや! 何だよあの化け物は!? 触れたら病気になるんじゃないか?」
俺は研究者に食って掛かる
「あれは、ステージ3でリタイアすることになってしまったギガントタイプだ」
「…ステージ3? 何であんなことになるんだ?」
まるで、バイオハザードを受けたゾンビさんのようだ
「訓練中に寄生生物に取りつかれた。完全に同化してしまってもう助からん。肉体に触ってもお前への寄生はないから安心して戦え」
「…」
ステージ3でリタイアだと…?
寄生生物に取りつかれるって、いったい何をさせられるんだ…
俺は勘違いしていたのかもしれない
もしかして、ステージ2以降はここよりも致死率が高いのか?
「ゴォォォォッ!」
研究者が選別場から出ていくと、バイオハザードギガントが襲いかかってきた
怖ぇ!
ビジュアルが怖ぇよ!
拳を振り回しながら、口を開けるギガント
ガチッ!
「うわっ!?」
横に跳んで回避
俺の立っていた場所で歯が噛み合わされる
大丈夫だ
恐怖はあるが、冷静だ
恐怖心とうまく付き合えている
緊張感は、パフォーマンスを引き出すのに必要な要素だ
ギガントの全体を見る
これにより挙動の起こりを察知する
相手の動きを予想し反応する
観の目、という考え方がある
近い所を遠いように見る
一つの場所に注目しない、全体を俯瞰で見るという考え方だ
敵の武器の位置は分かる
だが、その武器を見ない
大昔の剣豪の残した兵法の書に記された考え方だ
「ゴアオォォォォッ!」
ギガントタイプが吠える
理性はないようだ
ただ、俺に向かって攻撃を繰り返すだけ
ギガントタイプは、身体能力に特化した変異体
圧倒的な筋力と頑丈な巨体を持つ
体重があるため、エスパーやドラゴンタイプよりも動きが遅いように見えるが、実際は逆だ
発達した筋肉によって圧倒的に動きは早く、一番身体能力に劣るエスパーとは比べ物にならない
そして短距離なら、その瞬発力でドラゴンの速ささえ凌駕する
ドゴォッ!
ギリギリをギガントの拳がかする
よし、動きは見えている
冷静に、挙動の開始が見える
トラウマを克服したことで、視野が広がり、クリアに観察ができる
恐怖に囚われる
それは、自分を失っている状態だ
逃げる、躱す、攻撃する、捌く
全ての選択を失うということだ
こいつの動きは単純だ
直線的に俺を狙う、ただの反射に近い攻撃だ
ブォンッ!
腕をダッキング、そのまま鳩尾に正拳突き
グチャッ…
俺の拳が、腹部を覆った肉腫に突き刺さる
肉腫が潰れ、中から大量の血液と体液が吹き出す
攻撃が当たる
ギガントの攻撃が見える
自分が失った、いや失ったと思っていた感覚
トラウマに囚われていた苦しさからの解放感
解放された興奮
…ダメだ、興奮に引っ張られるな
ハイになる衝動を抑え付けろ
冷静に観察しろ
ギガントの呼吸音、汗、体臭、体液と血液の臭い、体温、地面を揺らす振動
ギガントの情報は視覚だけじゃない
俺が軍で身に付けた技術
視覚に頼らない観察
ギガントの動きが、面白いように分かる
未来でも見ているように予想ができる
ドッパン!
ギガントの動きにローキックを合わせる
肉が潰れて血が吹き出る
感覚が研ぎ澄まされ、力が湧き出る
今のローキックは、常人の骨なら叩き折れている強さだ
ドラゴンタイプの変異体はバランスタイプ
ギガントに次ぐ身体能力を持つ
強化された力で打撃を叩きつける
肉腫を潰して、四肢を削っていく
「ゴァァァッ!」
ギガントは、痛みを感じていないかのように攻撃を続ける
だが、四肢を潰されれば、動きは鈍くなっていく
動きが見える、お前の攻撃は俺には当たら…
突然、俺の背中に何かが当たる
「…っ!?」
しまった!
振り返ると、壁を背にしていた
気が付けば、選別場の角に追い詰められていた
まさか、誘導されていたのか!?
伊達にステージ3まで上がったギガントじゃない
理性がないと思ったら、まさか戦略的に動いていたとは!
ギガントが拳を握る
まずい…!
ドゴォッ!
大きな拳で脱出しようとした俺を吹き飛ばす
壁際で、押し込まれるようなパンチ
壁に抑えつけられながら、連続でパンチを押し込まれていく
ドン ドン ドン ドン ドン!
「ぐほっ…!」
固くて巨大な拳が何度もめり込み、体が壁に押し付けられる
まずい、このままじゃ…
一発勝負だ、力を爆発させろ!
壁を力任せに蹴って、ギガントの拳を斜めに押す
「おあぁぁぁぁぁっ!!」
ギガントの腹に突っ込む!
ドボォッ
「ギョオッッッ!」
頭から、ギガントの腹に突っ込む
そのまま、一気に押し込んでいく
ギガントの踏ん張る足が、地面に敷かれた土を抉って電車道を描く
ドゴォッ!
途中で急ブレーキ、両足の力を両腕から発射
ギガントは仰け反りながらも、倒れずに踏ん張る
チャンスだ、決めろ!
思いっきり跳ぶ
ギガントの腰を蹴って、顎に跳び膝を…
ブォォッ!!
「…なっ!?」
突然、俺の体が空中に吹き飛ばされるような力で押し上げられる
ギガントの三メートル近い身長の高さまで、一気にジャンプ
ゴガァッ!
その勢いで、ダイレクトに膝を顎に突き刺した
ギガントの顎が砕けて、膝がめり込む
…首が後ろに仰け反り、ギガントはそのまま後ろに倒れた
「はぁ…はぁ…」
俺は、ギガントを見下ろす
普通だったら首が折れていてもおかしくない衝撃だったはずだ
さすがのギガントも、ピクリとも動かない
だが、今はそれよりも…
俺は、背中の触手を見る
いつもは折れ曲がり、背中に垂れ下がっている
だが今は、アンテナのように斜め上にそそり立っている
ドラゴンタイプの名の由来となった、ドラゴンの翼のように見えなくもない
まさか、さっきの跳び膝蹴りはこの触手か?
浮力を生み出したってことなのか?
この触手があるのは、身体拡張を特徴とするドラゴンタイプだけだ
そして、この触手はサイキック能力を通すことで飛行能力を得ることができるらしい
実際に、ヘルマンが浮遊しているのを見たことがある
一瞬とはいえ、俺にサイキックの浮力が…
「…っ!?」
「キシャァァァァァッ!」
突然、ギガントタイプの砕けた口から何かが飛び出してきた
俺は完全に油断していた
だが、空気で、振動で、臭いで、それを感じた
ドラゴンタイプは、鋭い感覚器を持つ
明らかに以前よりも感覚が鋭い、感じられるものが多くなった
トラウマが治まってからは特に顕著だ
咄嗟に、俺は手刀を突き出す
グチュッ…!
飛び出してきた、蛇のような、内臓のような気持ちの悪い生き物を手刀で突き刺す
力が漲っている
変異体の身体能力だ
明らかに以前よりも、パワーやスピード、耐久力、スタミナが高くなっている
精神が高揚、興奮している
「…うぅ……?」
背中に、身体中に違和感
これは…精力…?
精神の力である精力がまた吹き出す
背中の触手に、そして、指先に精力が勝手に集まっていく
「…っ!?」
物体に力を与えるサイキック、テレキネシスのエネルギーが指先に集まる
だが、勝手に集まったエネルギーを維持できない
触れている物体に、運動エネルギーとして開放されてしまう
今回で言えば、ギガントの口から飛び出した長い生物だ
パァンッッ!
「うわっ!?」
突き刺さっていた肉片が飛び散った
…顔を含めて、全身で生臭い肉片を被る
うへ…
テレキネシスが暴走した?
高揚感に引っ張られたのか?
軍時代に使えていたテレキネシス
…それなのに、上手く制御ができない
ステージ2に上がるし、体調もいい
テレキネシスの訓練も始めないとな
別室
選別場のモニターを見ながら白衣の研究者が話している
「D03の飛行能力を確認しました」
「サイキック能力は発動可能なんだな」
「サイキック能力を以前から持っていたとの言動があります」
「…PTSDも特に問題ないようだな。いい精神的な負荷になっていると思っていたのに」
「強制進化はもう終わりますし、PTSDを克服しないとステージ2で生き残れませんよ」
「ステージ2での生存率が低すぎるんだよ。いくら肉の需要が高いからって、そんなにすぐに完成変異体の補充はできないんだぞ…」
研究者が苦虫を噛み潰したような顔をする
若い研究者が、倒れたギガントタイプを見る
「…このギガント、ステージ3まで行ったのにもったいないですね。寄生生物に取り付かせたままだったから、代謝異常で体が腐ってきてますし」
「ああ、肉にした方が良かったな。ダンジョンで取り付かれて切除できなくなり、そのまま観察することにしたんだってよ。まったく、完成変異体を無駄遣いしやがって…」
一章、ステージ1は残り三話です